十三話 二つ名と薬師見習い
王都の北に存在する湖に向かいながら、メディエは風を操作した。
昨日は落ち込んだまま不貞寝してしまったのだが、その分今日は早くから目が覚めていた。限界まで落ち込んでいた気分は多少なりと上向きになっており、だからこそロブヌターイーターを捕獲に行こうと決めたのだった。
残念ながらセシルはメディエほど思い切れてはいないようだったが、それでも昨日に比べれば大分──あきらめの気持ちが前に出てきていた。
「今日のオレは昨日までとは違うぜ。なんといっても、使える魔術の数が違うッ!」
朝の開店と共に、あるだけの初級魔術を買い込んだメディエは、ほくほく顔である。勿論セシルも同じ魔術を購入している。
だが、自分はメディエほど上手に魔術は使えない──宙を蹴るメディエを見て、セシルは溜息をついた。
メディエはカゼノヤイバを使用して宙に浮いているのだ。セシルでは思いつかない発想であり、方法が分かったとしても真似ができるほどの度胸もなかった。
「はいはい。あんまりはしゃがないようにね。──それにしても、今日は人が多いね。何かあったのかな?」
少し離れたセシル達から見ても、湖の周辺は多くの人であふれていた。それを見たメディエが、カゼノヤイバを解除してセシルの横に並ぶ。一気に視界が悪くなった、とぼやくのは御愛嬌というものだ。
皆、思い思いのアイテムでロブヌターを得ようとしているのだ。銛や縄はわかる。しかし、長靴っぽい物や、いかにも手作りのプラカードを持っているのは一体なんなのだろうか。
その一風変わった一団が、セシル達の姿を見て、驚きの声をあげた。
「イーターキラーだ! イーターキラーが来たぞ!」
「来たぞ、イーターキラーだ!」
それら声がさざ波のように広がると同時に、二人に視線が集まった。”イーターキラー”という名前を聞いて、セシルが苦笑した。
「イーターキラーだって」
「まぁ、良いじゃん。またイーター様ゲットしようぜ」
「す、すみません。あの……」
メディエが力強く宣言する。それにかぶさるようにして、小さな声がかけられた。それは二人の正面立つ、同じくらいの犬耳の少女からかけられた声であった。
声をかけてきたにもかかわらず、少女は二人に視線をやったり外したり。口を開こうとして、閉じる。少女の犬耳は力なく垂れ下がり、あるかもしれない尻尾はゆらりとも影を見せない──つまり、背後でピクリとも動いていないという状態だった。
「ン? 誰?」
そんなびくびくしている少女に、返事をしたのはメディエだった。
「あの、わたし、ミーナといいます。ネルネ様に言われて、イーターキラーのお二人を待ってたんです」
ネルネ様、その聞きなれない名前に、メディエとセシルは首をひねった。
「ネルネサマ? 誰だっけ」
「ネルネ……。薬師さんじゃないか? 前に来たときにイーター本体を買ってくれた人」
「はいっ。それですそれ。それでですね、お二人が今日もイーターを獲るなら、購入させてもらいたいとお願いをしたくてですね。……その、いかがでしょうか」
最初は元気だったミーナの声が、どんどん小さくなっていく。最後の言葉など、「はい」の半分ほどになってしまっている。
どうしようかと、少し考えて──返事を返すのはセシルだった。
「必ずイーターを獲れるとはかぎらないけど、それでも良いの?」
「もちろんです。ありがとうございます」
緊張していたミーナの顔が、少し緩む。それと同時に、ふさふさの毛におおわれた長い尻尾が、一度大きく揺れた。
「でもさぁ、奥の方に人がいっぱいいるじゃん。アレみんなイーター様狙いなんじゃね?」
先日、二人がイーターを捕っていた場所には、すでに数人がいてヒカリノタマを操作している。勿論、罠になる落とし穴もしっかりと準備されていた。
そのメンバーを見て、ミーナが勢いよく頭を下げる。
「ああッ。すみません。すみません。あ、あれは、お二人の真似をしてるんです。すみません」
「いや、いいけど、別に。謝ってもらうことじゃねーし」
「いやあの、そ、それがですね。全然獲れなくて、ですね。だから、やっぱり無理だったのかなぁって、皆で話しているんです」
その言葉に、メディエが首をひねった。
「なんで? 簡単じゃネ。ヒカリノタマでイーター様を釣って、毒針飛ばしたらこっちのモンだし」
「それが、なかなか引っ掛からないんです」
確かに、少ししか見ていないが、イーターが喰いつく反応はなかった。彼らの荷物を見てみても、イーターを捕まえた形跡は残っていなかった。
「不思議な事だね。でも、釣りというのは忍耐力を競う種目だって聞いたことあるから。気長にがんばれば良いんじゃないかな」
「あ、は、はい。ありがとうございます」
