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自分がどうしたいのか

               終章

 

 夏休み間近の学校内はいつになくそわそわしていた。生徒達の休みへの待ち切れなさは他の生徒、果ては教師にまで伝染して束の間の休暇へ想いを馳せる。

 「はぁー来週からの夏休み、どうする?」

 例に漏れず、カジュアルなショートヘアの女子、戸坂友里も夏休みの計画に余念がない。昼食を共に摂っていた級友、谷藤美樹も教室に貼られたカレンダーへ一度目を移す。

 「夏休み入ったらまず夏祭りがすぐだよね。行っときたいけど、誰と行くって話じゃん?」

 美樹が答えると友里が項垂れる。

 「まぁ、高校三年生なら普通は女友達じゃなくて……」

 「カレシとかと行くよね……」

 顔を見合わせるが互いに気まずさが隠し切れない。別に彼女達は一緒に行きたくないわけではない。行ってはならないということもない。あくまで一般論の話をして勝手に落ち込んでいる。そう、二人とも恋人がいるわけではなかった。

 「あーぁ、言ってて虚しくなってきちゃった」

 「私もー」

 言って昼食のサンドイッチを頬張る美樹。友里も白米を口に放り込む。

 「夏休み……せめて祭り前に間に合うかな」

 「アテなんてあんの?」

 美樹が算段をするが友里の問いに目算はできたものではないと気付かされた。今の今から誰にお願いすると言うのか。

 「……ない」

 悔しげに答えると級友はけらけら笑った。他人事ではないのに。

 「ねぇ、友里は人と付き合う基準ってある?顔とか性格とかさ」

 「基準……うーん」

 一度箸を置いて友里が美樹の質問に悩み出す。

 「性格はノリ重視かなー。あとは顔っていうか……」

 「いうか?」

 一度友里が目線を横へ外して言葉を区切った。続きを催促するともう一度美樹を見る。

 「獣人は……友達なら良くても恋人にはしない、かなぁ?」

 「あぁー……」

 途切れさせながら言った友里に美樹も頷く。周りの獣人のクラスメート達も聞こえていたかもしれない。

 「私も付き合うとかならやっぱり人間、だね。経験としてはあっても悪くないと思うけど」

 話を聞いていた獣人もいただろうが、特に周囲から反感を持ったリアクションもない。大多数がそれを当然と思っているのだから、今に始まった事でもなかった。

 「……で?その辺はどうなのよ、麗華さんは」

 ニッと笑い友里が横に座るもう一人の女子に話し掛ける。セミロングの前髪に若干細い目に被り、余計表情が読みにくい。

 「……ふぇ?」

 麗華、と呼ばれた胸の大きな女子は黙々と弁当を食べていた。顔を上げて友里と美樹の顔を見た時には、もう遅い。

 「アンタ……今まで一切合切話を聞いてなかったでしょ」

 「ボーっとしてるのはいつものこととは言え……」

 呆れた二人にようやく麗華も事の重大性に気付く。

 「ご、ごめん……なんだっけ?」

 「さすが年齢差も種族差も超越してるだけあるよね。余裕の貫禄見せ付けてくれるじゃない……」

 疲れた顔でこちらを見る友里の言葉の意味さえわからない。助けを求めて美樹を見ると、彼女は何かを思い付いたように笑った。

 「麗華、前に話したおじさんとはその後上手くいってんの?」

 「あ、料理も上手になったもんね!今日のお弁当も手作りだし」

 美樹の質問に乗っかって友里が麗華の弁当を覗き込む。シンプルながらレンジで温めただけの冷凍食品は入っていないこじんまりとしたお弁当。確かに麗華の手作りだった。

 「うん、料理はこれくらいなら作れるようになったよ。けど……」

 「けど?」

 「けど……って?」

 男の話をしていた直後だけあって二人の反応は過敏になっている。その理由はわからないまま麗華は話を続ける。

 「もう陣さん、料理教室は終わりだって。だから先々週くらいからもう会ってないよ」

