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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅶ】 月下の異境遊戯
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9 冥剣の候補者は拒否している

 あれから、王都内を乗り合い魔獣バスで移動した。

 王立図書館のあとは、王都学院や大商人の豪邸にある書庫を狙った。

 エリオドール聖殿書庫の閲覧禁止室を燃やすのだけは、さすがにルーが全力で止めた。


 一時的にとはいえ、聖女に加護をもらった身としては恩義を感じている。

 聖殿長が黒の悪魔に喰われた上に、貴重本損失とか、エリオドール聖殿にはたいへんな痛手だろう。


 自分の都合のために、良心を捨て去るというのは、思いのほか難しいものだと知った。

 サディスとラムロードは、バレなければ問題ないという考えで……ルーが止めなかったら、ためらいなく燃やしていたと思われる。


 それにしても、サディスだって聖職衣借りたくせに……

 あれ、やっぱり気にいらなかったのか。





 陽が沈み、あたりがすっかり暗くなってから〈貴人の黄昏亭〉へともどってきた。

 結局、半日ばかりの所業では、幽玄図書館の館長は現れなかった。


「あれだけの数を燃やしたのだから、気づいてるよ。警戒してるんだろうね。貴重な原本の魂を逃して、きっと、あの館長死ぬほど悶えているよ」


 いっしょに九階の部屋までやってきたラムロードは、そう言った。

 彼には原本の魂集めに協力してもらってるし、聖女祭で宿の空きもないので、同じ部屋に泊まることになったのだ。


「それでも出て来ないあたり、なかなかいい根性だな」


 サディスは濃緑のマントをはずし、すその長い軍服調の白いコートと白のズボン姿になる。やはり彼は白が似合ってるなと、ルーは思う。

 藍色のマントを脱いだラムロードが、黒灰色の体にぴったりとした衣装なので、好対照である。

「明日は王立研究所とか金持ちの邸とか、秘蔵書のありそうなところを襲撃するといいよ」

「……そうするか」

「あぁ、そうだ。ルー、先にお風呂入ってきたら? あちこち出かけたから汗かいただろうし」

 ラムロードに言われて、彼女は相方の顔をちらと伺う。

 「行ってこい」と言われたので、着替えをもって浴室へと向かった。


 おそらく二人でつもる話でもあるのだろう。

 三年ぶりの師弟の再会なのだし。





 お風呂から上がると、入れ替わりにサディスが浴室へとゆく。

 居間の扉の前に立つと、中からかすかに会話がもれてきた。


 ラムロードと……もうひとりは低い男の声?


 怪訝に思って、ノックもせずに扉をそっとあける。

 かちゃっとごく小さく取っ手が鳴ったが、けどられるほどの音でもないだろうと、すきまから室内をのぞく。長椅子に腰かけ、大剣の手入れをしている少年の姿があった。

 白銀の刃は鏡のようにかがやいている。

「あれ? いま話し声が……したと思ったんだけど……?」

 ぬれた赤毛をタオルでふきながら近づくと、顔をあげた彼が微笑した。

「あ、ボクの独り言だから気にしないで」

 さらっとかわされたので、それ以上の追求はやめておいた。


 二人分の独り言とか、夢魔憑き状態のヴィクトリアさんじゃあるまいし。

 気のせいかもしれない。


 それでべつの話題をふった。

「そういえば、前に会ったときに言ってた〈人探し〉はいいの?」

「あぁ、あれね。見つかった……というべきなのかな」

「うん?」

「この剣の主を探してたんだよ。候補者がいたんだけど、断られちゃって」

「え、……それってどうなるの?」

 彼とリリウォッカとの会話を聞いていたルーである。

 冥剣ヴァルドリッドの〈真なる主〉とやらは、剣自身が選ぶと言ってたはず。

「ヴァルドリッドがすごく乗り気だったけど、相手が魔法士だからね。魔獣王である彼を受けいれる気はないって」

「魔法士だからダメなのか?」


「魔法士は精霊を使って術を起こす。精霊と魔獣は相性が悪いんだよ。ヴァルドリッドの〈気〉は強いから、その剣を手にするだけで、魔法士を庇護する大量のα霊は消し飛んでしまう。高位精霊もへそを曲げて召喚に応じなくなるからね」


 両方は持てないってことか。

 でも、力を求めるなら、自分の精霊魔法より冥剣の力が上なら、そっちを選ぶものじゃないか? 魔法士である時点で、戦う〈力〉を欲していると思うし。

 そうしないってことは、冥剣を必要としないほどの


「あ」


 いきなり声をあげたルーに、少年は大剣を鞘にしまいながら小首をかしげた。

「候補者って、サディス?」

「……そうだよ。キミって、そーゆうとこは外さないよね」

 長椅子の右となりに座るようにすすめられて、ルーはすとんと腰をおろす。

「あれ? だったら、なんでプルートス大山脈で会ったときに言わなかったの? ずいぶん遠回りしたんじゃ……」


「明確に、候補者がだれか知ってたわけじゃないよ。一度も外したことがないっていうインチキ占い師に助言されて、だいたいこの辺にいるだろうって、言われた場所を探していたんだ」


