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親友一

 親友は自分で不幸になろうとしているきらいがある。

 俺の高校時代の親友、鈴木すずき真琴まことが死んだのは、ただの病でしかない。

 病によって意識を失い、そのまま息絶え、彼の遺骸はそのまま駅のホームから下へと落ちただけだったのである。

 俺もかっては自殺ではないかと思ってもいたのだが、そこは玄人が見えたと語ったのであるから事実なのだろう。



「ぷつんと、意識が途絶えました。彼は良純さんに会いに行って、そして、幸せな気持ちで、高校時代の楽しい日々と十数分前までの幸せな時間を思い出しながら息絶えたのです。だから、一人で寂しいとかは無かったはずで。」


「あいつが一人で闘病していたのは事実なんだよ。」


「そうですね。でも、ギリギリにしか良純さんに会いに行けなかった理由もわかります。彼の外見はかなり変わってましたよね。昔の彼の状態では無かったでしょう。僕も、怖いもの。最後に息を引き取る時に今の僕のままならいいけれど、醜くなっていたらどうしようって。その姿だけを覚えていられたら辛いなぁって。」


「安心しろ。俺の覚えているお前の姿はきれいなままで、俺が作ったトンボ玉が付いたヘアピンを五本も頭に飾っている馬鹿野郎だ。」



 玄人が俺に向けた笑顔は俺が一生忘れないと思う笑顔であり、その笑顔を目にして喜ばしいどころか、その笑顔を思い浮かべて暮らす自分の侘しい最期まで思い至ってしまって、俺は自分の情けない顔を見せたくはないと無意味に玄人を抱きしめていたと思い出す。


 それから、鈴木の最期の目撃者が楊だった事を俺は知らなかったということも、だ。


 玄人は自分の大事な人間の秘密を知っても外に語ることは無いが、同じように大事な人間にでさえ語らない、という義理堅さがあるのである。


 楊は二か月前に数日間失踪していたことがあるのだが、戻って来た彼は深刻そうな顔で俺に鈴木の死についての真相の告白とやらをして来たのである。

 だが、告白された俺は彼への怒りよりも呆れの方が大きかった。

 まず楊は、目撃した事実を言わずに、「鈴木を殺したのは俺だ。」と言い出して来たのである。


「お前が?どうやって。高校時代のお山の大将のお前が関わるなとサルどもに命令したせいで俺と鈴木がハブられていたからって台詞は、俺はもう聞き飽きているんだからな。大体よ、俺も鈴木も女子と仲良くしていたからよ、モテない部だっけ、イケてない野郎会だっけ?そんな奴らに無視されていても、俺も鈴木も痛くも痒くも無かったからな。」


 いつもはこの台詞で顔を真っ赤にして怒る男が、その時ばかりは顔色も変えず、否、真っ白な血の気を失った顔で真っ直ぐな視線で俺を見据えたのである。


 戻って来た彼は過労死寸前で公園で倒れており、俺が見下ろす格好となっているのは、彼が俺より背が低いからではなく、病院のベッドに横たわっていたからに過ぎない。


 まぁ、事実俺よりも十センチ以上は確実に小さい男なので会う度に見下ろしているが正しいが、確実に無いくせに百七十五センチだと言い張る男なので、コンプレックスらしいそこはあまり刺激はしたくはない。


 俺は手近のパイプ椅子を引っ張ると、楊と目線が少しでも合うように腰をかけた。

 すると楊は俺と目線を合わせることも辛そうに顔を歪めて、点滴の刺さっている左腕をさも光が眩しいかのように顔の上に乗せ上げたのである。


「どうしたんだよ。かわちゃんはさ、鈴木への暴力を止めたくて俺達に関わるなって言っていただけだろ。気にするなよ。それとも、お前の友人達が影で鈴木をいたぶろうとしていたことまでも責任があると思っているのか?あいつに指一本触れるどころか、俺が全員叩きのめしていたから大丈夫だよ。俺こそ悪かったね。脅しすぎて学校を辞めた奴もいるだろう。」


 今度は楊の方から俺に目線を合わせてきた。

 呆けた顔がこっちに向いただけで、目線は合ったとは言い難いが、とりあえず俺が病室に入ってから初めて彼が彼らしい顔を俺に向けたのである。

 俺はこの話題ならば楊を元気づけられるのかと思い立ち、もっと詳しく話してやることにした。


「何、よくあることだよ。闇討ちって奴。それで鈴木は俺の家から学校に通っていたりもしてね。それも楽しかったよ。襲ってくる奴はさ、鈴木が彼女を取ったとかって言いがかりでね。ほら、鈴木は俺のことを同性愛的に好きだったらしいがね、告白するまでは隠して普通の友人として振舞っていただろう。女遊びも普通に一緒にやっていたんだよね。鈴木も俺もすぐに飽きて、まぁ、ほんのちょっとだけ、だったけどね。」


「嘘つけ。お前は散々だっただろうが。学校の女子を半数近く喰っていたと噂じゃねぇか。」


「そんなの、してないやつもしてるって吹いただけだろう。俺が喰ったのは遊びに行くぐらい仲の良かった十数人くらいだよ。それにさ、鈴木がすぐにつまらないっていうからさ、俺もそうだねって、二人に戻って。……だから期間としてはほんのちょっとだよ。」