 回答に二人がしばし固まった。友里が口を開きかけたところで美樹が彼女を押さえる。

 「その話、もう少し詳しく聞かせてよ」

 「え?うん……いいよぉ」

 会話の主導権を久々に渡されて戸惑ったが城崎麗華は先日起きた出来事を、過去の話も含めて級友二人に伝えた。


          ♀→♀+♀


 「えぇー!?」

 「はぁぁ!?」

 麗華の話を終えると一度友里が美樹を見た。小さく頷いてやると二人でそれぞれ声を発した。もう遠慮なんて必要ない。経緯を知った今、友里が頭ごなしにあーだこーだ言うことはない。

 「なによそのおじさん……!麗華に飽きたらポイってこと!?」

 「うーん……」

 表現に疑問というか、私には抵抗が残った。麗華は話し終えてとりあえず弁当を最後まで食べると蓋を閉じてる。

 「飽きるというか、麗華のおっぱいを食べずにポイってのは有り得ないよね……」

 私の呟きに視界の端にいた男子数人が頷いている。無視するけど。

 「そう!それこそ据え膳……って、何か違う?」

 「据え膳……」

 合ってる、のかな。一応。

 「あぁ……女子高生という限られた時間で、麗華のたわわに実った最高の豊満な完熟おっぱいにむしゃぶりつくこともなく!そのおじさんは手を伸ばせば届くところにあったにも関わらず、手放したわけでしょ!?私には信じらんない……!」

 「友里ちゃん、セクハラって言うんだよそれ……」

 すごい、麗華が適切なツッコミをしてる。これも陣という人ができたからだろうか。

 「ていうか、その発想こそオッサンだよ……友里」

 「でも!」

 言いたい事はわかるけど、声が大きい。男子達がニヤニヤしてこっち見てるのがたまらなくウザいんだけど。

 「ねぇ麗華」

 「……なに?」

 これ以上友里が脱線して暴走しないように、本筋へ話を戻す。

 「それで麗華は、おじさんにはもう会わないの?」

 「えっ……」

 私の質問に麗華は口を小さく開けて口ごもる。

 「陣さんが……今日で終わりって言った時……私何も、言えなかった……。陣さん、本当は私に困ってたんじゃないかって」

 「…………」

 マイペースなこの子が、人の顔色を窺うなんて。素直に感心していると、横にいた友里は私以上に衝撃を受けているようだった。

 「だから陣さんを困らせないようにあとは私が……」

 「ちょっと待ちなよ、麗華」

 言い欠けた麗華を友里が止める。美樹は、あとは彼女に任せることにする。

 「あとは私が頑張らないと、って言おうとした?」

 「う、うん……」

 流れからそう判断されるのは不思議ではない。

 「そのおじさんの言葉、覚えてるんでしょ?〝あとは城崎さん自身がどうしたいか〟だっけ?」

 「………あっ」

 何かに気付いたようだったが、彼女に友里は最後に一つ付け加えた。

 「で、どうしたい?」

 ふと目が合って友里と顔が笑みで綻ぶ。

 「じゃ私からも」

 さっきはもう任せようと思ったんだけど。背中を押すと言うより、つつく感じかな。

 「麗華は、陣さんが好き?」

 「え……!」

 途端に麗華の頬が真っ赤に紅潮する。


 ……なぁんだ、どうしたいか答え、もう出てんじゃん。


             ♀→♂


 休日とは体を休めるために存在する。加えて時間の過ごし方は個々に委ねられ、更に仕事を充実させるために苦心する者、見聞を広めるために気の向くまま出掛ける者、酒を浴びる程に飲んで眠れば休日の大半が過ぎていた者。怠惰に過ごすも有意義に過ごすも人次第。

 「………」

 白峰陣、という白頭鷲の鳥人中年が休日の時間潰しに選んだのは自身の食生活向上だった。如何にして自分の健康を食物から管理するか。且つ、美味しく作れるか模索する日々。考えた事もなかったが、自分に趣味が何かあるとしたら読書に料理を加えても良いかもしれないと最近思うようになった。

