表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第二章「周囲の温度差」

 距離は、一度壊れると元には戻らない。


 ほんの少し近づいただけのはずなのに。

 それだけで、“普通”は簡単に形を変えてしまう。


 そして、その変化に気づくのは――

 だいたい、周りの方が早い。


 これは、二人の距離の話だけじゃない。


 周囲との距離。

 空気の温度。

 視線の意味。


 気づかないふりをしていても、

 少しずつ確実に、何かが変わっていく。


 その“ズレ”が、はっきりと見え始める章です。

 次の日。


 教室に入った瞬間、何かが違うと分かった。


 ――見られてる。


 直接じゃない。

 でも、確実に。


 視線が、あちこちから向けられている。


 ひそひそとした声。

 抑えた笑い。

 名前を呼ばれたような気配。


 気のせいじゃない。


 昨日までにはなかった空気が、そこにはあった。


 何も知らないふりをして、自分の席に向かう。


 椅子を引いて、座る。

 カバンを置く。

 スマホを取り出す。


 いつも通りの動作をなぞることで、平静を保とうとする。


 でも、落ち着かない。


 理由は分かっている。


 ――昨日のことだ。


 あの距離。

 あの言葉。

 あの視線。


 全部、頭から離れない。


 考えないようにしていた、その時。


「おはよ」


 すぐ隣から、声。


 びくっと肩が揺れた。


 顔を上げると――


 やっぱり、彼女がいた。


 当たり前みたいに。

 そこが自分の居場所であるかのように。


「……」


 言葉が出ない。


 昨日の出来事が、一気に現実に引き戻される。


「どうしたの?」


 にこっと笑って、こっちを見る。


 距離が、近い。


 昨日と同じ。


 いや、むしろ――


 少しだけ、近い気がした。


「なんで……」


「ん?」


「なんで、ここにいるの」


 やっと、それだけ言えた。


 彼女は一瞬きょとんとしてから、軽く笑った。


「隣、空いてるから?」


 当然みたいに言う。


「いや、そうじゃなくて……」


 言いかけて、止まる。


 何をどう聞けばいいのか分からない。


 “なんで私なのか”

 それを聞きたいのに。


「……迷惑?」


 少しだけ、声のトーンが落ちる。


 優しいのに、逃げ場がない聞き方。


「違う」


 反射的に否定していた。


 自分でも驚くくらい、すぐに。


「そっか」


 ほっとしたように、笑う。


 その瞬間。


 周囲の空気が、またざわついた。


 視線が増える。

 ひそひそ声が、少しだけ大きくなる。


 それを、彼女は気づいているはずなのに。


 まるで気にしていない。


 それどころか――


 少しだけ、嬉しそうに見えた。


 まるで、この状況そのものを楽しんでいるみたいに。


「ね」


 また、距離が近づく。


 机の下で、膝が触れた。


 びくっと体が反応する。


「今日も一緒にいよ?」


 軽い言い方。


 でも、それは“提案”じゃない。


 最初から決まっているみたいな言い方。


「……なんで」


 今度は、ちゃんと聞いた。


 逃げずに。


 彼女は少しだけ黙って。


 それから、ゆっくりと口を開いた。


「だって」


 視線が絡む。


 逃げられない。


「一人でいるの、もったいないでしょ?」


「……」


 意味が分からない。


 何が、もったいないのか。


 私の何を見て、そう言っているのか。


 問い返そうとした、その時。


 机の下で、何かが触れた。


 ――指。


「っ……」


 思わず肩が揺れる。


 彼女の指が、私の手に触れていた。


 そっと。

 でも、確かに。


「大丈夫」


 小さな声で、囁かれる。


 安心させるみたいに。


 でも。


 その指は、離れない。


「ちゃんと、そばにいるから」


 優しい言葉。


 柔らかい声。


 なのに。


 その一言は、どこか重かった。


 まるで――


 逃げることを前提にしているみたいに。


 その時、気づいた。


 これは偶然じゃない。


 昨日だけじゃない。


 彼女は最初から――


 “こうするつもりで”近づいてきている。


「ね」


 また、声。


 今度は少しだけ低い。


「どこにも行かないでね」


 優しい言い方。


 でも、拒否を許さない響き。


 答えようとして。


 言葉が出なかった。


 代わりに、小さく頷くことしかできない。


 それを見て、彼女は満足そうに微笑んだ。


 そのまま。


 指が、少しだけ絡む。


 ただ触れているだけじゃない。


 逃げられないようにするみたいに。


 優しく。


 でも、確実に。


 その瞬間。


 教室のざわめきが、遠くなった。


 周囲の視線も。

 声も。

 全部。


 遠ざかっていく。


 代わりに、近くなるのは――


 彼女だけ。


 私は、ふと気づく。


 さっきから感じていた違和感の正体に。


 みんなと私の間にある距離と、

 彼女と私の間にある距離。


 その“温度”が、あまりにも違うことに。


 ――これが。


 この教室の中で生まれている、

 周囲の温度差なんだと。


 近すぎる彼女と、遠ざかっていく周囲。


 その真ん中に、取り残されるみたいに。


 私は、ただ――


 逃げられないまま、そこにいた。

 第二章を読んでいただき、ありがとうございます。


 この章では、

 二人の距離だけでなく、“周囲との距離”の変化を描いています。


 本人たちは大きく変わっていないつもりでも、

 外から見れば、その関係は明らかに異質なものになっていく。


 その“温度差”が生まれた時、

 関係はもう、元の形には戻らなくなります。


 そしてもうひとつ。


 彼女の優しさは、変わっていません。


 だからこそ――

 それが本当に優しさなのかどうか、分からなくなる。


 次の章では、その距離がさらに深まり、

 少しずつ“閉じていく関係”が見えてきます。


 この先も見届けていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