「じゃぁ、あっち。人がいないほうに行こっか。あ、一緒に来てる人がいるなら、声をかけてきた方がいいかも」
あっち、とセシルが指差したのは、人がまばらな一角だった。今日はどこを見ても人にあふれていて、荷物を広げられそうなところはそこしかなかったのだ。
「あ、ありがとうございます。じゃあ、ちょっと声をかけてきますね」
ミーナの連れはいくつかのグループに分かれているようだった。先ほど会話に上がったのとは別のメンバーのところに向かうミーナの後ろ姿を見て、メディエはセシルに問いかけた。
「なぁなぁ、なんで釣れないのかなぁ?」
「……自分で言ったじゃないか。私達はイーター様を釣っている、と」
「釣り?」
そういえば、ヒカリノタマでイーターを釣る、と言っていた。けれど、針と糸もないのに、とメディエは不満顔だ。
「そう。思い出してごらんよ。TWAでは釣りとは必ず成功する行動だった」
「えー。でもそれで釣れるのって、雑魚ばっかじゃなかったっけ?」
「うん。だから、イーター様は雑魚だった、という事だと思う。……釣りスキルを取ってなくて良かったよね。もしも釣りスキル取っていて、レベル上げてたら何が釣れていたか……」
「え、何それ、まじで? イーター様が雑魚? すっごい、わくわくするんですけど!? 確かスキルなくても、低確率で大物にヒットするんだよな。挑戦してみようじゃないか!」
イーターを超える大物の予感に、メディエのテンションは最高潮である。昨日の不調など裸足で逃げ出して、もはや姿も形も見えない。
「お前は単純で良いな。だが──うん。ここまで来て、落ち込んでるのもつまらないか」
本日の天気は晴れ。澄み切った青い空とたなびく雲。光を受けて輝く広く美しい湖。そして背後には緑豊かな深い森。
このすばらしい景色──自然療法に、セシルはようやく心からの笑顔を見せたのだった。
「ひゃっほ~い。イーター様ゲーット!」
メディエがミーナに向けて声をかける。
ミーナは必至で目の前のイーターを解体しながら、その声を信じられない思いで聞いていた。
「す、すみません、すみません。こっちはまだ終わらないです」
目の前の、大きめのイーターの頭に必死で切れ目を入れる。カゼノヤイバを使用すれば、死んだイーターの殻を壊すことなど簡単だが、彼女の目的は”毒腺”を回収することだった。その為には繊細な作業が必要で、一頭の解体には時間がかかる。
そう──次から次へと解体前のイーターを積まれても、ミーナにはどうしようもないのだった。
ひたすら、泣きそうな気持ちになって手を動かす。
どうなっているのかと、ミーナはメディエに向かって恨み事を言いたくなっていた。
どうして大漁になっているのか。メディエ達薬師一団が、昨日一日かけて獲たロブヌターイーターはたったの二頭であった。それなのに、メディエはあっという間に一頭のイーターを釣り上げると──失敗もしているようだけれど──こちらが解体し終わる前に、次から次へとイーターを並べていくのだ。
眩暈がしそうな光景──実際、ミーナは頭痛のようなものを感じていた。
どうしようもない光景にギブアップしなくてすんだのは、解体の手伝いができたからだった。今、ミーナの横ではセシルがイーターの解体を手伝ってくれていた。
初めは釣りの方に参加していたセシルだったが、解体作業が進んでいないことに気がつくと、毒腺の採取の方に回ってくれたのだ。彼が手伝ってくれなければ、この場での回収を諦めていたかもしれなかった。
「あ、魔力が枯渇しちゃった」
そんな状況だったので、メディエのそんな言葉を聞いた時、ミーナは両手を上げて拍手をしてしまったのだった。
「ちえー。今日のイーター様はお終いかぁ」
ぶーぶー、と口をとがらせて不満そうにメディエが言う。
しかし、そんな彼の前には解体済みのイーター三頭、解体中が二頭、未解体は一頭。合計六頭のイーターが転がっているのだった。──ちなみに、TWAの鞄のほうにも十五匹ほどキープしているため、実は合計二十一頭。十分にオーバーワークである。
「はぁ……本当にすごいですね。こんな量のイーターを見たのは初めてです」
まさか六頭ものイーターを目にすることがあろうとは、とミーナが言う。
連続して解体作業をしていたため、小休憩にはいったようだった。
「あの、そうです、これを。捌いてたらイーターから出てきました。わたしが購入するのはイーターの毒ですから、お返しします」
「おおお? 何、コレ」
「ん? ──きらきらして、きれいですね」
ミーナがセシルに小さなピンクの物体を渡す。受け取ったセシルはそれを掌に乗せ、ころころと転がしてみる。それは三センチ程の大きさの柔らかなピンク色の玉だった。
