表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

第四章「依存」

 人は、同じ状態が続くと、それを“普通”だと認識する。


 どれだけ不自然な距離でも。

 どれだけ偏った関係でも。


 繰り返されるうちに、それは違和感ではなくなる。


 むしろ――


 それがない状態の方が、落ち着かなくなる。


 それが、どこから始まったのか。

 どこまでが自分の意思なのか。


 気づけなくなった時。


 その関係は、もう別のものに変わっているのかもしれない。


 この章では、

 “離れられない理由”が、はっきりと形を持ち始めます。

 最初は、少しだけの違和感だった。


 距離が近いことも、手が触れることも、隣にいることも。

 全部、慣れていくものだと思っていた。


 時間が経てば、自然と気にならなくなる。

 そう、思っていたのに。


 ――違った。


 慣れたんじゃない。

 変わったんだ。


 私の方が。


 気づいたのは、ほんの些細なことだった。


 その日、彼女は教室にいなかった。


 朝、席について、何気なく隣を見る。

 ――いない。


 それだけのことなのに、胸の奥が、わずかにざわつく。


 おかしい。


 たった一日、隣にいないだけで。

 こんなふうに感じるなんて。


 スマホを見る。何も来ていない。


 当たり前だ。連絡なんて、したことない。

 なのに、何度も画面を確認してしまう。


 意味なんてないのに。


 気づけば、時間だけが過ぎていく。

 授業の内容も、ほとんど頭に入ってこなかった。


 視線が、何度も隣に向く。


 空いた席。

 そこに誰もいないことを確認して、また目を逸らす。


 それを、何度も繰り返す。


 落ち着かない。


 理由なんて、分かっているのに。

 認めたくなかった。


 昼休み。


 いつもなら、当たり前みたいに隣にいるはずの時間。

 でも、やっぱり、いない。


 教室のざわめきが、妙に遠く感じる。

 誰かが笑っている。誰かが話している。


 その中に、自分はいるはずなのに。

 どこか、外側にいるみたいだった。


 ――おかしい。


 こんなの、ただの一人のはずなのに。


 私は、もともと一人でいるのが普通だったはずなのに。


 なのに。


 どうして。


 こんなにも――空っぽに感じるのか。


「……何してるの?」


 声がした。すぐ近くで。


 反射的に顔を上げる。


 そこにいたのは――彼女だった。


「……え」


 思考が、一瞬止まる。


 さっきまで、いなかったはずなのに。

 気づいたら、すぐ隣に立っていた。


「そんな顔して」


 くすっと笑う。


「寂しかった?」


 軽い言い方。冗談みたいな声。


 なのに、その一言に、心臓が強く鳴った。


「……別に」


 反射的に否定する。


 でも、その声は、自分でも分かるくらい弱かった。


「ほんとに?」


 顔が近づく。


 逃げようとする前に、もう距離は、なくなっていた。


「さっきから、ずっとこっち見てたよね」


「……っ」


 言葉が詰まる。


 見られていた。全部。気づかれていた。


「ね」


 小さく、囁く。


「やっぱり、私いないとだめじゃん」


 優しい声。安心させるような響き。


 でも――逃げ場を、なくす言葉。


 そのまま、彼女の手が、私の手を取る。


 指が絡む。前よりも自然に、当たり前みたいに。


 拒否する理由が、見つからない。


「大丈夫だよ」


 そっと、握られる。


「ちゃんと来るから」


 何も言えなかった。


 言い返したかったはずなのに。

 否定したかったはずなのに。


 でも、それ以上に――安心してしまった。


 その事実が、一番、怖かった。


 彼女がいるだけで、こんなにも落ち着く。

 彼女がいないだけで、こんなにも崩れる。


 それはもう、“距離”の問題じゃない。

 関係の問題でもない。


 もっと、深いところで。

 何かが、変わってしまっている。


 彼女が、少しだけ力を込める。


 逃がさないように。

 でも、優しく。


「ね」


 耳元で、囁く。


「ずっと一緒にいよ?」


 その言葉に、もう迷いはなかった。


 怖いはずなのに。

 おかしいはずなのに。


 それでも。


 離れたいとは、思えなかった。


 ――それが、答えだった。


 気づいてしまう。


 もう戻れないところまで来ていることに。


 彼女に近づいたんじゃない。

 彼女の中に、入り込んでしまったんだと。


 そして。


 そこから出たいと、思えなくなっている。


 それが、今の私の状態。


 誰かに必要とされることで。

 満たされてしまうことで。


 離れる理由を、失っていく。


 逃げる選択肢すら、消えていく。


 これはもう、ただの関係じゃない。

 ただの近さでもない。


 ――静かに、確実に。


 心が縛られていく。


 彼女に。


 その優しさに。


 抗えないまま。


 気づけば、私は――


 依存していた。

 第四章を読んでいただき、ありがとうございます。


 この章で描かれたのは、

 “距離”ではなく、“必要性の変化”です。


 そばにいることが当たり前になり。

 いない時間が、不安に変わる。


 その時点で、関係はもう対等ではなくなっているのかもしれません。


 そして厄介なのは。


 それが苦しさだけでなく、

 同時に“安心”としても感じられてしまうことです。


 満たされる感覚と、縛られる感覚。


 その境界は、とても曖昧で。

 だからこそ、抜け出すことが難しい。


 彼女の優しさは変わっていません。


 けれど、それを受け取る側の状態は、確実に変わっている。


 そのズレが、これから何を生むのか。


 次の章では、

 その関係の奥にあるものが、少しずつ明らかになっていきます。


 引き続き、見届けていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