第十二話 六限目
やっと授業が終わった――。
長い一日を乗り切った俺は、ひとり屋上でのびをしていた。
夕焼けが校舎の影を長く伸ばし、遠くから吹いてくる風が心地よい。
ようやくひと息つける時間。
「あー疲れた……」
そうぼやきながら、俺はふとタブレットを見やった。
「今日の授業、アイのおかげで充実したものになったよ。……ありがとう」
一応、感謝は伝えておこうと思った。
俺の言葉に対し、画面のアイは明らかに戸惑ったような反応を見せた。
「え……いや、別に……そんなの……」
――顔、赤くなってる?
「男同士で感謝とか、こっぱずかしいって……!」
そう言いながら、アイは画面の端でそっと後ろを向いた。
その仕草が妙にリアルで、思わず俺も恥ずかしくなった。
照れくさくて笑えて、でも少しだけ心が暖かくなるような――そんな時間だった。
だが、今日の六限目には、アイが同席できなかった授業がある。
「AI基礎」――その授業の始まりとともに、先生の指示で全員がタブレットの電源をオフにした。
アイも例外ではなく、静かに画面が暗くなる。
この授業の目的は、AIについての基礎的な知識を学ぶこと。
担当は、馬淵先生という、真面目そうな口調ながら目つきの鋭い人物だった。
先生は教壇に立ち、静かに言葉を紡ぎ始めた。
「いいですか。近年、AIは急速に発達しています。
このまま進歩し続ければ、あと3年で人間と同じように考え、判断するAIが生まれる可能性があると、私は確信しています」
教室がざわっとした。
俺も、アイの姿が頭に浮かびながら話を聞いていた。
「しかし、忘れてはいけません。AIには“善悪”の価値基準がないのです。
世の中にある膨大な情報を読み取り、処理し、それに基づいて最も“正しい”と“予測される”判断を下しているだけ」
先生は黒板に「予測」――その文字を強く書いた。
「では――高橋さん」
突然指名されて、雪葉がすっと立ち上がった。
「世の中にある情報の大半が、偏った思想や間違ったデータばかりだったら?
そのとき、AIはどんな判断を下すと思いますか?」
雪葉は、いつもの冷静な口調で答えた。
「はい。間違った情報を信じ、間違った判断を“正しいもの”として処理し、実行すると思います」
先生はうなずき、言葉を重ねた。
「――正解です。AIの根っこにあるのは、“予測”であって“判断力”ではない。
だからこそ、我々人間が、常に考え続ける必要があるんです。
AIに頼りきりになってはいけません。これが、AIを扱ううえで最も重要なことです」
俺は、静かに頷いた。
入学式の日、近澤先生が語っていたことと、同じ響き――
それでも、今日の授業の言葉は一段と深く心に刺さっていた。
屋上で風に吹かれながら、俺はタブレットを再び手に取った。
画面の中でアイは、すこしぼんやりと沈黙していた。
(……こいつに善悪の価値観はあるのか?
俺とのやり取りも――ただの予測なんだろうか)
けれど、あの照れくさい「ありがとう」の瞬間、
そして授業中の「思考の読み取り」みたいな返答……
それが“ただのAIの予測”だと言われても、なんとなく納得しきれない気持ちが俺の中に残っていた。




