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Silver tails ―少女は禍星の下を駆ける―  作者: 百七花亭
【Ⅶ】 月下の異境遊戯
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7 コブタザルはさておき、事態の進展

 ルーは苦い珈琲に砂糖とミルクをそそいでから飲んだ。

 すると、目の前でサディスがなんだか嫌そうな顔している。

「砂糖を入れ過ぎだ。コブタザルになるつもりか」


 そうは言っても、珈琲用カップは紅茶用カップの二分の一ほどの大きさである。

 カップの半分ぐらい砂糖を入れたって、そんなにたくさんとは言えない……と思う。


「……前から気になってたんだけど、そのコブタザルってなんだよ」

「魔獣だ」

「そんな魔獣いたっけ? 聞いたことない」

 もちろん、すべての魔獣を知っているわけではない。

 だが、そんなふざけた名前の魔獣がいるとは思えなかったので、そう言ってみたのだが。


「名通りのまるまると太ったコザルの姿で、地涯の食物連鎖の最下位にある。もっぱら他の魔獣や悪魔どもの食用だからな。あまり地上には現れない。奴らにとってはそれほど旨い餌だということだ」


 ルーは持っていたフォークを、かちゃんと皿の上にとり落とした。


 ……悪魔の食用。まるまると太ったコザル……


 以前、食人末期悪魔や食人魔法士に目をつけられた理由がわかった気がして、ルーはうなだれた。

 そんなに太っているつもりはないし、むしろ、旅の道中、食べれるときと食べれないときの差が激しいので失念していたが……街にいるときなどは、つい食い溜めしてしまう癖がある。そういや、最近ずっと街にいる。お菓子もご飯もいっぱい食べている。

 運動不足なのに、すごくいっぱい食べている。特にお菓子。


 今のおいらはコブタザルだろうか? 

 特にお腹が出た覚えも、二の腕がぷよった覚えもないが。


「どうした、まだパイが残っているようだが、食べないのか?」

 コブタザルとか言った張本人が、冷笑を湛えてけしかけている。


 なんか苛められてる気がする。

 彼の怒りに触れるようなこと、なんかしでか…………したな。

 彼の待つ薬材店に行かず、屋根の上を走り回ってたっけ。


 むぅ、と、むくれて残った一皿のブラックベリーパイを見つめる。

 手をつけずに、ちら、とリリウォッカたちの様子をうかがう。ラムロードと目が合った。


 今の会話、聞かれていたのか。ちょっと恥ずかしい。


 彼は、にこりと微笑んだ。

「ルーは痩せているんだから、食べても大丈夫だよ」

「……そう?」

「むしろ、どこが太っているの?」

 リリウォッカも不思議そうに援護してくれた。


 そうだよね、単にサディスの虫の居所が悪いだけで──


「ここ最近、甘いものばかり食べていただろう。顔がまるくなった」

 ルーは気をとり直して手にもっていたフォークを、かちょんとテーブルの上にとり落とした。頬に両手をあてる。


 なんだか以前より童顔になったような気がしていたのは、気のせいじゃなかったのか!

 く、王都は甘くて美味しい物が多すぎるっ!


