一話 地獄の鬼
この作品にはグロ表現などが含まれています
閲覧にはご注意ください
―なんて、最悪の気分だろう
薄暗い部屋の中で俺は目覚める。地面に磔にされたかのように体は重く、起き上がるのにも体力を使う。
外からは壁を突き抜けるかのように悲鳴やら爆発音やらが聞こえてくる。ここではよくあることなのだが、たまにそれに起こされることもある。まさに今がそうだ。
どうやらまた床で寝ていたようだ。依頼終わりに寝落ちでもしたのだろうか、どちらにしても頭はガンガンと鳴っている。
俺のモーニングルーティンはまず起きてすぐ顔に水を思いっきりかけることだ。そうすれば固く閉じようとする瞼も落ち着きを取り戻し、意識がはっきりしてくる。
冷たくなった顔を拭い、髪を整える。
ひび割れた鏡の先、俺の髪は肩まで下げられている。
「…そろそろ切らなきゃか」
漆黒に輝く髪をなでながら俺は呟く。
俺の髪はやけにすぐ伸びる。定期的に散髪しようとも、およそ一ヶ月で元に戻るどころか更に伸びているなんてこともよくあることだ。
そんなことを考えていたらいつの間にか十分半ば経っていた。急いで着替えに部屋の整理を済ませた。
ここは俺が運営している何でも屋。ささいな困りごとから人事まで、幅広く依頼を引き受けている。
そう豪語していても人員はたった一人。依頼が沢山舞い込んでくる日は、一日中依頼の場所に行くために振り回されるなんてこともあるほどだ。
ギシギシと軋む階段を下り、受付を整理する。
すると受付の前に、誰かが座っている。自分と同じ様に黒フードで、全身を覆い隠している。
生気も感じさせない冷酷な殺気は、俺の中で見覚えがある。
「…今回の依頼は?」
黒フードが口を開く前に俺は声を掛ける。
「…気が早いな。今回も頼む」
そう言われ渡されたのは、一つの封筒
封を開くと、そこには住所らしき番号と場所が書かれている。
漆黒のローブに身を包み、俺はその場所へ向かった。
滑らかに自動ドアが開き、暗いビル内を照らし出す。
エレベータの脇にある階段を静かに上る。
今は靴の音も、人の声も、闇に包まれ聞こえない。
鋭く光るものを手に握って、目的の階へたどり着く。
閉ざされている金属製のドアを蹴破り、外れたままその先へ歩む。
階には視認できるだけでも7,80人が、驚いた様子で扉と自分へ目を向けている。
俺は無言で、動かない木偶の坊達へ鋭いもの―ナイフを、振りぬいた。
まるで空間に線が入ったかのように、一斉に顔が両断され、目玉がこぼれ落ち、鮮血が飛び散る。
後方では何が起きたかも分からず、ただ自分へと暗い銃口を向ける。
が、それさえも瞬き一つの間に手ごと真っ二つになった。
打撃さえも人の体を容易にえぐり取り、ついには動くものが自分以外いなくなった。
雨の後のように鼻を突く匂いが充満し、床は紅で埋め尽くされる。
息をつき、身を翻す。
これが俺の人生、■■回目だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
また、眠りに落ちていた。
最後の記憶は、仕事の手続きをしてアパートへ帰ってきたところだろうか。いつの間にかカウンターに突っ伏していた。血の匂いがこびりついたまま。
替えのローブを羽織って一息つく。頭はまだのぼせたように重かった。
入口のベルは空回りし、呆けた音を鳴らしている。
ああ、もう依頼が来なければなと願っても一時間後にはさっきと同じ光景。そんな慈悲もない毎日が続いていた。
そのとき、勢いよく入口が開き、その弾みで顔めがけてドアベルが飛んできた。
見事に額へクリーンヒット。パイプ椅子ごと倒れ、カウンターから足だけが出ている状態になった。
「…失礼します」
そのあと声の主は驚いたであろう。なぜならカウンター越しにひっくり返っている人がいるのだから。
「…それで、お前は誰だ?」
なんとか起こしてもらい、二人はテーブルをはさみ向かい合って座った。
「私はあなたと同じ政府直属の者。酒呑童子です。今後ともよろしくお願いします」
緑髪の青年は気さくにこちらへ話しかける。脇差には刀が下げられており、まるで武士のように和風の着物を纏っている。
「そうか、よろしく。それで何の用で俺の元へ?」
「あなたを招集しに来ました。閻魔大王直々の、です」
