◆幕間③ 冥剣は一途に諦めず
主な出演;サディス、ラムロード、冥剣。
10月8日、午後八時半。
「あぁ、そうだ。ルー、先にお風呂入ってきたら? あちこち出かけたから汗かいただろうし」
うなずいた彼女が居間を出ていくと、ラムロードは背負っていた大剣を長椅子の肘掛に立てて、そこに座る。
サディスは向かいの席で、荷袋の中のものをとり出しテーブルにならべはじめた。
数種類の薬草の粉末袋、蜜蝋、オイル瓶、空容器、木ベラ、取っ手のついた小器など。
これから薬の調合でもするようだ。薬草の粉末袋にある名をみて、傷薬らしいとラムロードは察する。
「黒の精霊とやりあった感想は?」
その言葉に、サディスは手を止める。
「……見ていたのか」
「あれだけ派手に夜空に銀の閃光をまいていればね。どちらも手加減なしでやっていたようだけど?」
「完全に互角だった。だが、先に手を引いたのは奴だな」
「負けず嫌いなのはわかるけどね。退却時を見誤ってやられた──なんてことになったら〈銀彗〉の名が泣くよ?」
「仕掛けてきたのは向こうだ。俺から手を引けるか」
ムッとしたように言い返してくる。
冷静で大人びているようで、子供じみた頑固さがある。
「あぁ、そうだ! これも聞いておかなくちゃと思ってたんだ。サディス、プルートス大山脈ではどこにいたんだい? ほら、あの蛇頭鳥が飛びまわってた日だよ」
ラムロードはにっこりと笑った。
「感謝しなよ? あのままボクと会わずにいたら、呑気に朝迎えにきたキミは、氷漬けのあのコと対面するはめになったんだから」
冷めたまなざしを閉じて顔をそむけ、彼はひとつ息をついて声をだす。
「…………感謝はしている」
不本意感がありありだった。ラムロードは苦笑する。
「大事な護衛対象なんでしょ? その彼女をほっぽいて何してたの?」
「蛇頭鳥を興奮状態にさせた奴を探していた。おそらくあの山内のどこかにいるだろうと」
「あれって仕組まれてたんだ? どうりで……犯人は?」
「薬屋フェナカイト」
「あぁ~、あの………って、まだ縁切れてなかったんだ? ボクはキミの将来が心配だよ!」
「なんの心配だ」
「それより北方諸国をめざすなら無理に山脈越えなんてせず、海路でまわりこめばよかったのに」
「ガレット国に用があったからな」
「だからってキミ、正規の山越えルートよりずっと上を登っていただろう。空気がかなりうすいから、屈強な男でもきついのに。あのコ、よく高山病にならなかったね」
「……なった」
ぽそっとつぶやくサディスに、ラムロードは目を見ひらく。
「山歩きには慣れていたし、体力が山ザル並みにあったから大丈夫かと」
さらに、めずらしく言い訳めいたことをつぶやく。
「……まさかと思うけど、上りの日程までキミに合わせたんじゃないだろうね」
見透かしているのか、すでに疑問符はついてない。
「二日だ」
だんとテーブルに両手をつき、ラムロードは彼のまん前まで身を乗りだした。
「険しい山歩きに慣れていても、三日はかかるというのに? どれだけ女の子に無茶させてるの! 正気じゃないよ! いくら彼女に体力があったとしてもね、キミと同じに考えたらダメなんだよ! 彼女は〈人〉なんだから!」
痛いところをつかれたのか、サディスは反論もせず、ただ視線だけはちいさな師匠からそらしたまま返事をする。
「……分かっている」
「今後は十分気をつけてよねっ」
十歳にもとどかない少年に説教される、美貌の青年。
はたから見たら実に奇妙な光景である。
ラムロードは長椅子にすとんと、座りなおす。
「まぁ、お説教はここまでにしておいて、そろそろ本題にはいろうかな」
「旅の進路がかぶっている上、おまえがここまでついてくるのは何かあると思っていたが……」
「さすが、優秀な弟子は察しがよくて助かるよ」
「厄介事の匂いしかしない。そして、引き受けるとは言ってない」
肘掛に立てかけていた自分の身の丈以上ある大剣を、少年は両手でつかむ。
それは気高き魔獣王の魂宿る〈冥剣ヴァルドリッド〉。
「リリウォッカには、ああ言っておいたけど……実はもう候補者はいるんだよね」
何のとは、サディスは聞かなかった。
