虹の君メルス・パルクールの悲しい一日 2
あら、場面が切り替わったわね。
食事を終えたメルスは、自室に戻ったらしい。
机に向かって、何かしている後ろ姿が映っている。
勉強? 退学になったばかりだし、他の学校の編入試験の準備かしら。ほとぼりが冷めるまで他国に留学でもするのかもしれないわね。
ん?
ノートの文字が画面に映し出される。
『今日、両親に謹慎を言われてしまった。
部屋に一人でいたら、窓を叩く音が聞こえた。
不思議に思い、カーテンを開けたら、バルコニーに殿下が立っていた。
逢いたくてたまらなかった、と殿下は私を強く抱きしめた』
⋯⋯妄想日記。
彼の、ささやかな趣味かしら⋯⋯。
メルスは、顔を赤く染めながら日記、いえ妄想小説を書き続けている。
ご両親が可哀想すぎるわ。
今も、家のため、メルスのためとあちこち駆け回っているというのに。
息子は、流出したら一族全員を破滅に導く書を綴っている。
身内のとんでもない暴露話に、一族や派閥の人間は、社交界を引退するしかないだろう。
『2人の唇が重なる。
殿下の濡れた熱い舌が、私の口腔に押し入る。
私は殿下の激情に応えるようにーーー』
もう充分だわ。
その時、室内にパルクール家の執事が入室してくる。
執事は、手に銀盆を持ち、うやうやしく頭を下げる。
「メルス様、手紙が届いております」
銀盆の上に、封筒が乗せられている。
「手紙? 誰からだ?」
メルスは、怪訝そうに問いかける。
「王家の封蝋が押されています」
「王家? 殿下か?」
椅子から慌てて立ち上がったメルスは、執事から手紙を受け取った。
王家の封蝋が押された上質な封筒に、宛名は書いていない。
禁断の恋に酔いしれるメルスには、彼にしか見えない宛名が見えていた。
「殿下。名前を隠して私に連絡をっ」
感激するメルス。
そんなメルスに、軽く礼をして執事は退室していった。
執事の眼差しは、ひどく冷めたものだった。
(諸悪の根源からの手紙を渡すわけないだろうが)
と、心の中で毒づいていたからだった。
嬉々として手紙を開封したメルスは、丁寧に中の便せんを取り出した。
笑顔で読み始め⋯⋯。
笑顔で読み始め⋯⋯。
画面がフリーズする。
メルスが笑顔で手紙を読んでいる場面のまま、止まった。
1分、2分⋯⋯。
動かない。
「え?」
故障?
思わず、お母様へと顔を向ける。
お母様は、にっこりと笑って画面へと視線を遣った。
「あ⋯⋯」
画面に変化がある。
メルス様は動いていないけれど、画面の端っこに「早送り中」と表示されている。
窓の向こうの木が凄い早さで揺れているから、メルス様が笑顔のまま固まっているのは事実らしい。
また画面が切り替わった。
「3時間後」
大きく表示される。
え?
3時間も、メルス様はあのままだったの?
メイドがリネンを手に持ち、メルス様の部屋にやって来た。
「失礼致します。
リネン類の交換に来ました⋯⋯?」
いつものように仕事を始めようとしたメイドだったが、メルスの様子がおかしいことに気づいた。
笑顔で手紙を読んでいる。
普通の光景のはずなのに、なぜか違和感がある。
「メルス様?」
メイドの声にも、なんの反応もない。
というより、動いていない。
「きゃーーっ!
誰かっ⋯⋯! メルス様がーーーっ」
メイドの叫び声に、他の使用人たちが駆けつける。
室内が騒がしくなったというのに、メルス様は笑顔で手紙を読んだまま、変わらない。
外出中のメルス様の両親が戻り、医者が呼ばれ、メルス様はやっと、椅子から離されベッドに寝かされた。
医者によって、目を閉ざされたメルス様は、まるで⋯⋯。
「お母様、メルス様は⋯⋯」
笑顔のまま、幸せな○を迎えてしまったのかしら?
「大丈夫よぉ。
ただの気絶だから」
お母様は、とても楽しそうだ。
ただの気絶なら、かなり愉快な気の失い方だったわね。
ベッド脇に付き添う両親と医者から離れた場所から、様子を見ていたメイドは、床に落ちている紙に気づいた。
メルスが読んでいた手紙だ。
拾い上げ、好奇心から読み出したメイドは、顔が真っ青になってしまった。
その紙は、メイドが見てはいけない代物だった。




