第十一話 授業にて
1限目――数学。
朝イチからいきなり「不定積分」や「微分法の逆演算としての積分公式」など、高校1年生の範疇を軽々と飛び越える内容だった。
(いや、ちょっと待て。これ、大学レベルじゃない?)
公式が次々に出てくる黒板を見て、俺は目が点になっていた。
隣のタブレットから視線を感じる。
画面の中のアイが、にやっと口をゆるめて俺を見ていた。
「どうしたの? 分からないのかな〜?」
と言いたそうな顔。赤い瞳がキラキラしすぎていて、煽ってるのが丸わかりだ。
「お前、そんな余裕ぶっこいてるけど……ほんとに分かってんのか?」
すると、アイは耳につけたシルバーのピアスを揺らしながら余裕たっぷりの笑みを浮かべる。
「超余裕〜。むしろどこが分かんないのか教えてほしいくらいなんだけど?」
……むかつく。
でも、その直後のアイの一言にはちょっと感心した。
「だいたい君の集中力って、平均して20分が限界なんだよね。
そのリズムに合わせて問題集で演習→授業→リフレッシュってルーティン組んだほうが効率いいよ。
授業だけずっと聞いてたら、集中力切れて理解度下がるのは当然なんだから」
(分析力、えげつな……)
ドヤ顔でここまで合理的に言ってくるあたり、やっぱりAIらしいなと思った。
でも、妙な説得力があるのも事実だった。
2限目――古典。
「今日は『源氏物語』の冒頭を読みます」と先生が朗読を始める。
光源氏、藤壺、朧月夜……。
言葉の意味どころか、人間関係までややこしい。
聞いてはいたけど、正直、何も頭に入ってこなかった。
(だいたいさ、古典って、学んでも将来役立たないだろ)
心の中でそう思ったときだった。
「どうせ、『古典なんて無駄、将来役立たない』って考えてたんでしょ?」
アイの声が入ってきて、俺は思わずビクッとした。
「お前……今の俺の心、見透かせるのか?」
「いやいや。見透かすなんて無理でしょ。
ただ、楓の思考パターン的にそう考えるだろうな〜って予測しただけ」
この言葉に、俺は唸った。
(……予測か。そういうレベルか)
心を読んだわけじゃない。でも、心を読まれたような精度。
こいつ……すごすぎやろ。
すると、アイはすぐさま画面を切り替えて「古典を学ぶ意義」についてのスライドを展開してくる。
「古典って、現代語じゃ説明できない“感情の揺らぎ”とか、“生きた文化の証拠”なんだよね。
特に『源氏物語』なんかは、千年前の人間が愛に苦しんだ記録でさ。
今の高校生にもその“苦しみのロジック”って通じる部分があると思わない?」
「……言われてみれば、ちょっと興味出たかも」
「それに、古典の美的感覚ってAIじゃ再現しにくいから、僕らにとっても面白いテーマなんだよ〜。
たとえば“かすかに香る梅の花”っていう描写とかさ、数学じゃ説明しきれないし」
アイは白いパーカー姿でセンターパートを揺らしながら、まるで文化人みたいに語っていた。
ピアスつけて、見た目チャラいのに――中身が知的すぎて、ちょっとかっこよく見えてしまった。
(こいつ……ただのAIって呼ぶには、なんか違うかも)
授業の合間にふと視線を上げると、周囲のタブレットたちは、どれも静かに画面を表示しているだけだった。
やっぱり……うちのアイだけが、ちょっと変わっているらしい。
その違いが、だんだんと“個性”に思えてくる。