4:秘密の時間はディナーのあとで
お誕生日イベント回ラストです
「それじゃ、そろそろ食事にしましょうか」
ママさんが二度手を叩くと、入ってきた扉から見て右奥の扉が外向きに開かれる。ドローイングルームと隣接する食堂の扉だ。ホテルマンっぽい制服の使用人さんが扉の向こうでも待機してくれていたようだ。
食堂の真ん中には10人以上が余裕を持って囲めそうな長テーブルが置かれ、白いテーブルクロスの上では、銀のカトラリーたちが手に取られる時を待ちながら、燭台が灯す橙色の光を磨き抜かれたその身に煌めかせていた。
皆が席に着くと使用人さんたちがワゴンに乗せた料理を運び入れる。
配膳が始まると、なぜかママさんがハッとしたように表情を硬くする。なにか忘れていた用事でも思い出したのだろうか。
テーブルを見渡すと、他の家族もどことなく気まずそうに視線を交わし合っている。
料理に何か問題でもあるのかと見てみれば、とくに気になるところもなく、どれも美味しそう。コース料理のように一品ごとに美しく盛り付けられた皿の他に、取り分けるスタイルの大皿料理も置かれ、テーブルの上はたいそう賑やかだ。高級フレンチの華やかさと家庭料理の素朴さが渾然一体となった様子は、さながらホテルのビュッフェのようでワクワクする。その中でもひときわ強い存在感で目を引くのはメインディッシュの肉料理だ。ハーブの添えられたロースト肉の断面は、こんがりとした焼き色に薄く縁取られ、外から内に向かって淡いピンク色からバラ色へと連なるグラデーションを織りなしていた。そしてもう一品、パプリカやズッキーニなどの夏野菜に彩られたラタトゥイユ風煮込みは、その鮮やかな視覚情報から凝縮されたトマトの酸味を想起させて唾液腺を刺激してくる。
配膳が終わると、一人の男性が歩み出で一礼する。ウェイターさんのように見えるけど、彼はこの家の執事さん。
「お待たせいたしました。本日のメインは、今日のため特別に準備いたしました子ヒツ「シャルル!ケーキのお城、とても素晴らしかったわ! 娘に早く食べさせてあげたいから、デザートに出せるよう、切り分けて用意するように伝えてもらえるかしら」
執事さんが折り目正しい口調で料理の説明を始めたところへ、ママさんが遮るように言葉をかぶせた。どうしたのだろう。ケーキのお城は確かに素晴らしかったけど、そんなに急いで食べたいわけじゃないのに。それよりも今は、目の前の料理たちを楽しみたい。
執事さんは一瞬怪訝そうな表情を覗かせるも、すぐさま「かしこまりました奥さま」と綺麗な角度のお辞儀で了承の意を伝え、その場を後にする。すると、先ほどまで心なし張り詰めていた場の空気が弛緩したように感じられた。
「では皆さま、私たちの愛しい娘、ヴィリアーチェが無事4歳の誕生日を迎えたことを祝し、そしてこれからの健やかな成長を祈って乾杯願います」
和やかな雰囲気の中、パパさんが乾杯の音頭を取り仕切る。大人たちはワイングラスを掲げるけど、私のところはブドウジュースだね。
「「「乾杯!」」」
「おめでとうヴィリアーチェ!」
「おめでとう!」
「私たちの元に生まれてきてくれてありがとうヴィリアーチェ」
「……!」
今日幾度となく送られた祝福の言葉が、次第に実感となって胸に染みこんでくる。
だんだんと、嬉しさと同時に、こそばゆいような気恥ずかしさがこみ上げてきた。
「ありがとう…ございます。こんなにお祝いしてもらえるなんて、嬉しくて、なんだか夢みたいです」
さっきまでは、まだ目の前の幸せな光景に対し、どこかお芝居を観ているような感覚を引きずっていた。けれど今、優しい視線の数々が、紛れもなく自分自身に向けられているという現実にようやく実感が追いついてきたのだ。
「まあまあ、ヴィヴィちゃんったら感激屋さんね」
ママさんがハンカチを取り出し、私の頬にあてがう。知らぬ間に涙が溢れていたことに気づき、恥ずかしくなる。この幼い身体は、まだ上手く感情をコントロール出来ないのだ。
「そんなに泣いたら、食べる前から料理がしょっぱくなってしまうぞ」
おじいさまが私の気を紛らわすように、大皿から取り分けた料理を目の前に運んでくれる。私は気恥ずかしさに「ありがとう」の言葉がごにょごにょしてしまった。
みんなからの笑顔と祝福に囲まれていると、さきほどの妙な空気は、やはり気のせいだったと思えた。
小さくいただきますの合掌をして、お待ちかねの料理を口にする。大人たちはそんな私を微笑ましく見守っていた。
「美味しい…!」
ラタトゥイユ風の煮込み料理は、肉じゃがのような家庭料理で私の好物だ。でも今日のそれは手が込んでいて、仕込みに余念がないのがわかる。特に違いを感じるのはホロホロになるまで煮込まれた肉の柔らかさだ。煮崩れさせずに絶妙な食感になるよう、火の通し方にも熟練の技があったに違いない。トマトと赤ワインベースのコクのあるソースで煮込まれているのに、口に入れた瞬間、閉じ込められた肉の旨味が舌の上で広がるのを感じる。
文字通り幸せを噛みしめている間も、家族の視線は私に注がれていた。ただ、やはりどこか緊張を隠しているようにも感じられるのは気のせいだろうか?