今日の昼間の出来事だ。忘れるはずもない。
しかも、彼の師匠が人の悪い笑みを浮かべているのでなおさらだ。
「ヴァルドリッド、交渉は自分でするといいよ」
すると、大剣は白銀の輝きを放ちながら───
〈さあ、余を手にとれ! 其方はこの魔獣王の目に適った、この世で唯一の者だ! 余の力を存分に使い、世界の覇者となるがよい!〉
おごそかな声で高飛車にのたまった。
サディスは簡潔に答えた。
「断る」
〈何故だ!〉
「俺は魔法士だ。魔獣を使役するつもりはない」
精霊を使役するのが魔法士。性質が異なる二物を両得はできない。
まさか拒否されるとは思わなかったのだろう。冥剣、憤慨。
〈な……っ、精霊ごとき、我が息吹ひとつで消し飛ぶものを! 其方が邪魔に思うものなど、片っぱしから薙いでみせる!〉
「おまえの力など必要ない、他をあたれ」
〈精霊魔法ごときでは、世界の覇王になれぬぞ!〉
「そんなもの、ならなくていい」
あきれたように嘆息をつかれ、冥剣、愕然。
〈そんなもの……だと!? 力ある者ならば目指さずにおれぬ悲願の境地を……〉
「……ヴァルドリッド、彼はそんなことに興味ないって言っておいたよね? 昔みたいに世界中が戦争してるわけじゃないんだから、そんな壮大な夢をもつ戦馬鹿そうそういないよ」
そう、憑物士といった害虫被害は多発しても、人間同士の戦というのは今の世、このクレセントスピア大陸においてはほとんどないのだ。
せいぜい領地争いでも小競り合いていどで、国が潰れるような大規模なものにまではあまり発展しない。
乾いた笑いをもらしながらラムロードが言うが、冥剣は聞いてない。
〈何故だ!? はっ、もしや余が魔獣剣でありながら黒くないからか!? だから信ずるに値せぬと!? それは誤解だ! 余はまちがいなく生まれも育ちも地涯の魔獣王! 疑うならばその手にとって、余の力をとくと試すがいい〉
意気揚々と白銀の輝きを強めて、冥剣はラムロードの手から浮かびあがると、ふわふわとサディスの周りを飛びまわる。さながらじゃれつく犬猫のように。
奥の部屋で扉をあけるかすかな音。サディスは席を立った。
「ルーが風呂から上がったようだな。俺もはいってくる」
もうすでに、その視界に冥剣などいれていない。
話は終わったとばかりに去っていく後姿に、冥剣は長椅子の上に墜落した。
「ボクは最後までつき合うよ。彼女の呪詛が解けるまで」
サディスが足を止めて首だけふりかえった。
ラムロードは真摯な青い瞳でつづけた。
「いくらなんでも、この件はキミひとりじゃ荷が重いだろう? こんな時こそ、師匠であるボクを頼りなよ」
居間の扉をしめてサディスが出て行ってしまうと、一顧だにされずフラレた冥剣は嘆きをあらわにした。
〈地涯にたった一頭しかいない白銀の魔獣として、どれだけ辛酸を舐めてきたか! 下位の白魔獣どもと同列にあつかおうとする悪魔どもを打ち滅ぼし、黒の魔獣をひしぎ魔獣どもの頂点をきわめた余を、いらぬと申すのか!? 信じられぬ! くううっ~~~~〉
そう、地涯では悪魔も精霊も魔獣もすべて、色が黒に近いほどに魔力強く地位も高いのが常識。その常識をくつがえした魔獣は、ヴァルドリッドをおいて他にはいない。
「悪いけど、次の主を探すのは、彼らとの旅を優先したいから後回しにさせてもらうよ? それとも、ここでボクとの契約を破棄して自分で探しに行くかい?」
〈いや、待てっ! 余はあきらめるなどと言ってはおらぬ!〉
あわてたように冥剣は吠えた。
〈余のすばらしさを知れば、精霊などよりも余をとるはず! あの者の傍近くで、その機会を待とう〉
「ムダだと思うけどね。彼は今までに、一度決めたことを覆したことないから」
〈ま、まだ会ったばかりではないか。そのように決めつけるものでは……〉
「彼はあまたの精霊に愛されるからね。魔獣王であるキミがいきなり横恋慕したって、やっぱムダかも。うん、ここまで連れてきておいてなんだけど、ごめんねー。ムダ足だったね」
可愛らしく笑顔であやまる少年に、いじられていると分かっていても、その言葉にひどく心がえぐられる。
〈くっ、そう何度もムダムダ言うでない!〉
カタカタと冥剣は鞘の中でその身をふるわせる。