 と言うのも、最近自分の今までの経験を人に教え伝える機会が何度かあった。しかも女子高生を相手に。……あった、と言う事は既に過去のものになっているのだが。

 城崎さんと距離を置いて数週間。会う日は週に一日か二日だけで、時間に換算すれば大した割合でもない。なのに、妙に気が抜けていた。切り替えはできている、と言い聞かせたがペンの色を間違えるとか、押すドアを引いてしまうだとか、些細なミスが目に付いた。

 今日は午前と午後を跨ぐようにして部屋の掃除をしていた。掃除を終えて、先日帰り道に駅前の本屋で買った小説を読むのに夢中になっていただけでいつもより遅い時間になってしまう。

 いつも。考えてから、それだけ陣の中で麗華との日々が日常になりつつあった。たかだか一カ月強だが、仕事と料理ぐらいしかなかった陣からすれば誰かと接して時間を過ごすのは大きな刺激だった。何も彼女の胸の大きさに悶々していただけ、とうことではない。

 「………」

 以前より利用していたスーパーは別にあった。それでも、城崎さんと利用していたスーパーに来てしまっている。品揃えが良かったというのもあるが、足が自然とこちらに向いていたのだ。

 城崎さんから離れようとしてから一度も彼女には会っていない。今日の様に時間をずらして買い物に行く日があったのも事実。……もしかすると、彼女も俺を避けてくれているのかもしれない。それか、もう料理は止めてコンビニ弁当に戻してしまったか。いずれにせよ、こんな中年で小うるさい鳥人に好意を持つ女子高生、そんな希少な存在がもし実在するならば当に娶りたいくらいだ。……いや、さすがにまずい変態的考えか。

 「三百円のお返しになります」

 「はい」

 買い物を済ませて釣銭を財布にしまう。あとは帰って夕食の支度を始めよう。

 ……離れたがった割に未練がないわけではない。切り替えはしたにも関わらず、それがふとした瞬間に戻ってしまうのだ。例えば、城崎さんと同じ高校の制服に身を包んだ別の女子高生を見掛けたりした時。

 「陣さん!」

 例えば、こうしてスーパーに駆け込んできた胸の大きな女の子に名前で呼ばれたりした時……うん?