ひとしきり煮込み料理を堪能したら、次に味わうのはお待ちかね、白いお皿にハーブの緑がよく映えるバラ色のロースト肉だ。分厚い一切れをさらに半分に切り分け、ソースをこぼさぬよう慎重に口へと運ぶ。口に含むと肉汁とワインビネガーの酸味が絡み合い、爽やかに肉の甘みが広がる。
(この味は…!)
ウシともブタとも、ましてトリとも違うと私の中の記憶が教える。ただ、鼻に抜ける濃縮したミルクのような香りには、かすかに覚えがあった。
「お母さま、このお肉…」
ママさんがぎくりと肩を浮かせ表情をこわばらせる。それだけでなく、家族全員が同時に息をのむ気配を感じる。
「すごく美味しいです!」
私の言葉に、その場の全員が安堵したように表情をほころばせる。
「そ、そう? ヴィヴィちゃんに喜んでもらえて良かったわ」
ママさんも笑顔だけど、うっすら冷や汗を浮かべてる。パーティーの準備でお疲れなのかな。ほんと感謝だよね。
その時私の頭の中では、キャンプファイヤーを前に若者たちが軽快なステップでダンスする光景と、それを盛り上げるアップテンポな曲が流れていたのだけど、どうしてかは知らない。
◇◇◇
ランプの薄明かりの中、私は目を覚ました。ここは私の部屋のベッドの上だ。デザートのケーキを食べている途中でウトウトし始めた私は、ほっぺたにクリームをつけたまま、パパさんに寝室まで運ばれ、ママさんに寝かしつけてもらったのだった。この体は一度眠気に襲われるとあらがうのは難しい。ママさんがデザートの準備を急がせてくれて正解だったかも。けれど眠りが浅かったらしく、ほどなくして目が冴えてしまったのだ。まだパーティーの興奮の余韻が残っているのかもしれない。
ドレスはネグリジェに着替えさせられていたけれど、髪は解かれずにそのままナイトキャップに収められていた。
このまま寝直すのは難しそうだったので、私はベッドから下りるとネグリジェのまま廊下に出た。寝室のある二階の廊下に人の気配は無く、柱に掛けられたランプの灯りにぼんやりと照らされていた。私は裸足のままペタペタと歩き出す。
エントランスホールの吹き抜けにさしかかると、階下の食堂ではまだ宴会が続いているらしく、談笑が漏れ聞こえる。ふと、廊下の先の扉から光がもれていることに気づく。そこはパーティーが始まる前にいたドレスルームだ。ホールの上を通り過ぎ、部屋の前にたどり着く。
扉を押し開けると、ランプの灯りに照らされて煌びやかに輝くドレスたちに迎えられる。
ドレス置きの一番手前には、先ほどまで私が着ていた水色のドレスがスタンドにかけられてちんまりたたずんでいた。
スタンドは大人用のものと比べると小さいが、それでも私の身長より少し高い。私は子供用のドレッサーチェアを運んでくると、それを踏み台にしてドレスを手にすることが出来た。「チャラララ~」と脳内でジングルが鳴り響く。
ドレスを身体の前に掲げて姿見をのぞき込む。うん、こんな逸材を前にしたら、この衝動は止められないね。
ネグリジェを脱ぎ捨て、ドレスを頭からすっぽり被る。どうにか一人でも着ることが出来た。
さあ、再び憧れのドールちゃんとご対面だ。
「こんばんは、お人形さん。私はヴィリアーチェ。お母さまからはヴィヴィって呼ばれてるの。あなたのお名前は? そうだな…リリィにしよう。はじめましてリリィ。私のお友達になってくれる?」
鏡の中のリリィは「よろこんで」とニッコリほほえみ返す。こうかはばつぐんだ! 新たな扉が開いちゃったかも。
私はいろんな角度からリリィちゃんの姿を堪能しつつ、あれこれと他愛のないおしゃべりに興じる。
中途覚醒による謎テンションのためか、刻の経つのも忘れて鏡の中の友達と交友を深めてしまった。
この時の私は、ママさんとパパさんに秘密の遊びを見られてるなんて思いもしなかったのだった。
脳内キャンプファイヤーのくだりは、もっと良い文章が思いついたら直すかもです(ジン ジン ジンギスカン…)
2026/05/05改稿
この時点では前世という結論には至っていないため、該当部分を修正しました。
(修正前)前世の記憶
(修正後)私の中の記憶




