16 その本性に潜むモノは如何許り
10月10日、午前三時。
まだ夜が明けるには早く、あたりは暗い。
ルーはまた、淡桃+黒レースのロリ衣装である。黒の精霊の鞭を弾くこともわかったので、防御の面からもこれを着ないわけにはいかないのだ。
地の属性剣が出てきたら結界付の傘、または防御魔法付の棍で応戦するとしよう。
今日の予定は、王都グライヒルの西端にある書館という、いわゆる城務めの文官を専門に教育する学び舎の書庫を襲撃するだけだ。
これが済めば、王都にある貴重な原本はほぼ焼失したことになる。
幽玄図書館館長にとっては、あるていどは時を経たもののほうが好みらしい。というのはラムロードからの情報である。だから、近年書かれたものより、古い原本のある場所を狙った。
王城は王都を見下ろす小高い丘にあるのだが、標的からは外している。
万が一にも、王城の上空に館長が現れてしまった場合、城内での追いかけっこや捕獲は面倒だからだ。
先日二日かけて王都内の書庫ばかり焼失被害が相次いだことは、すでに王都中にまで知れ渡っている。書館もまた警備が強化されていることだろう。
すぐ近くには軍学校があるので、夜も明けきらぬうちに行動することにした。
騎獣預かり所から、〈貴人の黄昏亭〉に移しておいた超豪速トナカイ君で書館へ向かう。ちなみにラムロードは白銀の虎に乗って移動した。
書館にはすでに軍人たちが、建物の内外に三十人ほどはりついていた。
ルーたちは、遠目にそれを観察する。
「どうする?」
「魔法士は三人だな。あとは雑魚」
「邪魔だね。とりあえず、彼らには退散してもらおう」
ラムロードがマントの下から飴のようなガラス玉を手のひらにとりだし、呪文をひとつ唱える。ゆらり身をよじるように現われたのは、宙にうかぶ水の狼。
金色に燃える眼以外はすべて水でできている。
その両眼の光が水狼の全身をあわく光らせていた。五、六メートルはあるだろうか。
「十五分ほど、彼らをあの建物から遠ざけて」
ラムロードがそう言うと、水狼は、猛々しくも禍々しいその顔で重々しくうなずいた。
「あぁ、それと。相手にあまりひどいケガさせちゃダメだよ」
水狼、眉間にしわを寄せた。しかし、もう一度、重々しくうなずくと、まばたく間に空に駆けのぼり、書館へと突撃していった。
「ラムロード、今のは……?」
「ボクの友だちだよ。見かけは怖いけど従順で役に立つんだ」
ルーの問いに、彼はにこやかに答える。
従順で役に立つ……
なにか、友だちという解釈をまちがえてるような……
「下僕の間違いだろう」
彼とルーをはさむ形でいたサディスが、呆れたようすでつっこんでいた。
下僕か。友だちよりもしっくりくるな。
白銀の虎といい、あんなかわいい顔して猛獣使いとは……
いや、中身おじさんなんだろうけど………おじさん………
想像がはげしく拒否反応を起こしてる……
人外の襲撃は予想していなかったのだろう。混乱するような騒ぎが聞こえてくる。
「さ、ボクたちも行かなきゃ。ルーはここで、館長が来るか見張っててね」
二人は白銀の虎の背に乗って、疾風のごとく書館へと向かった。
サディスは乗るのを渋っていたようだが、ラムロードに強引に乗せられたようだ。
木の下に超豪速トナカイ君をつないだルーは、彼が暴れないよう、〈貴人の黄昏亭〉で昨夜出たデザートの林檎タルトをあげておいた。
それからするすると木の上にのぼる。書館の屋根がよく見えた。
阿鼻叫喚が聞こえてくる。いくつか人影らしきものが木の葉のように宙を舞っていた。
あの水狼、ちゃんと手加減しているのか?
あれが魔獣ということは一目でわかっていた。
元々、魔獣は地涯の生き物。地涯からこの地上にはぐれ出て、ダウンフォールで魔力を失ったものは〈野良魔獣〉と呼ばれ、とかく種類が多い。草食で無害なものから肉食で有害なものまでさまざまだ。
当然、ルーが知らない魔獣というものはたくさんいる。
このときはまだ、水狼というものがどんな魔獣か知らなかったのだが──
疾駆する白銀の虎の上で、前にまたがっていたラムロードが口をとがらせて言った。
「もー、空気読んでよ。下僕なんて言ったら、ルーに引かれちゃうよ」
「人肉が好物の魔獣を友だちと言う方が引く」
「ボクの下で好物を好きなだけ食べれるわけないでしょ」
「……ということは、たまに食わせているのか」
「まぁ、たまに? 人の皮をかぶった悪魔とか、人の皮をかぶった悪党とか、人の皮をかぶった欲豚とか、人の皮をかぶった鬼畜とか」
……最初のは憑物士だとして、他のは……
「人の皮をかぶった〈何か〉だから、まったく問題はないよ」
年齢詐称サギと知りつつも、この幼い少年の見目にあきらかに騙されているルーに、サディスは思案する。
これ以上懐かないよう、早めにコレの本性をバラしておくか。
不穏な空気でも感じとったのか、ラムロードが苦笑しながら告げた。
「あのコに余計なこと言わないでほしいな。ただ、仲良くしたいだけ。べつに横取りするつもりはないからさ」
「横取り?」
サディスは眉をひそめ問い返した。
「……あれ? 自覚ないんだ?」
午前八時。
無事、原本の魂を捕獲したので、王都グライヒルのにぎやかな通りにもどってきた。
「ほんとはあと一箇所、王都の東端に閉鎖された学問館がのこってるんだけどね。かなり大きな書庫があるはずだけど、場所が悪いって言うか──」
