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納骨堂

 僕は楊が僕を呼び出した事に対して簡単に許して馳せ参じた。

 恋人の隣で売り子をするのに飽きた事もあるし、祖父に反発したい気持ちもあったからである。


「淳平君の威光を最大にするために、お前は絶対に参拝者の前で淳平君の恋人だと知られる振る舞いはしてはいけませんよ。これは、白波家、いえ、蛇様の戒めと思いなさい。」


 電話を受けながら、だったら僕を駆り出すなと言いそうになったが、普段は穏やかな祖父が怒った時の恐ろしさを思い出し、僕は口を閉じることにした。

 殆ど皺のないつるっとした公家顔に、一重だが大きな瞳が爛々と輝き相手を見据えるところは、良純和尚が言うには「大蛇の威嚇」なのだそうだ。

 小物のオコジョ使いが敵う相手ではない。


 そして、商売人の家の息子として、祖父の思惑もよくわかる。


 普通に本当の姿を表に出した時の山口の煌きは、普段を知っている人には逆に信じられないと思うが、芸能人のそれ以上なのである。

 そんな山口に神官の格好をさせてみようか。

 うわあ、少女漫画の世界から抜け出て来たヒーローがいるよ。(棒読み)

 白波の初詣の手伝いの時には、山口は白波神社の氏子獲得数とグッズ販売数の空前絶後の数を叩き出してしまった程なのだ。


 祖父が「もっと」と欲を張ってしまった事は仕方が無い事だ。

 同じ商売人として理解できるし、僕が祖父を責めることは決してできない。

 商売人ならば、稼げるときに稼ぐものだ。

 逆に、稼げるときに稼げない者は商売人とは言わない。


 だからといって、天涯孤独の身の上の山口を取り込み、いつのまにか「おじいちゃん」と呼ばせ、その上、僕の知らない間に宮司の資格まで取らせるという事までもするとはやりすぎだよ。


 僕の恋人を宣言し、血が繋がらなくとも一心に周吉を慕うようになった山口ならば、周吉には孫の僕よりも可愛らしく素晴らしい駒であろう。


 ああ、良純さんがおじいちゃんをろくでなしと言うだけあった。


 だけど、結局のところ、白波家の絶対家長である周吉に僕が逆らえるわけなど無い。

 僕は祖父の言うがまま、祖父の経営する相模原の霊園に山口と前日に来て、今朝の四時に叩き起こされてから祠の祭りをさせられている。


 だから、僕が山口に纏わりつく女子高生におみくじの入った箱をぶつけてしまったのは寝不足によるもので他意のない偶然だし、山口との写真を撮って欲しいと言った客には山口が見切れた写真を撮ったのも嫉妬ではなく、警察官の彼の素顔をネットに上げられてはいけないという僕の道義心であるのだ。