「えっと、これはですね。イーターが消化できなかったロブヌターの殻が固まってできる物です。きれいなので、装飾品に使われたりしています。そこまで高価な物ではないんですけど、イーターを狩る人が少ないので絶対量が少なく、市場にも出回っていない貴重品です」
「へ~、美味しい?」
「食べ物ではないと思うけど」
メディエがセシルに近づいて言う。興味心身に覗き込んだその玉は、確かに食べ物ではなさそうな色をしていた。
「装・飾・品です。これはピンクのきれいな色をしてますから、高く売れると思いますよ。でも、小さいし形もいびつだから、二級品だと思いますけど」
「でも、売った体から出てきたんですから、あなたの物じゃないですか?」
「そうそう。オレ達の取り分はハサミだもんねぇ」
ピンクの色は奇麗だった。なるほど女性用のペンダントやブローチに丁度いいかもしれないと、メディエは連想した。
しかし、これはミーナとネルネに売った本体から出てきたものだ。それを自分達が貰うというのはどうだろうかとセシルは問い、メディエもハサミ以外の物を貰うことに躊躇した。
予想外の言葉に、ミーナは悩んでいるようだった。分かりやすく犬耳が動く。
「ええっと。でもですね。コレを持って帰ったら、わたしが怒られるかな、って思うので。────うん。子供を騙して取り上げる形になるのは不本意ですから。やっぱり返します」
「そうですか」
どうするかと、セシルがメディエに問う。
「うん、じゃぁ。ありがたく貰うね。ありがと」
「ありがとうございます」
「ええ、これはイーターが食べていたロブヌターの種類によって色が変わりますから。同じ物はないんですよ」
この奇麗なピンクはピンクロブヌターの殻の色なのだった。
「へー。じゃぁ、こんなにピンク色なのは、メスばっかり食ってたから?」
「ええ、そうなります。だから色だけでみれば珍しいかな、と思うんです。たぶん、小さなイーター一匹くらいの値段で売れるんじゃないでしょうか」
ロブヌターイーター一匹とは、銀貨一枚ということだ。
「おおおー、すごいすごい」
「本当にありがとうございます」
「え、いいえ、いいえ。こちらこそ、ありがとうございます。実は、こんなにイーターを回収できるとは思ってなかったんです。さすがイーターキラーですね」
ミーナは満足そうにイーターを見て──解体中と未解体のイーターが目に入って──がっくりと溜息をついたのだった。
結局イーターの解体には思った以上の時間がかかってしまった。
足取りも軽く仲間のもとに帰るミーナと別れ、ずいぶんと遅くなってしまった昼ご飯のレーションをかじりながら、セシルはころころとピンクの玉を転がしていた。
「あれ? それ気に入った?」
「うん。きれいなピンク色をしてるし、なんか、こう、やわらかい感じが好きかな」
ふぅん、とメディエはキープしているイーター達のことを思う。
「今日のコレで、イーター様の解体方法わかったんだよな? ウチ帰ったらキープ君の解体してみる? もしかしたら、もっと玉でるかもよ?」
「ああ、そうだね。イーター様の毒にも興味あるから、丁度良いかも」
「毒、ねぇ。随分物騒だと思っちゃうんだけどなぁ」
「毒と薬は表裏一体だ。毒は薬になるし、薬だって毒になる──」
言いながらもセシルが思い出すのは、今ではない過去の記憶。強すぎる薬は、病気に侵された体にとって毒にもなる──完全に安全な物などありはしないのだ。
「塩だって、醤油だって、食べすぎれば毒になる──毒だけじゃない。この世に存在する何だって毒になる可能性を持ってる」
「まぁ、知覚がある分、取り扱いは安全だろうけど。うーん、オレは良いや。絡め手は好きくないし」
そのかわりと、メディエはセシルの持つ玉を指差した。
「それ、そんなに気に行ったんなら、加工して細工物にしてみる? オレ、宝飾スキルもってるよ」
「ああ。うん。良いデザインがあったらお願いしようかな。あぁ、うん。それにしても、今日は外出して良かった」
「うんうん、良い気分転換になったよなぁ」
とりあえずの目的であるイーター様は大量にゲット。
この後はどうしようかと、二人でのんびり話をしている時だった。
「大変だッ!」
湖の王都側で悲鳴が上がった。
「王都が封鎖されている! 帰れなくなったぞ!」
「ええっ?!」
「何それ、嘘でしょう!?」
「王都が──魔獣と交戦中らしい!」
ざわざわ、としか聞こえない遠くの音を、セシルがカゼノヤイバを使用して拾う。
聞こえてきたその内容に、二人は顔を見合わせたのだった。
アイテム紹介
ロブヌターイーターの魔核:いわゆるレアドロップ。加工して装飾品に。食べていたロブヌターの種類によって色が変化するため、純粋なピンクやグリーンは珍しい。