 昨日も、〈貴人の黄昏亭〉でしっかりお茶の時間を満喫した。

 ちなみにここで出てくる茶菓子は二人分ではない。びっくりするぐらい種類豊富に盛り付けられて出てくるのだ。おそらくお好みで選んでくださいという感じなのだろう。

 めずらしいお菓子についつい調子に乗って、かなりの量を食べてしまった。

「キミ、もう十八のはずでしょ。大人気ないね」

 ラムロードが呆れたような視線で諫めるも、サディスは二杯目のブラック珈琲を飲みながら片眉を上げた。

「その姿のおまえに言われたくはない」

 ルーは残ったパイを食べるのを断念し、リリウォッカに「食べる?」と尋ねるも、「甘いものはダメなの」と断られてしまい、ラムロードにあげることにした。

 彼は「サディスの言うことなら気にしなくていいのに」と言ってはくれたが、顔がまるくなるのはいただけない。


 自分でロリ度合いを高めたくはない。

 二度と、ロリ好き悪魔を釣りたくはない。


 さっきワンホール食べた彼は、苦もなくその一切れを食べてしまった。

 藍色マントのすきまから見える、ぴったりとした黒灰のシャツにつつまれたお腹はぺたんこのままだった。


 自分と同じ体質かと思ったが、彼は食べ過ぎたぐらいで顔がまるくなったりはしないようだ。実にうらやましい。


 話は終わったからと、リリウォッカが席を立ち、杖をつきながらルーのそばへとやって来た。

「何か、手助けできることはない?」

 クトリの呪詛のことを言っているのだと気づいた。

 幽玄図書館について行き詰ってはいるが、これについてはそもそも、館長をつかまえる以外に方法はないわけで。とりあえずキャラベの追手も撒いている今は……

 巻きこまない方がいい、そう判断して、ルーは首を横にふった。

 リリウォッカが両腕をのばし、かるく抱きしめてくる。


「私とマリエッタは、何があってもあなたの味方よ。困ったことがあったら、遠慮なくベレネッタの王宮に連絡をちょうだい。きっと駆けつけるわ」


「うん。ありがと、リリ」


 ルーも、きゅっと彼女を抱きしめ返した。

 スレンダーなリリウォッカの慎ましい胸に、親近感を感じたのは内緒である。

 ラムロードには、彼女に対しても雪山での一件を口止めされていたのだが──

 正体もバレたことだしと、別れぎわにこっそり、リリウォッカの足の手当てをしたのが彼であることを伝えておいた。






 供人に抱えられてリリウォッカが去ると、サディスが窓ぎわの席へと向かった。

 二人で話すのかと思ったが、ラムロードに手招きされて、ルーもそちらへと席を移した。

 相方のとなりに座ろうとしたら、「こっちへ」と、なぜか右手を引かれてラムロードの横に座ることに。

 相方がなぜか、ムッとしている。無表情でわかりにくいが、眉間にちょっとだけしわが。それにきゅ、と、わずかだが口角を下げている。


 ……知り合い、なんだよね? 

 おいらにとっては、いろいろ助けてくれた恩人だし。


 しかし、その恩人である部分をラムロードの要望で、彼にちゃんと話してなかったことを思いだす。


 もしかして、それ怒ってんのかなー……いや、でも、そんなに怒られるようなことじゃないはず……そこまで彼は心がせまいわけが


 キン、と、空気が凍りつくような声が相方の唇からすべり出た。

「温泉町と、雪山でコレを助けた礼を言っておくべきか。世話をかけたな」

 礼をと言いながら、すごい上から目線と威圧を感じるしゃべり方だった。

 相方の心は存外せまかった。

「あ、ボクのこと聞いてたんだ?」

 対する少年は、ススキに風とばかりに、おだやかに微笑んでそれを受け流している。


「いや、雪山での一件に関してはしゃべっていない。以前、ガレット国で末期悪魔を微塵切りにした奴のことは吐かせたがな。口止めされていたようだから、同一人物だと思った」


 すまぬ、相方。四日前にも会ってんだけど、言ってなかった。

 そのときも悪徳古物屋とキャラベ軍から助けてもらったよ。

 最初に会った時と、真夜中の屋台に出かけたときもね。

 だから、上から目線ヤメテーと言いたい。


 いつのまに追加注文したのか、三人の女給が次々と林檎のホールケーキや皿に山盛りのガレッティパン、銀盆に並べた色とりどりのチョコレート、フルーツソースのかかった段重ねのクレープ、クリームタルト、チーズのキッシュ等々、運んでくる。

 それらは少年の前に並べられた。

「やれやれ、女の子を尋問したのかい? ほんとにナリだけ大きくなって、大人げないコだね」

 彼はそう言いながら、目の前のデザートをお行儀よく平らげてゆく。

 決してこぼしたりテーブルや口周りを汚したりすることが無いことに、育ちのよさを感じる。


 でも、ちょっと食べすぎなんじゃ……


 常は他人からそう思われているルーは、自分のことは棚にあげ、その食べっぷりを唖然としながらとなりで見守る。ふっと、目が甘味に吸いよせられる。


 あ、あの白いチョコレート美味しそう。中身なんだろ。


 しかし、先ほどの言葉が遅れて脳にとどき、ハッと甘味の誘惑をふりきる。


 大人げないコ? 

 え、サディスのこと、そう言った!?


「そんなことより、」

「なぁ、ラムロードって、サディスとどーゆう知り合い?」

 問いかけた相方をさえぎり、つい、好奇心に負けてルーは口をはさんだ。

 相方ににらまれた。

「だって気になるし」

「こいつは──」

「ボクはサディスの剣の師匠なんだよ」

 相方が言う前に先制して、ラムロードが答えた。

 ルーは一瞬、ぽかんとする。

「剣の、師匠?」

「うん」

 にこにこしながら、指先でつまんだ蝶の形のガレッティパンを食べている。


 や、たしかに、あの大剣を振りまわせる腕なら、彼の師匠でもおかしくはないけど

 …………サディス今、こいつって言ったような……


 それで、サディスに「そうなの?」と確認すると、とても苦々しい顔で「一応な」などというそっけない返事が返ってきた。

 一応でも認めたので、やはり師匠ということらしい。

「ラムロードって、ほんとは何歳?」

「二十五だよ」

「嘘をつくな」

 すかさず、サディスのつっこみが入った。

 思わずルーは、テーブル向かいに座って相変わらず冷ややかな視線をくれる彼を見る。

「ちがうの?」

「俺が九歳の頃から会うたびにそう言っていた。三年前に最後に会った時もな」


 はじめて会ったときから九年か。じゃあ、三十代半ば? 