たとえ無駄でも、彼のことを一目で気に入ってしまったのだ。
それというのも、あの星のように輝ける姿といい、冷たいまなざしといい、その雰囲気が最初の主人を彷彿させる。かつてのその人は女性だったが、彼には似ているものを非常に感じる。すべてを捧げてともに戦った、あの孤高の魔女に。
自らの死が迫ったときに、自分を姦計にはめた地涯のくそ野郎どもに奪われるぐらいならと、地上へと余を放ってくれた。この身が剣であるがゆえ、地上の理たる魔力無効化現象〈ダウンフォール〉はかからなかった。
それから余は、人間の主人を幾度も変えたが、どいつもこいつも大見栄を切るのははじめの内だけで、余の力にふりまわされて最後は廃人になった。
そういえば、いつだったか……ただひとり、これこそ主人にふさわしいと思った長い黒髪の幼い少女がいたのだが、拒否されてしまった。
「おまえは人間がもつには分不相応だ。手にすれば、平穏な人生など望めまい。真に主をほしいなら、地涯の悪魔か天涯の精霊にでもたのむといい」
そう言ってスッパリと。思えばあれも最初の主人に似ていた。
そこまで思いにふけっていて、記憶の中の彼女らを並べたとき、サディス・ドーマと黒髪の少女は、さらに似ていると思った。
最初の主人とは個々のパーツがまったくちがうが、知性あふれる輝かしさと雰囲気が似ているのに対し、この二人は顔がよく似ている。澄んだあかるい翠緑の双眸も。
少女と青年という差はあるが、それでも、血縁の近さと言えるレベルではないだろうか。
血縁。そうか、余が目をつけた、かの少女の血に連なる者であるなら、ふたたび気に入ってもおかしくはない。だが、今回もフラレたことを考えると、一筋縄ではいかない血族のようだ。
たしかに、産まれてから長らく精霊に愛されていたなら、いきなり魔獣王の愛(と言う名の力)を受けとれと言われて、素直に肯けるものでもなかろう。
急に黙りこんでしまった冥剣に、気落ちしているのかと思い、苛めた本人であるラムロードは、そっとしておこうと長椅子から離れようとした。
〈そうか、子だ!〉
突然、さけぶ冥剣。
「は?」
〈産まれてきた子に余の愛をそそぎ、いかに余がすばらしいかをとくと刷りこめばよいのだ! 精霊どもに先を越されぬうちに!〉
「……何の話?」
〈サディス・ドーマがダメなら、その子供に主人になってもらう!〉
「キミ、びっくりするほどの入れこみようだね。でも、彼は女嫌いだよ? 当然ながら今は恋人すらいない独身だから」
〈ならば、余がふさわしい嫁を探してやろう!〉
女嫌いという言葉が届いてないのか、あえて無視しているのか。
「どうせキミが選ぶのって、キミの最初のご主人様みたく頭よくて矜持が高くて頑固で融通がきかないんでしょ」
旅の道中、理想的な主人についてラムロードがたずねたときに、テンションの上がった冥剣が三日三晩語り倒したのが、最初の主人のことだった。
聞いててなんとなく、自分の弟子を彷彿させた。
〈それの何が悪い? 余の主人の母親となる者がおかしな女では困る。女に疎く見る眼がないのであれば、これはサディス・ドーマのためにもなろう〉
さもふしぎそうに、冥剣は問い返す。
「女嫌い」が何故、「女に疎く見る眼がない」に変換されているのか。
おせっかいな仲人おばちゃん的発言に、内心吹きそうになりながらも、ラムロードは淡々と指摘した。
「考えてもみなよ。えらそうで傲慢なキミにそっくりな女のコを、キミのためだよと、ボクが嫁に押しつけてきたらどうなるか」
冥剣は十拍ほど間をおいた。
〈……ふむ、意見が対立するであろうな〉
想像してみたらしい。
「でしょう」
〈譲り合えずどちらかが倒れるまで戦うであろう〉
「そこまでする!? とにかく、その話は──」
かちゃっ。ごくちいさな音が鳴った。
「あれ? いま話し声が……」
居間の扉のすきまから、ルーがぬれた赤毛のまま顔を出し、きょとんとしている。
「したと思ったんだけど……?」
「あ、ボクの独り言だから気にしないで」
誤魔化しておいたが──そのうち彼女にも、この冥剣をちゃんと紹介しなくちゃいけないなと、ラムロードは思った。
次回、本編に戻ります。




