賑やかというか、何というか
締め切られた障子の外から、間の抜けたような鹿威しの音が聞こえた気がした。
「須堂様。今日は随分、人が多ございますな」
糸井さんの言葉に苦笑いを浮かべた喜助は、連と賢治を連れてきたのは間違いだったかと思う。喜助の右隣りには連が、左隣には賢治がおり、連の隣に柴一が正座していた。
「ごめん、来るなとは言えなくて」
「須堂様が構わないのでございましたら、私としても問題はございません」
言える訳がない。連は師匠であり妖霊山の主で、賢治は連の子だ。賢治は喜助とほぼ同等、連に至っては桁違いの強さだ。二人揃って術も得意とくれば、断る理由はまったくない。
「そう言って貰えると嬉しいよ」
糸井さんの寛容さに救われながら、喜助は笑みを浮かべる。
「初めまして。私、須堂喜助の妹で須堂連と申します。喜助兄さまは長兄でございまして、兄さまの隣に居るのは、私のすぐ上の兄さまで須堂賢治でございます」
連が、にこやかな笑顔で三つ指をついてお辞儀をしている。連に紹介され、賢治も深々とお辞儀をする。師匠、何時から妹になったんですかと思いながら、一瞬だけ喜助は連に視線を向ける。
「暫く喜助兄さまの家に居るようになりましたので、兄さまの仕事の手伝いをさせて頂きます」
妹になったばかりか、居候する気さえ見えてしまった喜助は、表情を変えずに誰か嘘だと言ってと思う。
「須堂様の手伝いをしていただけるのは結構ですが、大丈夫なのでしょうか」
糸井さんの視線は、喜助に向けられている。依頼の足を引っ張らないのかと視線が問いかけているのはすぐに気付いた。
「大丈夫。この二人の腕は確かですし、依頼に支障が出ることはないから」
支障だ出るとすれば、連の勝手気ままな行動だけだろうか。
「それなら問題もございますまい。では、依頼の内容に移りましょう。幽霊騒動のあった頃から、行方不明者が多く出ておりまして、二月に四人、三月に六人。四月に入ってからは三人。何れも、自ら家を出るようなことのない者ばかりでございます」
幽霊騒動の後、甘味処で聞いたのは今回の依頼の発端だったかと思う。
「柴一を甘味処に連れて行った時に、少し聞いた。俺が聞いた時は、確か二人だったかな」
ほうっと、糸井さんから感心した声が漏れた。
「須堂様は、既に知っておいででしたか」
「俺が聞いたのは、行方が分からないって事だけ。でも、一三人も行方が分からないなんて思わなかったな」
「左様でございますか。依頼としては、これ以上行方不明者が出ないようにしてほしいとのことでございます」
「でも、行方の分からない者がそれだけいるってことは、原因が一つとは考え辛い気がするけど」
「原因が幾つあるかは、こちらとしても分かりかねますが、依頼主は行方知れずの者をこれ以上増やしたくはないようでございます」
「成程ね。糸井さん、一三人の行方不明になる寸前の状況って分かる」
「簡単にでしたら。一三名とも生活に関して、問題はなかったようでございます。羽振りの良い者もいたようでございまして、行方知れずになるような要因は無かったと聞いております。一三人のうち、男が五名、女が八名。年齢は一六歳から四八歳迄。何れも行方が分からなくなる直前、後ろを気にしていたとのことでございます」
糸井さんの言葉を聞きながら、喜助は怪訝な表情を浮かべた。
「後ろを気にしていたって、何かに付き纏われていたって事?」
「分かりかねますが、何か不安気であったとか」
喜助と糸井さんの話を黙って聞いている三人が、互いに顔を見合わせている。
「不安気ねえ。何が付き纏っていて、どうして一三人は目を付けられたか。原因が幾つあるかは分からないけど、一様に後ろを気にしていたとなると、行方不明の者は同じ理由ともいえる」
頷いて見せた糸井さんに、喜助は小さく肩を竦めて見せた。
「情報が少ない気がするのは、気のせいかな」
「気のせいでもないでしょう。何せ、私も情報は集めておりますが、目撃した者がおりませぬ。集まる情報もごく僅かとなってしまうのは、致し方ない事でございましょう。私の方は、引き続き情報を集めてみます。何か分かりましたら、お教えいたしましょう」
「うん、そうして。で、話を聞くだけ聞いて顔を見合わせてる三人は、何か言うことないの」
喜助の言葉に、連が真っ先にあると答えた。
「誰か後ろを気にしていたことを聞いた方は、いらっしゃらないのでしょうか」
連の言葉に、糸井さんはゆったりとした動作で首を横に振った。
「今の処、聞いた者がいると言う情報は入っておりませぬ。そちらの方は確認致しましょう」
糸井さんの言葉を聞いて、連は頷いて見せる。
「お縁さんにも聞いてみたら、何か分かるかもしれねえな」
柴一の言葉に首を傾げた連の横で、喜助はにっこりと笑みを浮かべた。
「じゃあ、柴一が聞きなよ。お縁さんのことだから、知りたいこと以外の話も一杯してくれるよ」
途端に柴一が、嫌そうな表情を作ってしまう。
「賢治さん、お縁さんが世間話しだしたら止めてくれよ」
「ちょっと待って。何で俺に助けろっち言いよるん」
「だって、親父も連さんも止めてくれそうにないから」
既に助けを求める表情で言っている柴一を、呆れ気味に賢治が見ている。柴一と賢治に挟まれている喜助と連は、二人して笑みを浮かべた。
「柴一を揶揄う理由が、良く分かる」
小声で呟いたのは連だ。口元を袖で隠しているが、笑いのツボにでも嵌ったのか、肩が小刻みに震えている。
「本当、柴一は可愛い」
話を振った喜助は、満面の笑みだ。向かいに座る糸井さんは、四人の様子に苦笑いを浮かべてしまった。
「須堂様。柴一が可愛いのは良く分かりますが、あまり揶揄い過ぎると、拗ねてしまいますよ」
「大丈夫。拗ねた柴一も可愛いから」
「一遍死んで来い、くそ親父」
威嚇をしている猫の様な雰囲気で言った柴一に、喜助は思わず可愛いと呟いている。
「だから、可愛いって言うなって何回言ったら分かんだよ」
くすりと連が笑みを浮かべると、柴一に視線を向けた。
「柴一。兄さまは捻くれていますけど、柴一が可愛くて、可愛くて仕方がないんですのよ。それはもう、目に入れても痛くないくらいですわ」
言葉を聞いた途端に、柴一の行動が止まってしまった。表情が、絶対に嫌だと物語っている。
賢治が視線を障子へと移して、柴一には見えないように苦笑いを浮かべていた。