「場所が悪い?」
ルーが問い返すと、ラムロードは彼女の目をみてうなずいた。
「ブナの並木道の先にあるんだ。そこは足刈りの道とか云われてて、もっと昔は処刑場へ続く道だったんだよ。学問館が建ってからもあまりに怪異が多く、複数の学生や学者がこつぜんと消えちゃって、わずか数年で廃れたんだ。おそらくは古い力が溜まっているか、異境に通じているか。そういう地は、よくないものを呼びこみやすいんだ。だから──クトリの呪詛があるキミは近づいちゃいけない。封印が解かれる可能性が高いからね」
「足刈りの道って何?」
「その並木道でよく足をケガする人が出たから、ついた名だよ。鋭い刃で切りつけられたような痕のね。たぶん、そこにいるモノが警告していたんじゃないかな」
「そこにいるモノ?」
「人の目に見えないだけで、そこを縄張りにしている連中がいるんだよ。魔力があれば見えるとは思うけど」
昨日で聖女祭は終わったとはいえ、市場は活気づいてにぎやかだ。
白銀の虎は目立つし周囲に混乱を呼びかねないので、今は大剣にもどり、ラムロードのちいさな背中に布に包まれて背負われている。
超豪速トナカイ君は、濃緑フードマントと防寒ベールで全身をおおったサディスが手綱を引いている。
ルーは彼のとなりできょろきょろしながら、朝食をとる場所はどこがいいかと迷っていた。この時間、食堂やカフェも開いてるし、混雑したようすも見られないのでどこでも入れそうだ。
「なぁ、どこにする?」
相方の顔を見上げると、彼はふと立ち止まりうしろをふり向いた。
いつのまにかラムロードがいない。
「あれ? どこ行っちゃったんだろ」
あたりを見回すが、通りをゆく人々の間に黒髪の少年の姿はない。
「用が出来たのだろう。放っておいても戻ってくる」
ブルルルルッ
いきなり超豪速トナカイ君が鼻息を荒くし、四脚で石畳を蹴立てた。
サディスが手綱を引き、首筋をたたいてなだめる。
──その青年は、いつのまにかルーたちの前に立っていた。
首筋でそろえた紫髪。琥珀の瞳に幅のほそい眼鏡。やや細身を包むのは黒曜石のボタンが連なるすその長い黒コート。知的な印象がある。
──紫の毒華。なぜなのか、初対面の相手にそんなイメージが、ルーの頭にポンと閃いた。
なぜに毒華?
ルーがその人をしげしげ見つめるも、その人の視線はサディスにかっちり固定されていた。
「〈彼〉には会えましたか?」
「……いや」
紫髪の青年の問いに、サディスはしぶしぶといったように返した。
ん? 知り合いなのか?
紫髪の青年はそのまま話を続けた。
「〈彼〉がここ最近、定期的に出没しているエッジランド国の地方都市が三つほどあります。バニール、イクセオン、ガド。おそらく、目当ての本の寿命が切れかかっているので、そのタイミングを待っているのでしょうね」
「具体的な位置は?」
「バニールの賢者塔、イクセオンのグラジア商会館、ガド……ではウィニー鐘塔の屋根の上にいましたね」
「……」
「あっ、これについては見返りなんて求めていませんので、ご安心を!」
もみ手をしそうな勢いで、紫髪の青年はそうつけ加えた。
「当然だ」
冷たく言い捨てると、超豪速トナカイ君の手綱をひき進路方向を変え、彼に背を向ける。ルーもそちらへと、あとをついてゆく。
「また、良い情報があればお知らせしますからねー」
背後で、紫髪の青年が笑顔で両手をふっていたが、サディスはふり向きもしなかった。
「……あのヒト、だれ?」
「薬屋だ。以前話したことがあるだろう。チャウダー遺跡にいた」
「チャウダー遺跡?」
それは、プルートス大山脈を越える手前のガレット国にあった遺跡だ。
食人末期悪魔にルーが襲われたとき、サディスが野良魔獣捕獲に行ってた場所でもある。
「………………え、もしかして、あの、神出鬼没とかいう?」
ストーカーくさいヒト。
という言葉が、記憶の底からピンと飛び出してきた。
あー、そういえば、その薬屋の話をしてたとき、サディスとっても迷惑そうな顔してたっけ。迷惑といっても、ちょっかいかけてくるラムロードやガイアさんに対するものとはどこかちがう……なんてゆーか……毛虫を毛嫌いする女の子のような…………
おいらもキライだけどね、毛虫。刺されるとイタ痒いし。
「俺はこれからバニールに行ってくる。館長が出現したらしいからな。おまえは宿で待機していろ」
「えっ、さっきの話って、館長の出現場所のことだったのか!?」
「あぁ」
「すごいな、ストーカーぽい薬屋! どうやって知ったんだろ」
大陸のどこを飛び回っているとも知れない館長の出現をマークする。
これが薬屋フェナカイトの、自分の機嫌をとるための執念によるものだとしたら、この単細胞はどう思うだろう。
サディスは頭をふり、嘆息した。
いや、奴のことだ。まだ何かある。コレを一人で宿に残すわけにもいかないが──。
過去において奴が誤った情報を示したことはない。おそらく今回も館長の出現は事実だろう。三つの地方都市への距離はかなりある。その中央に王都が位置することを考えれば、やはり王都を足場にしていると考えられるのだが……
とりあえず、早々の確認は必要だ。機を逃がさないうちに。
一度、王都を出て、敵をあざむくためにも転移をくり返し、痕跡をくらましながら一人で行ってくるのが、最短の方法だと彼は思った。




