生き残った者の責任
責任という言葉は、
いつも後からやってくる。
生き残った者にだけ、
静かに、当然のように。
⸻
朝、村の子どもたちが俺の後ろを歩いていた。
声をかけられているわけでもない。
ただ、距離を保って、
同じ方向に進んでくる。
振り返ると、
一斉に足を止めた。
――見られている。
そう感じた。
⸻
畑に出ると、
大人たちも同じだった。
俺が鍬を持てば、
作業が始まる。
俺が休めば、
皆も手を止める。
誰も命令していない。
だが、
俺の動きが合図になっていた。
⸻
長老は言った。
「皆、君を見ている」
「どう生きるかを、
学ぼうとしている」
俺は答えなかった。
学ばせるつもりなど、
なかったからだ。
⸻
「生き残った者には、
責任がある」
長老は続けた。
「戦わなかった者にも、
逃げた者にも、
同じ責任は負えない」
その言葉は、
理屈としては正しかった。
だが、
胸の奥がざらついた。
⸻
責任とは、
剣を取った結果ではない。
生き残ったという事実に、
後から貼り付けられるものだ。
しかもそれは、
拒否できない。
⸻
その日、
若い男が俺に近づいてきた。
「教えてくれ」
「どうすれば、
あの夜みたいに動ける?」
俺は言った。
「分からない」
すると彼は困った顔をして、
こう返した。
「でも、
君はできた」
その一言で、
逃げ道が塞がれた。
⸻
できた、という事実は、
理由を必要としない。
だから、
説明できない行為ほど、
模範になりやすい。
それが、
いちばん危険だと、
俺は思った。
⸻
夜、
俺は剣を触らなかった。
だが、
そのことすら、
誰かに見られている気がした。
剣を持たない英雄。
それもまた、
一つの型になる。
⸻
気づけば、
責任は増えていた。
•次に襲われたら、どうするか
•争いが起きたら、どう裁くか
•誰が前に立つべきか
どれも、
俺が決める話ではない。
だが、
決めないことすら、
選択として扱われ始めていた。
⸻
その夜、
一人の子どもが聞いた。
「ねえ、
正しい生き方って、何?」
俺は、
答えられなかった。
正しい生き方など、
知らない。
知っていたら、
もっと多くを救えたはずだ。
⸻
だが、
沈黙は許されなかった。
沈黙は、
「考え中」ではなく、
「答えを隠している」と
受け取られる。
それが、
生き残った者の立場だった。
⸻
俺は思った。
もし、
あの夜に死んでいたら。
責任は、
誰か別の者が背負っただろう。
問いも、
別の形になっただろう。
生き残ったというだけで、
ここまで多くを
背負わされるのなら。
⸻
責任とは、
引き受けるものではない。
集まってくるものだ。
そして、
集まった責任は、
やがて一つの像を結ぶ。
「こうあるべきだ」という像を。
⸻
その像が完成したとき、
俺はもう、
一人の人間ではいられない。
生き残った者として、
英雄として、
模範として。
そう理解した瞬間、
初めて恐怖を覚えた。
⸻
生き残った責任は、
生き続ける責任へと変わる。
選び続ける責任へ。
間違えない責任へ。
だが、
そんなものを
一人で背負えるはずがない。
⸻
その夜、
俺は心の中で、
初めて願った。
どうか、
次の世代には。
この重さを、
最初から与えないでほしいと。
だが、
その願いこそが、
すでに――
継承の始まりだった。




