十四話 魔獣の行動開始
王都には貴族たちが居を構える一画がある。
王城にも近く、騎士の詰め所も近くにあるため、安全面に配慮された立地である。昼には御用聞きや家人の乗った馬車が行き交い、夜には特殊な処理をした魔術具により道が照らしだされる。
勿論家々も防犯に力を入れており、門を二重に閉鎖して護衛を置くということをしている。門の前は常に明るく照らされており、不審者などが現れた時にはっきりとわかるようになっているのだが──
その日の夜、ヒアシンス家の門が開いたままで、しかもヒカリの魔術具が作動されていないという報告が、騎士団に届けられた。
騎士団が様子を見に行ったのは深夜になってからだったが──相手が貴族ということで、上の決断が必要だった──ヒアシンス家は真っ暗で、人の気配すら感じられなかった。
きい…きい…と門の留め金が外れて、さびた音が響くのが恐ろしい。
「やばそうだな」
ヒカリノタマを頭の上に浮かべた騎士が呟いた。手には抜き身の剣を準備している。
「ここは隊長が探ってた家ではないか。やはり裏がある家だったのだな」
「はい。まずいですね……」
「だれか、危険感知スキルを持っていないか? 現状を知りたい」
リーダー格の言葉に、四人で来ていた騎士達は顔を見合わせた。
「持ってないな」
「危険感知は特殊スキルです。持ってる人は少ないですよ。ここでそれを望むのは高望みすぎます」
「そうか、仕方ないな。さて……どうするか……」
彼らに取れる手段は二つある。
一つ、このまま四人でヒアシンス家を探ること
一つ、一度詰め所まで戻り、報告を行うこと
今回彼らは、ヒアシンス家の異常を確認に来たのだった。事実ここが無人のようだと分かった事で、一度詰め所に帰り報告するのもありだと思えた。
しかし、このまま引き返すのはあまりにもあっけなさすぎる。
「仕方がない。二手に分かれよう。一組は庭へ、もう一組は家の中を探せ」
「良いのですか、家に入っても」
「ああ、緊急時に家人を助けるということで、許可は出ている」
「了解した。では、得意武器によって、内外を分けるのはどうだろうか」
彼らは、ちょうど槍を持つ者が二人、剣を構えるのが二人だった。
「そうですね。槍では室内は動き辛いですから」
「わかった。では槍と剣で別れよう。一通り確認後、門前に集合するように」
「了解しました」
「はい」
それぞれがヒカリノタマを出現させる。一気に場が明るく照らし出された。照らし出された一帯は、特に変わったことはないようだと、四人は頷いた。
しかし──
○ ○ ○
己のテリトリーに入ってきた匂いに、ソレは頭を上げた。
先ほどまでの食事はあっけなく、まったく栄養になっておらず、物足りない思いをしていたところだったのだ。
せっかく狩りをしたのに、弱い物は美味しくない、とソレは思う。
何匹もの小動物や、小動物用の餌、やわらかな弱者を喰らうよりも、一体の強者を喰らった方が栄養になることを、ソレは本能で知っているのだ。
だから、その匂いと気配に、うっとりする。
それらはソレにとって上等の餌となるモノであった。通常なら、昼に正面から戦えばソレが負けるであろうが、今は夜である。しかも周囲には身を隠す所が多く存在している。
ならば、あれらは獲物にしかならない。
足音を殺して獲物に近づく。
獲物は金属の胸当てと光る剣を持った人族のようだった。人族は二人いて、周囲を照らすヒカリを持っていた。ヒカリに照らされて出来る影に身を隠し、ソレはチャンスをうかがう。
二人でいる時に襲ってはいけない。
一人になるタイミングを待つのだ。
大きな口から滴る唾液。餌の喉笛に喰らいつきたいと逸る気持ちを押さえて、ソレは静かに時を待っていた。
○ ○ ○
ヒアシンス家の異常と騎士の行方不明──その報告が届いたのは、朝の引き継ぎが終わってのことだった。
