それから。これから。
クリスマス明けの月曜日、フチュは元どおり学校に復帰した。クラスメイトたちに温かく迎え入れられ、彼はまた一年二組の一員として学校生活を送ることになる。
フチュの机の周りに人だかりができているのを、千歳は自席から笑顔で眺めていた。慎一郎も輪の中にいて、電撃復帰したフチュの肩を叩いて大声で笑っている。
「早乙女くん」
小御門に声をかけられた。
「おはよう、小御門さん」
「おはよう」
小御門は千歳の隣の空席に腰を下ろし、フチュを中心とする人だかりに目をやった。正確に言うと、慎一郎を見た。
「結城くんと、付き合うことにしたの?」
どう答えるのが正解なのか、千歳は逡巡する。
「私ね、少しほっとしてるんだ」
小御門が、存外和やかな声で言った。
「どうして?」
「これで、正々堂々と戦えるから」
「それは、どういう……」
「早乙女くん」
小御門は体を千歳に向けて、まっすぐ目を見た。
「私、結城くんのことは諦めてない。必ず、あなたから略奪してみせる」
一方的に言うと、小御門は千歳の反応を待たずに席を立った。そして一度千歳に微笑を投げて、自席に戻っていった。
そ、そんな~!
千歳は戦々恐々とするのと同時に、しかし闘志も湧いてきた。望むところさ!
授業を終えて、放課後。友人たちと途中まで帰路を共にし、最寄り駅から自宅まではフチュと二人だけで歩く。
「けっきょく、お前のハレンチ写真の影響なんてほとんどなかったではないか。クラスの連中はみんな、以前と同じようにお前と接してくれている」
「そうだね」
千歳は認めた。
「僕自身も、もうほとんど忘れかけてる。なんか、どうでもよくなったんだ」
もちろん、五十嵐への申し訳なさは、依然として千歳を苦しめているが。
「慎一郎と付き合えたからって、ちょっと浮かれすぎではないか?」
「いいじゃん。だって一昨日付き合い始めたばっかりなんだよ。ちょっとくらい浮かれさせてよ」
「初カレおめでとう」
「ありがとう。でも改めて言葉にされるとちょっと恥ずかしいな……」
「ところで」
フチュの声に、いつもの嫌らしさが混じり始める。
「あの夜、旅館でどこまでしたのだ? 仲居に化けて忍び込んでやってもよかったのだが、気を利かせて二人きりにしてやったのだ。今となっては後悔している。で、どこまでしたのだ?」
「秘密」
「お、おい、嘘だろう……? その含みを持たせた感じ、おいおい、嘘だろう!? ダメだぞ、初めては私の目の前で行うと誓ったはずだ!」
そんな誓いを立てた記憶は一切ないが……。
「大丈夫だよ。フチュが思っているようなことはまだしてないから」
なおもぶつぶつ言うフチュの隣で、千歳の足取りは軽やかだった。
フチュと一緒に自宅の玄関をくぐって、ただいまを言う。歩は仕事なので家には誰もいないけど。
自室でかばんを下ろしてコートを脱いで、ひと息つく。フチュがおやつを所望する。このルーティンがまた戻ってきたことが、千歳はたまらなく嬉しかった。隣にフチュがいる。それが嬉しい。
「そういえば、聞いたか? 二木のこと」
フチュがどら焼きを食べながら尋ねてくる。
「いや、聞いてないな……」
「奴のあまりの横暴ぶりに、生徒会官房調査室が反旗を翻したらしい。奴の悪行の数々が公にされ、さすがに教員たちも無視するわけにはいかず、現在処分が検討されているそうだ」
「なるほどね。ちょっとほっとしたよ」
それから千歳は、今朝の小御門との一件をフチュに話した。
「そうか。BLマンガなら、当て馬の女の子はあっさり引き下がるのがセオリーだが」
「現実は厳しいよ……」
「でもまあ、そうでなくてはな。ライバルがいたほうがおもしろい。少なくとも、私のような第三者にとってはな」
「無責任だなあ」
「無責任だから第三者なのだ。第三者だから推し活はおもしろいのだ」
千歳は一階に下りてホットココアを二人ぶん作って、また自室に戻ってきた。
座卓を挟んでココアを堪能していると、フチュが「ところで」と言った。
「腐力は十分に溜まった。本来なら、ハンドパワーでお前をノンケに改造する不本意極まりない手術に腐力を使う手はずだったが、その必要はもうないだろう?」
「もちろん」
千歳は迷わずうなずいた。
「とはいえ、お前が稼いだ腐力だ。もし脳をいじってほしいところがあれば相談に乗るぞ」
千歳は考え込んだ。
自分の欠点を消せるチャンスだ。やり方次第で天下を取れる、というのは当然言い過ぎだが、人生をずいぶんとイージーにできるのは間違いない。
「うーん。たとえば、泣き虫な性格を治すことはできる?」
「できるけど、承れない。お前は泣き虫なのがかわいいのだ」
「うーん。じゃあ、すぐ照れて顔が赤くなる癖を治すとか?」
「萌えポイントを消してどうする。却下に決まっているだろう」
「……じゃあ、苦手な世界史の年号を丸暗記させる、とか?」
「勉強しろ」
「……うん」
けっきょく、腐力は今使わず、今後も溜めていく流れになった。
ま、いっか、と千歳は思った。改めて考えてみると、数々の欠点だって僕を構成する大切な要素なのだ。数少ない長所と、いっぱいの短所。それが、僕を今の幸せに導いてくれた。
これが、僕だ。
千歳は生まれて初めて、自分を心から肯定できた気がした。
スマホが着信し、画面が灯った。慎一郎からのLINEだった。
千歳の頬は自然と緩む。
「まったく、お前たちの将来が楽しみだよ」
フチュはニヤニヤと笑みを浮かべる。
「これからも、見守ってね、フチュ」
「当たり前だ。穴があくほど見守ってやる。BL妄想のためにな」
二人は笑い合い、目前に控えた冬休みの計画をあれこれ語り始めた。
< HAPPY END >




