18 不健全な競売と偽精霊石
目の前の扉には、オッサン林檎の下に〈ようこそ〉と書いてある。
……たどり着いた?
まず聞き耳を立てて音がしないのを確認してから、扉をすこしあけてのぞく。
ややうす暗い。しろい壁ぎわにある装飾ランプが、つやのある深紅の絨毯にほのかなあかりを投げている。
窓のない通路だ。チリひとつ落ちてない。誰もいない。
先ほどまで、やけに長い石階段を降りてきたのだが──感覚的に五、六階分はあったと思うので、地下室が出てきたとしても、こんな邸風のきれいな廊下が出てくるとは思わなかった。
廊下にはいってしばらく歩くと、いくつかの大理石の円柱が立つ広間に出た。
高級感あふれる繊細な彫刻のテーブルや、ビロゥド張りの金の椅子がたくさん置かれている。壁には絵画や豪華な花を活けた花瓶。だが、人はいない。
ここもまたうす暗いが、所々ランプが灯っているので、足元に不自由は感じない。
そのあかりも届かない奥に両開きの扉があることに気づいた。
近づくと、中から人のさざめくような気配がする。
扉のすきまからのぞくと、中は暗かった。
しかし、七、八メートルほど先で、かすかな話し声が聞こえる。
ふいに前方がカッと白い光に染まった。
急な光に目をほそめながら、ルーはそれを注視した。白い半円形の舞台がある。
それをかこむように客席が並ぶ。三百ほどの人が座っていた。
舞台はすり鉢状の底にあり、客席はそれを見下ろす形で配置されている。幸い、光に照らされているのは舞台だけなので、ルーはすばやく扉の内側にすべりこんだ。
あの執事と令嬢は客席のまん中あたりにいる。
ざっと見、ここにいるのは、貴族とか金持ちといった身なりのよい人ばかりだ。
わぁ、とっても場ちがいかも。
まっ暗な舞台外。その通路で、ルーは身をかがめて彼の動向を見つめる。
すぐに舞台にひとりの男が現れて、挨拶をはじめた。
主催はジンジャーマンとかいう貴族らしい。かわいらしい名前を裏切って、礼服が気の毒なほどぱんぱんにふくらみ、昼間から酒でも飲んでるのかと思うほどの赤ら顔。
白墨の落書きが何かの暗号かと思っていただけに、答えが安直すぎた。
オッサンのドヤ顔林檎と、ジンジャーマンの顔がそっくりだったからだ。
どうやら、これから行われるのは競売のようだ。
幸いなことに、ここでも魔獣蜘蛛のロリ衣装は、気配消しの威力を発揮してくれていた。
黒い制服を着た強面の警備員が会場内に配置されているが、だれもルーに気づいていない。
声さえ出さなければ存在を認識されることはない。
だから、少々、物音を立てても気取られることはないのだが……
あまり不自然な音を立てると、勘のいい相手には警戒されるので気をつけなければいけない。
ほどなくジンジャーマン自らの司会により、競売は始まった。
五十年前に亡くなった音楽家の直筆譜面にはじまり、二百年前の画家の素描や、三千年前の壷に腕輪、某傾国の王妃が着ていたドレスなど……昔のものばかり。
競りというと、もっと活気のあるものかとルーは思っていた。
実際は、欲しい品に対し客が手を挙げて指で数字を示すだけで、声はいっさいあげない。しかも、これだけ人がいて手を挙げるのは二桁もいない。
旅の道中で見かけた、肉の競り市での奥さんたちのギラギラとした闘気と熱気は微塵もなかった。
まぁ、アレは生活に直結するものだしな。
素描って子どもの落書きにしか見えないし、あんなくたびれて色褪せたドレス、買っても着れないだろうにどうするんだろ。金持ちの考えってわかんないな~。
そのあとも十点ほど、昔の価値ある(らしい)品物の競りがつづいた。
ルー的には、やはりどのへんに価値があるのかよくわからないものばかりだった。
執事も退屈なのか時々、何事かささやいてはとなりの令嬢を怒らせているようだ。
たまに拳をふるわせて立ちあがりかける令嬢を、近くの通路にいる警備員がなだめて座らせていた。
「さて、ここより先は、皆様お待ちかねの品にございます。十六番、古代魔道具〈奴隷製造の元〉」
え?