 「き、城崎さん……?」

 目の前に、彼女がいた。走って来たのか汗を浮かべた城崎さんは肩と胸を揺らしながら呼吸を整えている。

 「お、お久し振り……ですぅ…」

 「あぁ、久し振り……」

 俺の顔を見る城崎さんの顔は外の暑さと運動後のせいか、火照っているようだった。笑みを浮かべて挨拶する時はしっかりと姿勢を整える。……何を話そうか。

 「買い物、か?」

 「はい!」

 本当は言いたい事も別にあるのに口が言葉を発しない。その命令を受け付けないのだ。

 「……そうか。では、またな」

 我ながら、あまりに素っ気無い会話の断絶。今日の献立ぐらい聞いても怪しまれない程度には親しくなっただろうに。

 彼女の横を通り過ぎる。邪魔をすることもなく、呆気なく終わり。次からは前のスーパーに行った方が良いだろうか。

 今の短い間でも、城崎さんに魅かれていた自分がいたのに。それを抑え込めるのが大人だ。あとは時間が解決してくれる。

 「ま、待ってください!」

 しかし、陣の羽が麗華の一声と共に掴まれる。振り向けば、彼女が陣を見上げている。

 「あ、す、すみません……」

 「どうした?」

 冷たく突き放す理由も無い。そんな真似すればそれこそお子様だ。落ち着けて見せてはいるが、実はこっちも気が気でない。

 麗華が俯く。その顔を覗き込もうとも思うが、そうすると自然に彼女の胸も目に入るわけで。

 「陣さん、前に言いましたよね。あとは私自身がどうしたいか、って」

 「あぁ」

 その話か。だったら答えは決まっている。

 「私、まだまだ陣さんに料理とか、教えて欲しいです」

 「そうか、わかった。これからも頑………えっ?」

 これからも料理続けます!なら短い間でも教えた甲斐がある。そう思ってくれていたとしたら本望だ。激励の言葉と共にここを去ろう。

 だが現実は違う。彼女はまた俺に会おうと言っているのだ。

 「……城崎さん。俺から君に教えてあげられる料理なんて……」

 「知ってます。陣さんはまだ鍋とか教えてくれてない料理もあるって」

 「そりゃあ……」

 無論、知ってはいるが自力で調べても良いと思う。鍋なんて冬になってから考えれば良い。それとも、冬まで一緒に居ろと言うつもりだろうか。

 「じゃあ、料理でなくてもいいです。また、お茶菓子とか……」

 「……受験生の邪魔をしに行っては困るだろう?」

 そうだ、高校三年生の夏が一番大事なのだ。確か、夏休みもそろそろだと思うが。

 「だったら陣さん、勉強も教えてください!」

 閃いたように言う麗華を訝しむ。彼女の家庭事情を聞くと予備校に通わせる余裕はないのかもしれないが……。

 「……古典は不得意だぞ」

 できるとしたら数学と英語が中心か。あとは保健体育の手解……実にくだらん。

 「なら、そっちは自力で頑張ります!」

 鼻息を噴出し力む麗華に表情が緩んだ。嘴の形は変わらないので目を細める。

 「俺はまた、君の部屋へ行って良いのかな?」

 「もちろんです!」

 人間と鳥人ではあるが異性。男を部屋に招くという事はそういう事、と思って良いのだろうか。そこまでの期待を彼女にしたりはしない。

 しかし、もう少しだけ……浮かれていても良いのだろうか。好ましく思っている自分を認めてあげても、良いのだろうか。

 「今日は材料を多めに買ってあるんだ。もし良ければ……」

 「わぁ!今から来てくれるんですかぁ!……あ」

 彼女の財布を無駄に冷やす事もあるまい。少しくらい使っても自分には問題ない。陣からの提案に麗華は喜んだようだったが、外を見て声を洩らす。

 「どうかし……む」

 外が随分暗くなっていた。陽の長い夏の夕方にここまで空が暗くなる理由など、一つしかない。

 「雨……降り出しましたね」

 見れば既にアスファルトを濡らし、城崎さんの一言を聞いていたのか雨脚は強くなっていった。

 「城崎さん、傘は?」

 「うちにありますよぉ?」

 そうじゃない、今持ってきていないのかと聞いたんだ。このズレを久々に感じながら俺は自分も傘を持っていないと思い出す。朝の天気予報で夕方から雨だとは知っていた。なのに、掃除と読書後に急いで出たせいか忘れたのだ。これも先程述べた凡ミスの一つに加えよう……。

 「……仕方ない。城崎さん、申し訳ないが荷物を頼めるか?」

 「え?はい……あっ」

 麗華に荷物を渡して、陣が羽を大きく広げる。丁度、彼女の傘代わりになるように。

 「……止むまで待つか?」

 「……行きましょう、タオルや傘なら貸します」

 それなら安心だ。借りることにあまり抵抗を持たない自分には問題があるが。

 「それとも……」

 「うん?」

 一歩外に出る。雨が一粒、嘴に当たった。

 「それとも……泊まって、いきますか?」

 「……!?」

 冷たい雨が陣の羽毛をたちまち濡らす。しかし麗華の一言に陣の体内は逆に熱を上げた。人間ならばタコのように表情を赤らめていることだろう。

 


 いつかと同じように、寄り添い二人で歩く道。陣は自分で買った食材よりも麗華を気にしていた。

 濡れて冷たく寒い思いをしませんように。……あと、君のブラが透けませんように。


                                                                   了

長い話ばかり書いてしまう傾向があるので、手短に、をキーワードに書きました。

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