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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅶ】 月下の異境遊戯
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17 各々の意外性、黒の執事を尾行する

 〈貴人の黄昏亭〉に到着すると、超豪速トナカイ君を宿の従業員に預けた。

 そこでサディスと別れたルーは、彼から預かった白銀ツバメを頭上にのせ、九階まで昇降機であがる。廊下の窓の外、ちらちらと雪が舞っている。

 地上を見下ろすと、サディスが魔獣バスに乗りこみ、通りの南へ向かうのがみえた。

 王都グライヒルを出るために、南門に向かったのだ。

 部屋の鍵を開けようとして、手を止める。


 これは、チャンスじゃないか? 

 あのあと、三度ほど「宿で待機」と〈命令〉はされたが……

 すぐに戻れば問題ないはず。だってまだ午前中だし!


 踵を返して昇降機に向かう。

 白銀ツバメが進路方向にとびだして、ハチドリのように羽ばたきながら空中静止した。まるで、行っちゃだダメと通せんぼしているようだ。

 ツバメのときは可愛いのだが、これは主人であるサディスにとても忠実で、戦闘モード〈怪鳥〉になるとそれはおっかない。


「あいつの生存確認してくるだけだから。心配ならついてきて?」


 お願いしてみた。

 しばらく、パタタタタタと高速で羽ばたきつつこちらを見つめていたが、「あいつには直接会わずに、薬師さんに容体を聞くだけだよ、お昼までにはここにもどるから。ねっ」と約束をすると、白銀ツバメはルーの黒フードをかぶった頭へ、ぽすんと留まりなおした。

 なんとか説得できたらしい。

 一階へと昇降機で降りて、ルーは宿をあとにした。

 五分ほどかけて治安の悪い裏道を抜け、聖殿につづく目抜き通りへとでる。

 ガジュの運ばれた店についてうろ覚えだったので、通りがかりの人に薬屋の場所を教えてもらった。


「え、いなくなった?」


「相当鍛えていたのか、生命力が半端なく強かったのか、あれ、ふつうの人間なら死んでてもおかしくないんだがなぁ──とはいえ、まだ一月は絶対安静にしとかないと、傷がぱっくり開いてしまう」


「そ、そういや、首も切れて……」


「そっちは浅かったから心配ない。だが腹をな、ざっくりいってたから縫ったんだよ。なんか生傷の絶えない人だね。右肩にも治りかけの酷い傷痕があったし……」


 右肩の傷……? 

 もしや、リデッド遺跡でクビリ姫に負わされたやつか?


「あんた、彼を探してるなら、この薬を渡しておいてくれ。塗り薬と練り丸薬が四種類、服用は日に三度だ。処方を書いた紙も入れてあるから、薬が切れたらよその薬師にでも調合してもらうといい」


 薬師の中年男は、薬のはいった巾着袋をルーに渡した。

 ちょっと重いので中を確かめたら、薬のほかに金貨が五枚入っていた。

 あの日、黒の精霊の襲撃を受けて大怪我をしたガジュのことは、王都を騒がせた憑物士事件に巻きこまれた被害者と思われていたようだ。さらわれた娘を探していた男たちも多く失踪し、あげく殺されて見つかったので、それと同じと勘ちがいされたらしい。


 ……いや、おいらも憑物士に狙われて、その過程であいつに助けられたんだから、勘ちがいでもないのか。


 聖殿長が憑物士だったことは、上が緘口令でも敷いているのか、民間にまでは知られていないようだ。聖殿からは、事件に巻きこまれた人々やその家族に、けっこうな金額の見舞い金が出ているらしい。つまり、この金貨は彼の見舞い金だという。

 薬師が彼の治療費として聖殿に申請しておいたのだと。

 だから、ここでゆっくり養生するように勧めたのだが、今朝、彼はこつぜんと姿を消した。

「うわ言でよく女の名を呼んでたからなぁ、恋人のもとに帰ったのかも知れん」


 あいつ、恋人なんていたのか。意外。すごく意外。

 いや、待てよ、あいつ兄ちゃん子だからな、もしかして呼んでたのは兄の名なんじゃ……ロリンって女性名でも通じそうだし。


 薬はともかく、こんな大金を預かって、万が一会えなかったらと思うと申しわけない。金貨だけは返そうとしたら「あんた、彼を心配して探してるんだろ」とやんわり押しもどされた。

