フィクションとリアルの差ー④
勇ましくバスルームへ出陣した智也であったが、敵は手ごわかった。
ドアを開けるや否や、寝間着姿のレミアが待ってましたとばかりに手のひらの上にボール状に形作った熱湯を智也の顔面にぶつけたのだ。
彼女曰く、嫌な予感がした、ということらしい。そして智也が動き出したことを魔力の動きで察した彼女は瞬時に、熱湯ボールを生成したのであった。不意打ちに彼は避けるすべもなくまともに喰らってしまったので、やけどはしていないが、しばらく床でのたうち回っていた。
セイラに送り出されて10分後。レミアが髪を乾かし終えて、智也の顔の熱さが引いた頃合いを見て、レミアが事の次第を智也に吐かせていた。その間、セイラは一切口を挟まず、智也にも助言を与えていない。
「……というわけです、はい」
「ふうん……」
智也はレミアの足元に正座させられていた。一方レミアは彼を見下ろしている。傍から見たら年上なのはレミアなのだが、事実は逆である。
「はぁぁぁ……」
経緯を聞いたレミアは大きくため息を吐き、そして目線を彼に合わせるために彼女もまた、正座をした。
「おにいちゃん、私、男の人ってあんまり接したことが無いからよくわかんないんだけど、みんなそんな感じなの……?」
その問いを聞いて真っ先に彼の頭に浮かんだのは、大川達美、彼の知る最も真面目そうな男であった。
「いや!それはない!」
自分は罪を犯してしまったが、彼はそんなことしないだろう。他の男だって、みんながみんな、智也が犯したような罪を犯すわけではないはずだ。良識ある男だって多いことだろう。
智也のせいでレミアの中にある男性像が悪い方向に変わっては、彼女のためにも、そして世の男たちにとっても悪いことなので、彼は彼女の問いを即座に否定した。
そして、反動で顔を上げて、ようやく彼女の目に涙が浮かんでいることを知った。
レミアは怒っていない。悲しんでいるのだ。今後1年は最低でも付き合っていくことになる自分のパートナーが、信用のおけない人なのかもしれないと感じて。
「じゃあ、おにいちゃん、悪い子……?」
智也は肯定も否定もしなかった。
そんな彼に、彼女は今日一日の不安を彼に訴えた。
「私、男の人のことってよく分からないから……今日1日、変なことされないかとか、怖いことされないかとか、不安だったんだよ?でも、おにいちゃんって呼ぶこと以外は変なこと無かったし……私、ああ、この人と1年過ごすのは大丈夫かな? って思ったところだったんだよ?それなのに……どうして……」
レミアが唇を噛む。智也の心には彼女の言葉が突き刺さる。罪悪感がこみ上げてきた。
(ああ、何をやってるんだ俺は。よく考えれば、犯罪じゃないか。それに、こんなに頑張ってくれていたことも知らないで、俺は……)
自分の浅はかさを猛反省する。
「ごめん。悪かったよ」
「うん……」
「浅はかだったよ」
「うん……」
「もうしない」
「うん、もう分かったよ。許すよ……」
そう言うと、彼女はなぜか智也の頭を撫でた。風呂上がりの女の子の良い匂いが彼を包み、同時に胸いっぱいに広がる。
「サリナがね、許すときはこうしなさいって言ってたんだよ」
わずかな時間だった。智也の頭を3回撫でると、レミアは手を離した。
「そうか、あのサリナが……」
そう呟くと、レミアは笑った。
「何?『あのサリナ』って、いったいサリナに何されたの、おにいちゃんたち?」
「こっちに来るまでの間、みっちりしごかれた」
思い浮かぶのは、辛い訓練の日々。
走り、跳び、振り……懸命に彼女に攻撃をしかけるも、彼女は飄々とした様子で、いとも簡単に避けていく。数人が束になってかかったとしても、一発当てるだけですら多くの時間を費やし、しかも当たったと喜んでもサリナ本体ではないからあまり喜べなかった、訓練の日々。
「大丈夫?顔色、悪いよ?」
「ああ、大丈夫だ。もうあんな日々は二度と味わいたくない……」
「もう、どんな訓練を受けたのかな?」
頭を抱える智也に、どうすることもできないレミアはただ笑ったのだった。そこにはもう、智也が犯した行為に対する悲しみや失望といった感情はなかった。
そんな二人をベッドの上で見守っていたセイラは、
「この件は互いにいい経験になったでしょうね。今の段階で煽って良かったよ本当に」
一仕事を終えて満足しているようだった。