「畜生。それでも二けたなのかよ!お前とお友達になりたいって理由で鈴木をいじめていた奴らの本当の気持ちがわかったよ。本気で鈴木が羨ましかったんだな。」


「そこもわかんないね。鈴木はいい奴だったから、普通に声をかければ普通に受け入れただろうにさ。」


「そうかな。あいつはお前を独占したがっていたよ。」


「そうかな、そうなのかもね。最期の、命のさ、タイムリミットがわかったからと覚悟して俺に愛を告白してくれたからね。ガキだった俺は、俺に友情を持っていなかったのかと、あいつを責めて捨ててしまったのさ。それでも、あいつは本当の最期に俺に会いに来てくれた。謝る必要のないあいつが、俺にごめんと言ったんだよ。僕はただ君を愛していたってね。」


 俺はそんな彼を一人で病院に向かわせたのである。

 送ると声をかけて、そして、送らなくていいという彼の言葉のまま見送り、彼はその一時間もしないうちに人生を一人で終わらせてしまったのである。


「――お前らはいつも一緒だったからさ、だから――男どもはさ、お前の親友でいられる鈴木の立場が羨ましかったんだよ。お前はね、嫌われ者なんかじゃなかったさ。俺達にはお前が高嶺の花だったんだよ。」


「かわちゃん?」


「俺はさ、止めているようで煽っていたんだと思わないか?本気で止めるならさ、もっと強く止めていたってさ。俺があの頃からお前と友人になりたかったって、知っているか。仲間はさ、俺の気持ちを読み取っていたのかもしれないって、あぁ、思うよ。いつだってかわちゃんのために、だ。俺がいじめの大将だったに違いないんだよ。」


「かわちゃん?」


「俺だって、お前と友達になりたかったさ。お前の隣に立ちたかったんだよ。」


 楊はそこまで言うと布団をかぶり自分を隠した。

 俺は彼が俺に情けない言葉を吐いたと気が付いて自分を隠したくなったのかと思ったが、俺はこの時ほど嬉しかった事はない。

 楊は俺に抱いている罪悪感で俺の親友に納まっているのではなく、純粋に俺と友人になりたいから俺に近づいて来たのだと告白したのだからだ。

 友人達に囲まれ、ふざけて大騒ぎする高校時代の楊の姿が思い出された。

 羨ましくないと言いながらも、俺と鈴木は彼等のはしゃぐ声が起これば必ず目を向け、自分達には無いだろう世界を憧れをも持って見つめていたのだ。


「声をかけてくれれば良かったのに。俺達もお前と一緒に人間饅頭を作りたかったよ。」


「そうか?」


 被っている布団でくぐもっているにしては声は暗く低く、俺は布団越しに楊の肩のあたりに手を当てて、身をかがめて彼の頭のあたりに顔を寄せた。


「かわちゃん?」


「――俺は鈴木を見捨てたよ。あいつがホームから落ちても助けるどころか、知らないと言って逃げたんだ。怖かったわけでもない。俺を見てあいつが脅えて落ちたと思ったからね、俺は自分の殺害現場から逃げただけだよ。」


「俺も鈴木から逃げたんだから同じだよ。」


 布団はゆっくりと引き下げられ、中からは驚愕の表情で俺を見つめる青い顔の男が出てきた。

 彼が仕事で追う犯罪者は、観念した時にこんな顔をするのかもしれないと、俺がなんとなく考えたほどの間抜けな顔だ。


「お前は、逃げていないだろ。だって、その姿は鈴木の鎮魂の為なんだろう。」


「逃げたからこその鎮魂だ。」


「え?」


 楊はいつもの様に眉毛が一本になるほど眉間に皺を寄せ、俺はそのパグのような顔に笑いが止まらなくなってしまった。

 そこで、彼の背中に右腕を差し込むとそっと持ち上げ、彼にはしたこともない「抱きしめる」に近い行為をしていた。

 左手で軽く彼の肩をぽんぽんと叩くこともしただろう。

 俺の腕の中でブリキの人形の様に固まっていく友人がことの他面白かったので、実はまたやってやりたいほどだ。


 俺もようやく鈴木への拘りを昇華させる事が出来たのだ。


「はは。かわやなぎ。俺もね、鈴木を見捨てたんだよ。あいつを受け入れたが、俺はあいつの死も、これからの闘病にも付き合う度胸が無かったんだ。俺はね、図体ばかりデカいだけの、ただの臆病者なんだよ。俺にも惚れたと、クロのように俺の子供になりたいと四つ下の男に告白されて、恋心には応えられないが手放したくはないと車を買ってやったりね。だからさ、お前が不安ならね、お前にも欲しいものを買ってやるよ。」


「はは。凄いな。俺には何を買ってくれるんだ。」


「現行車種で手に入るものならば。」


「――それじゃあ、スカイラインGTR。」


 勿論俺は「いいよ。」と答え、次の見舞いの時にはスカイラインGTRの形をした国産玩具を病室に持って行ってやった。

 楊は俺の予想通りに秀麗な顔を皺だらけにクシャりと萎めてパグのような顔になり俺を罵倒したが、俺は楊の元気なパグの顔が見れるのならば彼の罵倒など怖くはない。



 そうして、過去を吹っ切って元気になったはずの楊は、元気になったからこそ余計な事をしでかして、勝手に不幸に陥ったのである。

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