遠目に、それは掌ほどの瓶に見えた。
会場の三分の一ほどが挙手した。司会の数字をつり上げる声が淡々と場内にひびく。
だんだんと買い手が減り、最後にのこったウシガエルに似た紳士に決まる。
なんともいやらしい顔で小箱にはいった品を、進行補佐の女性から受けとっていた。
それだけが目的だったのかウシガエル紳士は席を立ち、自前の護衛らしき男四人に囲まれてそのまま会場をあとにした。
ドレイ製造って……聞きちがい?
こんな紳士淑女が大勢いる場所で、そんな言葉が出てくるとは思いもよらず。
「次にまいります。十七番、〈絶滅種チュールチェスカの複製品〉。製作者は錬金術師のハオ・マデュラ様にございます」
背中に翼のある幼女が舞台にあらわれる。
背中をおおう淡い金髪。はかなげな容貌。そのしろい体には一糸まとわず、首にはめられた黒くほそい金属環が異様な雰囲気をかもし出していた。
「チュールチェスカとは何ですの?」
近くの席に座っている貴婦人がとなりの紳士にたずねている。
「ずいぶん昔に絶滅した有翼民族のことだね。あれは複製だから、本物じゃないよ。目録に注釈があっただろう?」
有翼……民族? というと、羽根がある人間が昔いたのか? その複製?
え、あれって人形ってこと? なんか、ふつうに人の子に見えるんだけど……
遠目だからアラが見えないだけかな?
錬金術師が人形師のような真似事をするだろうか、と思いかけて、あの聖殿の地下で見たツギハギ少女の人形が頭をよぎる。
いや、あれは、悪魔作だから……
まっとうな錬金術師が死体をつぎたして、人形なんか作るわけがないし…………
そのとき、有翼人形が歌いだした。澄んだ美しい声だった。
ジンジャーマンがさらに人形の特徴を述べはじめた。
「飛べるのはもちろん、速く走れて、動きは敏捷。魔法は使えませんが、主人に忠実で、護衛から暗殺まで体をはってお仕えいたします!」
ジンジャーマンがドヤ顔で声高に説明する。
──護衛人形なのか、はたまた暗殺人形なのか。
しかし、ずいぶんなめらかに動くけど、どんな仕掛けになってんだ?
以前、街の時計屋の窓辺で、ちいさな人形がお辞儀をしていたのを見かけたことがある。カラクリ仕掛けだったが、かくかくとぎこちなかった。
舞台では、有翼人形が素手で十段重ねのレンガを割ったり、ぶあつい鉄板を蹴りひとつでひんまげるというパフォーマンスを見せている。
カラクリの技術であんなものが作れるのかどうなのか。
それにしても、人形とはいえ、いくら強かろうと、七歳ぐらいの女の子に守られたいなんて変態だろう。
この競りはまともではない。そんな気がしてきた。違法スレスレではないのかと。
特にさっきの〈奴隷製造の元〉は説明こそなかったが、買い手がこぞって手を挙げたのが気になる。声は出さないようにするつもりだったのだが、好奇心に負けた。
さっき得意げに説明していた紳士の席の真うしろに隠れ、彼にしか聞こえないほどの小声でささやいてみた。
「〈奴隷製造の元〉ってなんデスの?」
すると、となりの貴婦人に聞かれたと勘ちがいしたのだろう、彼は答えた。
「あぁ、〈奴隷製造の元〉ね、瓶に種がつまってて、そのひとつを操りたい相手に飲ませると、こちらの命令を利くらしいよ。目録に注釈があっただろう?」
名前まんまじゃないか! ガチ違法!