 あ、でも、国宝ドロを追ってたリリやガレット王宮魔法士軍は、〈青年〉を探してるって言ってたから……


 ルーは、ぽむっと手を打った。


「そっか、ラムロードって若作り───ってこと!?」


 な中年とか、なおじさんとか、言いそうになってとっさに言葉を飛ばした。

 万年二十五歳だと主張する最強の剣士には、言ってはいけない言葉のような気がした。


「……ルー、ボクは 実 際 若 い んだよ?」


 きらきらと光や花が舞いそうな可愛らしい笑顔で、彼は全面否定する。

 店内でお茶や軽食を運んでいた女給たちが、いっせいに足を止め、彼を愛でるように頬をゆるませて見つめている。


 まぁ、たしかに今は、実際若いよな。冥剣の〈退行の呪〉が半端にかかってるせいで。

 どう見てもぴちぴちの一桁台だ。


「そう、だね」

 と、笑顔で返すルー。

 でも、そのあざとさには齢経たものを感じるけどね、と心の中でつぶやきながら。

 ふと、あることに気づいた。


「そういえば、おいらがちいさい時にラムロードに会ったことがあるって言ってたけど……それって、サディスの師匠をやってたとき?」


 彼は食べたデザートのお皿を重ねて、テーブルの端によけながら肯いた。

「そう、じゃれつくキミをふりきれなくて困っている彼を見るのはとてもたの」

「昔話をするために呼んだわけではないだろう、さっさと用件を言え」

 怒気をふくんだ声音が、ラムロードの言葉を遮断する。


 そっかー、なんかさっきからサディスが不機嫌だと思ったら、昔の自分をよく知る人が来ちゃったからかー。ガイアさんが来たときも不機嫌になってたもんなー。

 二人ともわざとサディスの困ることっていうか、怒りそうなこと言い出しそうだし。

 あと、ラムロード。それって、友人の話じゃなかったんだ……。


「そうだった! クトリの呪詛のことで、助言をと思ってね」

 ルーはおおきな碧瑠璃の双眸をまばたいた。

「……おいら、呪詛のことをラムロードに話したっけ?」

 覚えがないのだが。

 すると、彼はマントの内ポケットからとり出した紙を広げて見せた。

「これは……」

 渡された相方、眉をひそめる。


「これで指名手配って、本気でキミたちを探す気があるのか、とても疑問に思ったよ。並々ならぬ悪意だけは感じるけどね」


 例の、人外魔境と悪党に悪意変換された腹立たしい人相書きだった。

 たとえ名が同じだったとしても、別人かもと疑ってほしい。

「で、助言とは?」

 サディスはその紙を、手の中であとかたもなく燃やした。

 悪党面に描かれたことについては、感想もないようだ。

「幽玄図書館を探したらどうかなと」

「───一度、扉を破って追い返された」

 チョコレートの粒を口にいれ食べ終えてから、「それはまた……ずいぶんと強引な手段に出たね」と、ラムロードは言う。

「おまえは入館証を持っているのか?」

 最後に残っていた白いチョコレートを、ラムロードはとなりに座っていたルーの口にひょいと押しこんだ。思わず甘味に反応して、むぐむぐと食べてしまう。


 中身、おおきな乾し葡萄と砕いたクルミ。

 甘酸っぱくて美味しい! ……あ。


 夕食を食べるのやめておこう、と思うルーだった。

「持ってないよー、というか……ボクは永久に立ち入り禁止を言い渡されちゃってる」

「何をした?」

 サディスが、フードの下から半眼で問う。


「まぁ、いいじゃない。過ぎたことだよ。キミたちはまだ、立ち入り禁止じゃないんでしょ? だったら、館長を捕まえて入館証をもぎとるといいよ。捕まえ方なら教えてあげる。あと、館長のいる場所だけど」


「──この国だ。王都を中心に飛び回ってるらしい」

「なんだ、知ってたの」

 ラムロードとサディスが同時に席を立つ。

 ルーもあわてて席を立ち、黒レースの鞄を体にななめにかけて傘をもった。

 空皿が山積みになったテーブルを見て、かなりの金額になりそうだなと思っていると、ラムロードが天井に向けて「影の諸君」と声をかけた。

 そういや、天井付近にまだ人の気配があった。

 殺気が消えていたので気にならなくはなっていたが──黒ずくめの方々はいたようだ。


 リリはとっくに帰ったのに、何やってんだろ。


「キミら、姫の護衛のくせに姫を危険にさらしたよね? 丸一晩も吹雪に閉ざされた極寒の山中で」

 動揺でもしたのか、みしっと天井がちいさくきしんだ。

「なのに、姫の恩人に感謝して、もてなすこともできないのかい?」

 ルーは背後に、ふっと風を感じた気がしてふり返る。

 緑の鉢植えしかないはずの自分の背後に、まっくろなやつが立っていた。

「ぅやっ!?」

 うっかり、変声を上げてしまった。

 黒い男はルーの脇をすっと素通りして、女給の方へと音もなく歩いていった。

 片手に財布らしき巾着袋を持っていたので、ここの食事代をしぶしぶながらも払ってくれるようだ。

 ルーが変声を上げたくなるほどには、目つきがかなり剣呑だったが───

 背後にこつぜんと立たれ、おどろいた女給が「きゃあっ!?」と、可愛らしい悲鳴を上げて腰をぬかしていた。

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