四話 血族
長編開始ってやつですかね
闇の中に佇む門は、邪鬼の身長の2,3倍はあろう大きさだった。門を押し引きしてみるが、少し前後に動くだけで、固く閉ざされていた。
ふと門の横に、黒いスピーカーのようなものがあるのに気づく。よく見るとそれはインターホンだった。明らか建築様式と一致していないがそこは置いといて、ボタンを押すと予想通りベルが鳴り響いた。だがいつまで経っても返事は来ず、一瞬自分が恥ずかしくなる。そんな邪鬼を横目に、無機質だったスピーカーから突然声が聞こえた。びくりと肩を震わせながら声へ応じる。
「あー、もしもし…」
緊張しながら応答したものの返事はない。これは確実に疑われたなと諦めかけていた所、不動だった門がゆっくりと開いた。不快な金属音を空間に響かせながら。
その先に現れた庭園は広く、荘厳さを思わせる。だが邪鬼の目にはただの無駄な誇示にしか見えなかった。風も見えない静かな空間。歩いていくうちにまたも大きな木製の扉が見えてきた。そっと中へ入ると、いかにも中世にありそうなホールが姿を現した。邪鬼が入ってきたその出来事に気づくこともなく、人が行き交っている。
すると邪鬼に気づいた、一人の使用人らしき黒髪の女性がこちらへ駆け寄って来、何やら怪訝そうな目つきでこちらを見る。
「客人でいらして?」
「あ、ハイ」
勢いで言ってしまったが、そもそもナインからどういう設定でここに来ているのか聞かされていなかったと心の中で後悔する。これはアドリブでやるしかないと思い、今までの姿勢を崩して会話する。
「本日はどのような要件で?」
「…こ、この家の御要人に用があって伺いました」
「はあ、本当ですかね…」
彼女はますます怪しそうに目を細める―のだが、突然表情を変えると、一つため息をついて邪鬼へ向き直る。
「わかりました。ご案内します」
それでもぶっきらぼうに答え、彼女はつかつかと先へ歩いていく。対応悪いなと思いつつも疑うのは当たり前かと同時に納得してしまう。早足で進んでいくその後を、邪鬼は続いた。
※ ※ ※ ※ ※
ガラス張りのホールを越え、無数にあるドアを通り抜け、一つの扉にたどり着いた。
「ここでしばらくお待ち下さい」
洋風のドアノブに手をかける。部屋は書斎のような落ち着いた雰囲気だった。
邪鬼は持っていた小さなバッグを下ろし、部屋を見て回った。見た所監視らしいものも無く、不自然なもの―所謂盗聴器も見つからない。
「…暇だな」
疑われたのか回避したのかわからないが、もしバレたら逃げれるくらいの実力は持っている。慣れないスーツを整えながら部屋で過ごした。
しばらくした時、部屋の扉がノックされた。先刻言っていた呼び出しだろうか。ドアノブを回す。
…だが、予想していた高さに顔はなく、反射的に見下げた先には黒とピンクのドレスに近いワンピースを着た子供がこちらを見上げていた。
「…だれ?」
この家の子供だろうが、にしても小さいのに一人で広い屋敷を歩き回っているのだろうか。
「今日来た人だよね?案外普通なんだね」
「初対面でそれはないんじゃないかなぁ…」
子供にしては口達者。つい邪鬼も言い返すように答えてしまう。
「対応もどうかと思うけど、あなたに頼みたいことがある」
突然のことに目をぱちくりさせる―そのときだった。
甲高い悲鳴。続いて聞こえてくる慌てた声。ただ事ではないと感じた邪鬼は急いで向かっていく。大きい階段の下にいた、いや横たわっていたのは額に血を溜めた若い男性。虚ろな目を上へ向け、その身体はぴくりとも動かない。傍らにいる清廉とした顔つきの青年はもう諦めたように顔を沈めている。
「…新人さん、最近ここではこういう他殺が多いんだ」
「へぇ…って、なんで他殺って知って…」
「いずれも死んだ人は、自殺なんてしないような信念も心も持ち合わせていた人たち。だけど犯人はまだ見つかっていないんだ。なにしろここ広くて人も多すぎるから絞りきれないんだよね」
彼女は邪鬼へ向き直り、伝えた。
「もう一度言う。頼みたいことがある。この事件を、解決して」
―こうして、潜入したつもりの邪鬼は戦闘でも諜報でもなくミステリーに巻き込まれていくのであった。
※ ※ ※ ※ ※
「そういう君は犯人の目星がついているのかい?」
事後処理をその場に任せ、ある部屋に案内された邪鬼。いかにもピンクで彩られたかわいらしい部屋。どうやらここが謎の少女の部屋のようだ。
「まずは自己紹介したらどうかな?」