「……えぇ、ありましたわね」
目をぱちぱちさせながら貴婦人が言う。
不審に思われたのかとルーはドキドキした。
「でも、それでは魔道具ではなく危ない薬のようですわね」
貴婦人はちょっと考えてから感想をのべた。
「あのね、たぶん薬じゃないんだよ。古代の魔道具というのは今の時代のものとちがって、とても精巧らしいからね。ちいさな種の中に複雑な術を組みこめるほどに」
紳士の方はそう言って、それを否定した。
先ほどと同じぐらい多くの客が挙手し、また最後に競り買った老紳士が、有翼人形を受けとった。その手を引いて席にもどり、自分の膝に裸の彼女を座らせている。やはり変態だ。
この分だと、次に出てくるのもぜったい違法モノなんじゃ……
「次にまいります。十八番、〈黒の精霊石の首飾り〉。地涯に棲む黒の精霊からしか採れない貴重な石でございます。黒は地涯で至高を示す色とも云われ──」
思わず執事を見た。
令嬢と話してるときのように横を向いてないので、今は後頭部しか見えない。
──もしかして、
これまでになく会場から手が挙がった。
邸ひとつ軽く買えそうな始まりの値段から、どんどん際限なくつり上がってゆく。
あの令嬢も興奮したように、手を挙げていた。
まだまだリタイヤする人は少ない状況で、すっと執事が席を立つ。
こちらへ来るのに気づいて、ルーはすばやく這って近くの柱陰に移動する。彼は扉をひらいて会場の外へと出た。そのあとを、令嬢があせったようすで追いかけてゆく。
──あれ? あのお嬢様、競りに参加しないのか?
ルーも会場の外に出た。
広間をぬけた廊下で二人を見つけた。ルーが侵入した廊下とは逆方向にのびている。
さっさか歩く執事を、令嬢が憤慨して呼び止めていた。
「何をかってに席を立ってますの!? まだ肝心の、わたしの欲しいものは手に入れてませんのよ!」
「──あれは、違う」
執事は、ぽつりと言った。
令嬢は怪訝そうに「違うって、何のことですの?」と、問い返す。
「──いいえ、物の真贋も解らぬお嬢様には、お似合いの一品かも知れませんね。私は急用を思い出しましたので、これで失礼いたします。どうぞ、お嬢様は最後まで欲濡れの屑どもと競り合ってください」
毒吐き笑顔で去ってゆく。
あまりの言いように、しばしポカンとする令嬢。
「ちょ、待ちなさ────────あら?」
我に返って追うものの、廊下の角を曲がるとそこに彼の姿はない。
長い廊下がつづくばかりで隠れられるような場所もない。
令嬢はきょろきょろと辺りを見回し、それでもいないと知ると地団駄を踏み、吠えた。
「いっ、いつもいつも途中でわたしを放り出して───おまえなんてクビよックビ!」
お嬢様、よくあれだけあいつに噛みついて、殺気のひとつも向けられなかったな。
おいらにもあのぐらい寛容でいてくれればいいのに。
というか、〈クトリの殺人鬼〉以外で、おいらを殺したい動機ってなんなんだろ。
一年前に面識があるらしいけど、記憶がないからわからない。
殺意を持たれるほどの何かをしてしまったのか……
肩をいからせながら競売会場へともどってゆく令嬢を、大理石の柱の陰に身をひそめて見送った。
そういや、結局、あいつはここへ何しに来たんだろ。
「あれは違う」というのは黒の精霊石のことか? お嬢様への台詞から察するに偽物らしいけど。自分が精霊だからわかるのかな。となると、あいつは黒の精霊石を欲していた?
自分も持ってるだろうに、これ以上強くなってどうする気だよ。
サディスを倒すため~~~だったりなんかして。いやいや、あながちまちがってもないような気がするからコワイな。まぁ、偽物でよかったよ。
ものすごく遠くで、おっさんの野太い悲鳴が聞こえたような気がするが、すでに今日の分の好奇心は尽きたので、もと来た道をたどって帰ることにした。
うす暗い廊下に、来たときはいなかったはずの警備員がいたが、まったくこちらに気づいてないようで、呼び止められることもなかった。
帰り道のオッサン林檎はすでにきれいに消されていたが、だいたいの道順は覚えていたので迷うことはなかった。