 反省する事など何一つしていない。


 だが、女子高生達の嬌声が神経をささくれさせて煩いと、思わずオコジョを使ってしまったことは反省している。

 小学生時代に僕がいじめで殺されかけた事がある過去があろうとも、その声が僕を殺そうとしてはしゃぐ子供達の声に似ていようとも、僕はぐっと我慢をするべきであったのだ。


 何しろここは白蛇様の陣地で聖域なのだ。


 僕が獣の力を使ったばかりに、白蛇様の怒りの大雨という仕返しを受ける羽目になったのだから、僕が。


 僕一人だけ頭から天罰の雨がざっぱーんだ。


 だから、一人可哀想な僕には楊の電話は僕ホイホイだった。

 おいでと言われて、僕は犬のように楊の元へと馳せ参じたのだ。

 おみくじやお守りの入った箱を白波の奴らに放り、いつもは走ることの大嫌いなこの僕が一目散に楊の元へと走ったのだ。


 ただし、髙や田辺という公安の人間に囲まれた楊を前にして、学習能力のある僕が一瞬で山口の元へと戻りたくなったのは言うまでも無い。


「ごめんなさい。かわちゃん。僕は仕事があるから。」


 しかし、運動神経の無いこの僕が、スポーツ大好きの楊から逃げきれるはずがあるわけが無い。

 スポーツ大好きどころか県警一の俊足と言われる楊は、僕が踵を返す間もなく僕を捕まえて引き寄せると、僕の背に負ぶさる形で僕を拘束したのである。


「ちび。お前が俺を裏切るのは許さない。」


「だったら僕を裏切らないで。ほら、僕を放して。僕はびしょびしょでしょう。」


 楊は僕の頭のてっぺんのちょんまげのゴムを外すと、どこから取り出したのか、取り出した手拭いで僕の頭をぐいぐいと乱暴に拭きだしたのだ。


「うあぁ。ちょっと乱暴だよ。」


「うるせぇよ。作務衣はそんなに濡れていなくて良かったな。」


「ありがとう。じゃあ、戻るから。」


 楊は僕の頭に手ぬぐいを巻き付けると、再び先ほどと同じように僕を背中から抱き締めた。


「何を言ってんだよ。お前が嫌がるような化け物がいるとわかって、俺が一人で行くわけ無いだろうが。」


「えぇ。田辺さんも髙さんもいるじゃない。一人じゃないでしょう。」


 僕は髙に目を向けたが、彼は楊を確実に見捨てそうな悪辣な笑顔を見せてくれた。

 彼は虫の大群に襲われて虫塗れになった山口が助けを呼んだ時も、山口を見守るだけで助けなかった人でなしだ。

 だが、僕には優しい彼は僕を見捨てないのではないのかとも考えたが、彼の中には生まれたばかりの彼の愛娘とマタニティーブルーが暗黒歴史になるくらい穏やかになった美しい妻しかいないと気が付いて、僕は観念するしかなかった。


 彼は早くお家に帰りたい。

 それのみだ。


 彼は僕が消えたら、楊を引きずってでもあの周吉の絡繰りに楊を落とし込むのは確実だ。

 僕はほうっとため息を吐くと、楊の両手に僕の両手を添えた。


「かわちゃん。行こうか。あれは僕が退治できないものだけど、かわちゃんにはできるかもしれないし、駄目だったら、お爺ちゃんの作った檻に入れたままにしておけばいいから気にしないで。」


「え、ちび。何それ。檻って。」


 楊の驚きの声と、田辺と髙が同時に上げた舌打ちの音で、僕は余計なことを言ってしまったのだと気が付いた。

 この人達は何も知らない楊を奈落に落とし込むつもりだったのかと、背中に楊がいても僕の背中は冷水を浴びているかのようだ。

 僕は怖い髙を見つめていると、彼は僕達から背けていた顔をくるっと楊に向けたが、それは誰にでもわかる、あからさまな「これから騙すぞ」という笑顔であった。


「あぁ、かわさんは知らないか。白波の周吉さんはね、死人専用の、それも、通常のものでない死人専用の檻をこの墓苑の地下に造り上げてしまったのですよ。あの祠のところに骸骨を組んで作った死体櫓(やぐら)があったでしょう。あれは玄人君は意味が無いって言っていたけれどね、必要なものだったそうで。ただし、場所を間違えているってね。それだけのものだから、一応かわさんは見ておいた方が良いかなって。それだけだから。」


 さもなんてことないように髙が語ったが、それに騙されるほど楊は髙との付き合いは短くないはずだ。


「え、そうなの、ちび。」


 僕は騙されやすすぎる楊に対して舌打ちをしていた。


「ちびったら。」


「だって、知らない。僕は知りたくもない。見えただけだもの。深く知りたくもないし。」


「僕もよく意味がわかりませんけどね、聖域やパワースポットがある場合は、周囲にはそれに相反した物があるものなんだそうです。事象を回すための陰陽のマークみたいなものなのだそうです。綺麗は汚い。汚いは綺麗ってね。だから、墓所は聖なるもの、祠も聖なるものだとしたら、聖が勝ちすぎないためにそれに見合う汚れたものが必要なんだそうですよ。」


「ふふ。意味がわからなくても、どう対処していいかわからない死人専用の檻を作ってくれたのだから、ありがたいことこの上ない、のかしらね。こんな広大な土地に税金もかからないどころか国からの使用料迄手にして、上物の収益も丸ごと彼のものと考えると、悪辣な押し貸しって気もするけどね。」


 僕は祖父の悪辣さに、背中の楊の懐にぎゅうっと入って身を縮こませるしかなかった。

 七つ離れた従兄の白波(しらなみ)久美(ひさよし)と佐藤(さとう)由貴(よしたか)を、僕はどうしてこんなろくでもない奴らが白波の期待の星なのだろうかと考えた事もあったのだが、僕の知らなかった祖父の一面そのものだったと、僕はようやく気が付いたのである。


 白蛇様が白波家の始祖だという通り、白波家は本気で悪辣な蛇の一族なのだろう。


「じゃあ、行きましょうか。」


 ピクニックに行くかのように声をかけて踵を返した髙と田辺が後ろ姿をみせると、僕の背中はさらにぎゅうっと楊に押し付けられた。


「ちび。お前は帰っていいよ。お前には対処できないのでしょう。」


「かわちゃん、たら。」


 僕は楊の言うとおりに山口の所に帰ろうと楊から飛び出そうとしたのだが、なぜか楊に再び彼の腕の中に引き込まれてしまっていた。


「えっと、かわちゃん?」


「普通さぁ、僕も一緒に行くよ、じゃないの?そんで、俺が良いよ、行きなって送り出すっていう様式美じゃん。そんなあっさり逃げ出すお前を見て、俺が一人で行くかよ。絶対に逃がさない。」


「かわちゃん、格好悪いよ。」


「うるさいよ。」 

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