一応大人の見た目の自分にも容赦ない口。年頃には見えないが反抗期なのだろうか。
「…自分は、」
言いかけたところで気づく。アドリブどころか偽名も装えと言われていない。ネーミングセンス皆無の邪鬼にとっては最初から正念場のように思える関門だ。
「えと…鈴、です。貴方は?」
とても自然に出た解答。見覚えがないのに、それは懐かしく思えた。
「へぇ。私はサキ。これからよろしくね、相棒さん」
突然の任命だが、これから先頼みを聞くには一緒に行動することは間違いないだろう。そもそも事件に関わること事態ナインの意向とは違うのだが、邪鬼は頼まれるとほっとけない生来の性格が邪魔をして本来の任務を進めようにも進められない。自分でも困った性分だと思っている。
「サキさん、先程この殺人が続いているって言ってましたけど、具体的にはどんな人が…法則とかはあるんですか?」
「それを話す前に…たぶんここの家系図を知っておいたほうがいいかもしれないね」
するとサキは奥のタンスから丸めてある古びた紙を取り出し、床に広げた。人の名前から線が引かれており、どうやら家系図のようだ。
「この家は当主から血がずっと続いてて、今の親世代は14人兄妹。私はそのうちの子供なんだけど…最近その世代の人たちが殺されていっている。最初に次男、次に三女…って感じで、今は8人に減ってしまっているんだ」
邪鬼は家系図をじっくり見て、考える。
たしかに6人も殺されるとなると異常事態だ。かといって殺されているのは跡継ぎに相応しいであろう長男でもなく、法則性のない二人目の兄妹以降。犯人を絞りにくいのも無理はない。
「さっきの人は兄妹の中でどこの立ち位置に?」
「たしか五男だったかな…もうすでに妻も殺されていたし、今度こそ自殺って声も多いけど、私は絶対に違うと思っている」
するとサキは、銃を構えるようなジェスチャーをとり説明する。
「曰く、額に銃を撃たれて死亡…階段の上だったし、たしかに自分でやったって言うなら辻褄が合う。けれど…あんな広いホールで、自殺の瞬間を止められなかった人がいないなんてありえるかな?」
「…確かに。あと自分も少しおかしいと思っていた」
「…どこらへんが?私にはそれ以外何も気づけなかった」
「もし自分でやったのなら頭に押し当ててるってことだから、銃弾は脳を貫いてるはず。けれど見た感じ頭の途中で止まっていた。つまり自分でやったんじゃなく遠くから撃たれたってことだ…って、突拍子だけど」
サキは目を見開き、少しだけ微笑んだ。
「そこまで見抜けるなんて…すごいね」
「褒められていいのかわからないけど…ありがとう、ございます」
ぎこちない返事。下手くそだなと自分を卑下していたところ、サキは笑い出した。
「うん、そんなことないよ鈴さん。本当に面白いね」
褒め言葉なのかわからないが、下手くそな敬語の変わりに邪鬼は笑った。
※ ※ ※ ※ ※
一旦はサキと別れ、今度こそ呼び出しされたため邪鬼は案内された部屋へ入る。そこは神殿のように水が流れる神々しい部屋だった。祭壇のようなところには顔を白頭巾で覆った、白装束のミイラがいた。
「…あれはなんですか?」
近くで仕事に従事していた使用人に聞いてみる。彼女は答えた。
「数百年前からこの一族を守ってくれている初代当主です。あのような装束は今にも受け継がれていて―」
話を聞きながら、そのミイラを見上げた。表情は見えないが、祈るような姿勢のまま固まっている枯れた手と体がないようにはためく白装束はどこか荘厳さと不気味さを思わせた。
「呼び出ししてすみませんね」
静かで、けれどどこか恐ろしさを秘めた声。振り向くとそこには、あのミイラと瓜二つの姿をした男が立っていた。
「はじめまして。その服装は…あなたが今の当主ですか?」
「いかにも。こちらからも聞かせてもらう。あなたが今日来たお客人だね?」
「はい。お初にお目にかかります」
平静を保って話しているが、当主の体の奥底からは小さな炎のような、それであって恐ろしい殺気が発せられていた。自然に心臓の鼓動が高まる。
「確認しておきます。今この場所で起こっている殺人事件について、ご存知ですか?」
「ああ。だが何ゆえ、詮索でも入れようとしているのか?」
彼は身を翻し、言い放つ。
「もし、君がこの状況を変えたいと思うのならば…やめておいたほうが吉だ。サキのためにも」
…背筋が凍った。
確かにあの部屋には、2人しかいなかった。
「では、また」
静かに去っていく当主の姿を、邪鬼はただ見ていることしかできなかった。




