集合三
「でも、あなたはその力を使って設楽季を滅ぼしたのよね?」
楊は田辺の天気を聞くような調子の声で発せられた質問に体が固まり、そして、楊の母と同じ格好で現れた田辺の真意が見えた気がした。
「あなたは、わざと俺に自分の過去が見える様にしましたね。その格好で俺が母を思い出す。そこであなたも母であった頃があったのだろうかと俺はあなたに意識が向く。そして、俺があなたの過去を読むことが出来るのか試したのですね。」
田辺は満点を取って帰ってきた子供に対する笑顔を楊に見せつけ、しかし、宿題をパスする事は許さないという母親の顔を楊に見せながら右手の人差し指をくいっと立てた。
「俺にまた、人殺しになれと。」
「かわさんは人を殺していないでしょう。」
楊が振り向けば、真後ろにはグレーのスーツ姿の楊と同じような身長に体型の男が立っていた。
楊と同じような体型と言っても、細身な所が似ているというだけであり、楊の手足の長さは楊だけのものである。
しかし、楊よりも均整がとれていないといっても、その男は楊よりも立ち姿がはるかに様になる男でもあるのだ。
「畜生。俺にできない窓際親父の雰囲気を見せつけやがって!」
「何それ!」
楊の隣で田辺が弾けたように笑い出し、楊が怒りを持って見つめる男は、おどける様にして肩を竦めた。
楊を捨てていた二か月近くなど何もないように、である。
「俺は髙が持ってきた仕事は嫌、だからね。公安の、この怖いお姉さん達を部下にして、警察庁のお偉いさんの顎に使われながら裏で死人と戦争なんて、誰がやるか。」
「うん。だから違う仕事にする事にしたの。僕もね、娘が生まれたらさぁ、毎日家に帰りたいじゃない。やっぱり以前の特対課のような感じがおいしいかなって。女房も復帰するなら特対課って言っているし、いいかなって。」
「いいかな、じゃねぇよ。普通に女房亭主が同じ課にいられるわけないだろ。」
それどころか、髙の愛妻は髙が手を回したからか、髙の妻は職務による精神的消耗の診断書を盾に就労不能を訴え出て、かなり早い段階で長い休職を手に入れていたのである。
「うん。そう。だからこのままかわさんと僕は窓際でね、のんびりやるのもいいかなって。なんちゃって特対課は女房と現役さん達に渡してね。」
「いや、産休どころか無意味に長い長い休職しちゃってるじゃん。いくら杏子ちゃんが休職前に手柄をあげたって言ってもさ、復帰してすぐにそんな簡単に一課任せられるの?」
「あら。やっぱりかわさんは特対課に未練があったのか。」
「な、無いよ。」
「そう?まぁ、いいけど。杏子ちゃんが本部の警備課にいた時に、酔った偉い奴に下腹部を蹴られたせいで卵巣が一個無いのは知っているでしょう。だからね、意外と我儘が効くんだよ。」
楊は杏子が今までに出した移動願いが全て通っていた事実を思い出し、それは彼女が髙と出会う以前からであったと思い当たった。
女性の人権を声高に唱えて楊を吊るしあげたこともある彼女が、過去にそのような目に遭っていても告発どころか口を噤んでいた事実に考えが及んだ時、髙がただの可愛い女に惚れるはずはないのだという事に気が付いたのだ。
「似たもの夫婦か。」
「ふふ。だからこそ僕は安心して深く潜ることも出来る。」
「やっぱ、裏で動くんじゃねぇか。」
「嫌?」
楊はここで「嫌」と答えるべきとわかってはいたが、腰を落ち着けねば生き残っている子供二人は取り戻せないと、真っ赤なアイリングで囲まれた真っ黒な瞳と真っ赤な瞳を思い出してしまったのだから仕方が無い。
そして何よりも、彼自身髙と過ごした数年が楽しかったことも事実であり、情けなくも小声で「いやじゃない。」と不貞腐れた子供の様に答えていた。
勿論、いつのまにか髙に正面を向けていた楊の後ろで、ひいひいと息が詰まったような田辺の笑い声が大きくなっていた事にはかなりの情けなさも大人として感じており、楊はせめてと昔の課長だった声を相棒に久々に出したのである。
「会合だけならさ、帰りましょうか。」
「何を言っているの、かわさん。納骨堂に行くんでしょう。」
「うそ。嫌だよ。田辺さんだけならばまだしも、髙まで出て来たなら、危険度がマックスでしょうが。」
「だからかわさんを呼んだんでしょうが。見せてくださいよ。飯綱使いの力を。」
「えぇー。飯綱だったらさ、ちび呼ぼうよ!ちび!」




