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明治妖妖記 二つの闇  作者: ながとみコケオ
3/10

伊達ではありません

「連さん。もしかして簪欲しいの」

 無視されてしまったものの、柴一の困り顔が可愛いと感じつつ、喜助は柴一に助け舟を出してみる。何度も連が一つの物から視線を外そうとしない状況を見ていた喜助は、連の行動の理由もすぐに気付く。賢治が連の行動を読めなかったのは、酒以外でこの行動を見ていないせいで、喜助は酒以外でもこの行動を見ていたから理解出来たのだ。

 大きく頷いた連に、柴一がそう言えよと言いながら持っていた簪を元の場所に置き、納めるために作っておいた簪を台の上に広げて少しの間眺めると、一本挿しの玉簪を取り出す。新緑の若葉のような緑と乳白色の緑の色が自然に調和している翡翠の丸い玉が銀の簪に良く映えており、先端は耳かきが付いている。形はごく普通の簪だが、翡翠が織りなす自然に作られた模様が挿す者に品格をもたらしそうだ。

「連さんの髪、金色だから翡翠の玉簪の方が良いかなって思って。本当はもう少し深い緑が良いんだろうけど、今あるのこれしかないから」

 玉簪を見詰めていた連が、満面の笑みを浮かべた。

「成程。翡翠なら、私の髪でも存在感を示せるな」

 柴一から受け取った連は、左右長い髪の一部を両手で後ろに束ね、数回右に捻じって左手で掴んだ。簪を右手に持つと頭から少し離して上から挿し、くるりと簪を回転させて下に向けた。手慣れた様子で左手に持った髪を簪の下に潜り込ませ、下に向いた簪をひっくり返しながら髪を巻き込んで簪を挿し込んでしまった。

「連さん、簪挿せたんだ」

 髪飾り自体を連が使っているのを見たことがなかったせいか、喜助は驚きと感心の混ざった感想を呟いた。ただ単に、簪が欲しかった訳ではなかったらしい。

「お前、私を馬鹿にしているのか」

「否、簪使ったことないんじゃないかなって、思っただけですから」

 連の冷ややかな視線に、しまったと思いながら右に視線を逸らしてしまう喜助を余所に、柴一が納得したように頷いている。

「うん、見立て通りだな」

 自分の見立てに、狂いがなかったと満足げな様子だ。

「伊達に錺職人はしとらんね」

 賢治の言葉に柴一が満面の笑みを見せた横で、連は気に入った様子で簪の翡翠を触っている。

 右に逸らした視線を戻して柴一を見ながら喜助は、賑やかなのもありかなと思う。人から妖になって以来、一人で過ごすことが多かった喜助は、柴一と出会うまで一人でいる方が気楽だと思っていた。壱に会う事さえ、億劫だと思う事さえあったのだから。柴一と出会って、初めて子供を育てて、振り回されながらも誰かといることの温かさを思い出し、邪険にされつつ、と言っても喜助自身が柴一を揶揄い過ぎている節がある為ではあるが、このまま続いてほしいとさえ思ってしまう。再び一人になった時、自分は何を思うのだろうか。

 目の前で展開されている光景をぼんやりと眺めていた喜助の思考を遮るように、戸が二度叩かれた後、失礼しますと小さな声が聞こえたと同時に開かれた。全員が一斉に入り口を見ると、糸井小間物問屋の丁稚奉の少年が全員の視線に気圧されながらあのうと小さく呟いた。

「須堂様、旦那様から言伝を預かってきたのですが」

 全員の視線が怖かったのか、少年の声が小さくなっていく。

「怖がらなくても良いよ。皆何もしないから。糸井さんからの言伝は、店に来るようにかな」

 糸井の者が長屋に来る時は、依頼が来ている時だけだ。容易に察しがつく為、喜助は怖がっている少年の言伝を確認すると、少年は勢いよく頷いた。

 喜助が少年に手招きをしながら土間の傍まで四つん這いで行くと、少年は連と賢治を気にしつつも喜助の傍に来る。

「言伝は確かに聞いたよ。後で行くって伝えておくれ」

 懐から出した財布から一厘銅貨を三枚取り出すと、少年の手に握らせた。

「団子でも食べてお帰り」

 柔らかい笑みを浮かべて言うと、少年は顔を輝かせて元気よく返事をし、ぴょこんと跳ねるようなお辞儀をして帰って行った。

「可愛いなあ、小さい頃の柴一と五郎太を思い出しちゃうよ」

 嬉しいと二人して顔に出して、上機嫌になっていた子供の頃をふと重ねてしまい、思わずにやけてしまう。

「お前、気持ち悪い」

「喜助がおかしくなった」

「止めろ変態親父。思い出し笑いしてにやけるな」

 連、賢治、柴一の言葉に、良いでしょと拗ね気味言って、喜助はそのまま草履を履く。柴一が納める簪を手早くまとめて喜助同様に草履を履いた。

「面白そうだから、付いて行くぞ」

 連は退屈しのぎになると思ったのか、笑みを浮かべている。

「連さん、行く前に髪の色を何とかしてください。それじゃあ目立ちすぎる」

 喜助の言葉に連は、自分の髪を摘まんで見る。

「別段構わんだろうに」

「駄目です。賢治も目立たないように髪の色変えてるのに、連さんが変えないでどうするんですか。注目の的になるから色を変えて下さい。じゃないと酒呑ませませんから」

「こら、酒を引き合いに出すんじゃない」

 言いながら連はうなじに手をまわして髪をなぞるように毛先まで滑らせる。するりと滑らせた髪は、振り子のように重力に引かれながら金から黒へと色を変えていった。

「連さん、凄い」

 仕掛けでもあるのかと連の髪を見ながら言う柴一に、連は視線を向ける。

「術を使っただけだ。そんなに見ても何も出らんぞ」

「じゃあ、行きますか」

 針仕事を止めた賢治が草履を履き、四人は長屋を後にした。

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