「全ての門を閉ざせ」
「は?」
「聞こえなかったか。全ての門を閉ざせ、と言ったんだけど。復唱!」
「全ての門を閉ざせ、って本気ですか」
騎士団副団長代理の命令に、部下達が目を見張った。
「勿論、本気だけど。──いいか、魔獣は多分ヒアシンスの家人達を喰ってる。最悪なことに騎士達四人も喰らってるかもしれねぇ、危険な相手だ。
だったら、さっさと閉じ込めるべきだ。王城にも市街地にも逃がさず、貴族地区に閉じ込めて、狩る。わかったらさっさと門を閉じろ」
「はっ。あ、あの。王都の外門も閉じるんでしょうか」
「……閉じとけ。念のためだ。──いいか、さっさとこの捕り物を終わらせるんだ」
「了解しました! では、失礼いたします」
伝令が会議室を出て行くのを見送って、代理は溜息を吐く。
「今日の魔獣退治は──チッ、もう出てる時間か。しかたねぇ、伝令を立てて、外門の安全管理にあたってもらうか。で──って、第二団が神官どもの護衛に出てるじゃねぇか。暇してんのはどこだよ?」
「第四と第五団だな」
ポチいわく暇している、という団長が手を上げた。
「こんなタイミングで副団長が城に呼ばれてるとは、やっかいだな。ポチ……お前呪われてんじゃネ?」
「うっせぇよ。このネタ持ってきたのは王子様だぞ。あン人は本当に厄介事しかもちこまねぇな。まったく!」
「しかも本人いないしなぁ」
団長ともども歯ぎしりをする。厄介事を押し付けていなくなりやがって、という恨みの声だ。
「ともかく、俺達でどうにか対処するしかねぇ。分かってることは、相手は”犬系”だと言うことだな」
「犬系か。このあたりで出るのは、”ハウンドドック”と”ヘルボイス”後は”ダブルヘッド”かな」
「ダブルヘッドならラッキーなんだがな。他は精神攻撃が痛い」
「精神攻撃対処用の魔術具を持たせた方がいいな──よし!」
どん、とポチが机を叩いて視線を集める。
「第三団は貴族地区の巡回に出ろ。第四団の半分はヒアシンス家の中の捜索だな。……家人の死体が出てくるかもしれないから、慣れてるヤツを向かわせろよ。残りの半分で市街地の守護だ。本命は三団だが、四団も気を抜くなよ。
五団で伝令をたてて魔獣退治組に説明な。二団は……いねぇよなぁ。しかたねぇよなぁ。っつーわけで、一団が伝令組だ。がんばって走れ。
んで、常に二人以上で行動して、魔術具を持たせるように徹底すること」
「後、最悪キマイラが出ることを想定して──」
「でねぇよ! ったく。不用意にびびらせるんじゃねぇっての」
「最悪……と言ったのに」
第四団長がぶつぶつと文句を言った。彼は常に最悪の事態を予想して行動しているのだが──今回はさすがに突拍子すぎるだろうと却下されたのだった。
「とにかく、一刻も早く事の収集にあたる! じゃねぇと、名前だけのお貴族様の部隊が出張ってくるかもしれねぇ!」
ポチの言葉に団長達の顔が引きしまる。
お貴族様の部隊というのは騎士団団長指揮下の部隊のことだった。貴族出身者のみで構成されており、出世も政治的配慮で行われている。
主な仕事は王城内や王侯貴族の護衛であるのだが、副団長部隊に口や手を出して仕事を台無しにしてくれることも多い。
彼らに失敗させられた場合でも、叱責は副団長部隊に来るのだから、貴族部隊を嫌うのも仕方がないことだった。
「では、解散する。すみやかに行動に移るように!」
「「「「了解いたしました!」」」」
団長達の心は一つになった──貴族部隊が口出しをしてくる前に、片を付ける。
こうして、騎士団は魔獣退治に動きだしたのだった。
騎士団の編成について
副団長指揮下
第一団:頭脳労働
第二団:エリート実働部隊
第三団:実働部隊(含、魔獣退治)
第四団:市中警護
第五団:各門警護
第六団:諜報部(ポチ出身部)
団長は政治利用用編成(対王族・貴族・神官等)
副団長が治安維持用編成