「それはまた、大雑把というか……」


「ほんと、遠回りしたよ。彼は魔法士だからありえないし、度々会うのは偶然だと思っていたからね。王都グライヒルまでの道程がかぶりまくっていたから、もしや……で、当たってみたら候補者だったってわけ」


「それじゃ、その剣の主は今回、見送り?」


「ううん、あきらめきれないから、しばらく彼にはりつくように言われたよ。まぁ、ボクとしても、最後までキミたちにつき合うから、異論はないけど」


「え……」

 まじまじと小柄な少年を見つめる。

「つき合うって……」

「だって、面白そうだから!」

 にこにこと満面の笑みを向けられ、宣言された。


 ──面白そう? もしかして、サディスと同じ人種? 

 古代のナゾとか解くのが好きな難解事件オタク?


「彼が女のコひとりにふり回されるさまを、特等席で見れるんだよ! こんな愉しいこと、そうそうないからね!」


 ちがった。ガイアさんと同じ人種だった。

 サディス弄りに楽しみを見出すヒトだ。


「で、でも、キャラベ軍に追われてる身だし、黒の精霊とかヤバイのもあっちの陣に加わったから、危険だと思うよ? 館長を捕まえたあとは離れたほうが」


 自分たちといることで、負わなくていいリスクを負う必要はないと、そう思って忠告したのだが。

「あのていどの黒いヒヨコが、ボクに危害を加えるなんて三百年早いよ」


 黒い……ひよこ? え、それってキャラベ軍のこと? 黒い鎧つけてるし。

 まさか黒の精霊のこと……じゃないよね? なんで三百年?


「大丈夫、ボクはサディスの師匠なんだよ? 信用して」

 不可解なことばに翻弄されつつ、空色の澄んだ瞳で上目づかいのお願いをされ、ついうなずいてしまった。


 どうしよう、ラムロードが可愛い……。

 これで年上とか、おじさんとか思えないんだけど……。





 そのあと、ラムロードが浴室に行き、入れ替わりに出てきたサディスに傷薬の調合のしかたを教えてもらった。

 薬材店で手にいれた薬草は治癒効果の高いものらしい。

 薬草を軟膏にするには、オイルで二週間ほど漬けこんだり不純物をこしたりしないといけないのだが、粉末で売ってあったので、今回はその手間がいらないという。

 ルーはその薬草粉を三種類ほど匙ではかりながら、ナッツオイルのはいった器に投入し、彼の指示通りていねいに木ベラで混ぜとかす。

 彼は暖炉にかけた鍋で湯を沸かし、そこに取っ手のついた器をつけて、蜜蝋とホホバオイルを湯せんしていた。

 先ほどラムロードと話したことを、ルーは口にする。

「冥剣の候補者なんだってね」

「聞いたのか」

「うん。ラムロードが最後までつき合うって言ってたよ。館長を捕まえたあとも」

「……それは知っている」

 とっても苦々しい表情で、彼は湯せんした器をテーブルへとうつす。


 なるほど。

 ラムロードはすでに彼に話を通していたようだ。


「反対した?」

「していない」


 同行拒否はしなかったということか。

 つまり、彼にとってラムロードは頼りになる相手ということ。

 でも、なぜかとっても不本意そうだ。……冥剣があきらめてないからかな。


 ルーも混ぜおわった薬草オイルを、テーブルへもっていった。

 蜜蝋が固まりかけてから、薬草オイルを投入。彼がまたそれを木ベラで混ぜる。

 そして、いくつかの保存用の容器に小分けしてそそいで、傷によく効く軟膏の完成。

「粗熱がとれれば固まる」


 じゃあ、使えるのはもうすこしあとか。

 彼の体の傷が気になるが、こればかりはしかたない。


「あ、窓辺の方がひんやりしてるし、すぐ固まるかも」

 そう気づいて、液状の傷薬のはいった容器を銀盆にのせ、ルーは運ぶ。

 そこへ、浴室から出てきたラムロードと目が合う。

 彼は深青色の絹の夜着を着ていた。大きすぎるのだろう、そでとズボンのすそを折り返している。おそらく、宿が用意していたお客様用の夜着。

 サディスが使わなかったのでそれを着たらしい。そのぶかぶか感がとても微笑ましい。

 ちなみにサディスは、ゲドルフからもらった白シャツとズボンを着ている。

 いつ黒の精霊の襲撃があるかも知れないので、夜着でくつろぐわけにもいかないようだ。

 ルーは今日出かけている間に女中に頼んで洗濯しておいてもらった、バルデンモーアの茶のシャツとズボンだ。お客様用の夜着に用意されていたのがとんでもないフリル三昧だったので、それだけは断固着たくなかった。

次回は幕間です。

主な出演;サディス、ラムロード、冥剣。

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