 受けとる本人がいないのだしこっそり着服もできただろうに、ずいぶんと気のいい薬師だ。そして、それを初対面の人間に預けるのは、ちょっとどうかとは思ったのだが───




 薬屋をあとにして、さて、これからどうしようかと考える。

 フードの下にもぐりこんでいた白銀のツパメが、前髪を嘴でひっぱっている。

 はやく宿に帰れと言ってるようだ。

 さっき九時の鐘が鳴ったばかり。白銀ツバメと約束した昼までにはまだ時間はある。

 預り物もあることだし、そのへんをちょっと探してみることにした。


 重傷の身でそう遠く行っているとも思えないし。

 案外、そのへんの路地裏で倒れてるかもしれないしな。


 という本音は隠し、白銀ツバメには「お腹すいちゃった、外でご飯食べてから帰るよ~」と言い、前髪をひっぱるのをやめてもらった。




 お腹がすいてるのは事実なので、とりあえず目についた屋台へならぶ。

 お金を払い、揚げたてのかぼちゃフリッターを串に刺したものを受けとっていると、背後をはずむような女の子の声が通った。


「楽しみですわ~、今回のジンジャーマン・セレクト特別会場。どうしても欲しいものがありましたのよ! お父様がひとつだけなら何でも買ってくださるって」


 ジンジャーマン?


 生姜を使ったかわいい人型お菓子が頭に浮かび、つい、ルーはそちらをふり返る。

 すそをひきずる濃紅のドレスに、狐の頭部(どうみても剥製)の帽子付という恐ろしい茶毛皮のコートをはおった少女がいた。

 となりを歩く背の高い黒礼服の男性に、にこやかに話しかけている。

 ばっ、とルーは顔をそらし、屋台のおばさんの方を向く。

「お嬢ちゃん、どうかしたのかい? 顔色悪いよ?」

「……だっ、だいじょぶ。あの、バナナフリッター、もひとつ追加で」

「あいよ、ありがとね」

 ルーは、かぼちゃフリッターを口につっこみながら、そろそろとさっきの二人組に目をやる。すでにこちらには背を向け、人混みを去ってゆく。


 よかった、気づかれなかった。


 一瞬、横顔の見えた男は、首筋で黒髪をしばり黒縁眼鏡をかけていた。


 やっぱり、昨日の昼見た執事バージョン!


 受けとったバナナフリッターを食べつつ、人混みにまぎれながら彼らの後をつけてみる。


「ほら、この目録の十八番目にある精霊石のペンダント! 黒い精霊石なんてものすごく珍しいんですのよ、ま、おまえごとき臨時の雇われ執事が一生に一度、目にできる代物でもないのだから、わたしの供ができることに感謝するのね!」


 手にした扇子の影でオホホ笑いをしながら、令嬢はとなりの執事を見あげた。

 彼はコートのポケットから出した懐中時計を見ながら言った。


「もちろんです。お嬢様、ところですでに五分経過していますが、またそのご不自由な豚足は靴ずれを起こしていませんか?」


 顔をまっかにした令嬢が扇子を投げつけていたが、執事はあっさりそれをかわしていた。

 そのあと、二人はほそい路地に入っていった。

 気配消しのロリ衣装を着てはいるものの、すぐには追わず慎重に、通りの反対側にとどまり遠くから彼らを見ていた。ふっと姿が消えたので、通りをわたってほそい路地にルーは足をふみいれる。三件ほど建物の壁をすぎると、左側にちいさな木扉を見つけた。

 そこには白墨で落書きがされている。オッサンの顔がついた林檎だ。

 イラッとくるのは、ドヤ顔のせいか。

 ごく最近書いたものだろう、扉の下にしろい粉が落ちている。

 奥の方の壁にもいくつか裏戸らしき扉があったが、落書きはここだけだ。

 それが妙に不自然に感じた。

 気になって、扉をすこしだけ押しあけ中をうかがうと、そこは貯蔵庫らしく酒樽がずらりとならんでいた。四隅の壁に窓はなく暗いが、オイルランタンの明かりがみっつほど灯っているので、かろうじて辺りを見渡せる。人がいるようすはない。

 左右の壁に扉がある。左側にまたさっきの林檎の絵があった。

 なんとなくそっちに向かって歩き、そっと扉に耳をつける。

 音がしないのであけてみると石畳の廊下がある。目の前にはちいさな中庭。

 廊下の左側奥にある扉にまた林檎の絵。

 誘われるようにそこに向かい、慎重にあける。さっきとはちがう路地裏にでた。


「あれ?」


 どうしようと思う間もなく、またすこし先の向かいの壁に林檎の絵。そのまま進んでみることにした。

 そのあともオッサン林檎の絵のあるいくつもの建物の扉をくぐり、店の裏口や倉庫、厩舎、階段といったうす暗い場所を通った。

 白銀ツバメが、「チチ」と髪をひっぱって引き止めている。

 だが、どうにも気になるのだ。今の彼の行動は、キャラベの刺客でありながら獲物を追わず、脱線してるとしか思えない。


 なぜ、プルートス大山脈並に気位の高い黒の精霊が、人間の女の子に執事として仕えているのか?

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