そのとき俺があまりにも強張った顔をしていたのか、酒呑童子は目を丸くする。
自分でもそれは自覚しているが、それほど〝あいつ〟は苦手な存在だ。主義がまるっきり違う。
「そんな顔をしなくても…別に、面を合わせて話すとかそういう呼び出しではありませんよ」
「…それならよかった。とりあえず俺は〝天守〟へ向かえばいいのか?」
「ええ、というか私が案内しますので。ついてきてください」
久しぶりに外を歩いた。景色も見た。
相変わらずの荒れよう、そして一番に目を引く非現実的な赤い空。
地獄は季節もなく、温度の変化さえも一切ない。
涼しめのこの気候が俺は好きだ。太陽が照らしつけることもないし、曇りで暗くなることもない。不思議な原理でこの地獄は照らされているのだ。
「そういえば聞き忘れていました、貴方の名前は?」
前を歩く酒呑童子がそう問いかける。
「邪鬼だ。そこまで好きな名前でもないが」
「邪鬼さん、なぜ最下層部でもあるあの場所で依頼を請け負っているのですか?」
「理由は特にない。ただ一番人情っつうもんに溢れている場所のほうが過ごしやすいだろ。一匹狼の俺なら尚更だ」
「変わり者ですね」
そう言われるのは慣れていた。
地獄は主に三つの階層に分かれており、上から順番に〝上層〟〝下層〟そして〝ゴミ捨て場〟とも呼ばれるただの一般人にも等しい魂達が浮浪しているスラム街が存在している。
俺はその〝ゴミ捨て場〟にアパートを借りて何でも屋を請け負っている。通常政府の人間は近代的な〝上層〟に滞在することが多いため、俺はよく「変わり者」「物好き」だの言われていた。
何よりの理由は、政府の人間と〝ゴミ捨て場〟の人間達はまるっきり違う立場だからだ。
「着きました」
遠くから見えていた大きな城が、いつの間にか目の前にまで近づいていた。
最下層部である〝ゴミ捨て場〟から見ても大きいと感じるのに、目の前で見ると城に見下されているようにも見えてしまう。
大きな門をくぐり抜け、人混みの中を進む。
迷路のように折り重なった部屋を進み、階段を登り、いつしか騒がしさが消えた場所にたどり着いた。
まるで芸術作品かのように装飾された両開き扉を開けると、そこには複数人の奇抜な服装をした面々が揃っていた。その多くが酒呑童子と同じ様に着物姿をしている。
そしてその中央のソファに座っているのは、俺にも見覚えのある人物。
「やぁ邪鬼、久しぶりだね」
俺は嫌悪するその名前を、静かに呼んだ。
「…ナイン」
彼とはこれで、■■回目の再開だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「それで、皆を集めたのは〝妖怪〟の出現への対策についてだね」
妖怪。
初めて聞く単語に、俺は首を傾げる。
ナインは続けた。
「妖怪っていうのは、人間のイメージから生まれたいわば思念体だね。実体はあるけど、強力な能力で地獄全体を無差別に破壊するから、君たちにそれを倒してもらいたい」
その出現は分かるものなのかと思ったが、奴ならできかねない。
「はいはい、それはいつも通りだからいい。…にしてもこいつは誰だ?」
青髪の、頬に龍の意匠を持つ痣が彫られた男が俺を指し示す。
そういえばこの集団へ顔を出すのは初めてだった。酒呑童子でさえ初対面なのだからここにいる面々が不思議に思うのも当然であろう。
仕方なく説明しようとしたところを、ナインが取って代わる。
「この子は私が雇っただけだから、気にしないで」
代わってくれたのはありがたいが、そんな話聞いていない。
違うと言おうとしてもナインが遮るものだから、仕方なく乗ってやることにした。
俺はナインへ質問する。
「それで、その妖怪ってのはいつ出現するんだ?」
「私にもわからないけど、予兆はもう来てるからもうすぐ―」
ぞぅっ、と
恐ろしい気配が、体の芯から先までを通り抜けた。
その場にいる全員にもそれは感じられたのか、一斉に空気がピリつき、全員が立ち上がり戦闘態勢へと入る。
「…来たね」
ナインは近くの窓を開け放つ。
そこから見えたのは、まるで空想かのような光景だった。
白い布のような影が、赤い空へと浮かび上がりとぐろを巻いている。それは地獄全体を覆うような大きさであり、とぐろの中央は目印のように煌々と光り輝いていた。
それはまるで、世界の終わりのようだった
感想や改善点などアドバイスをくださると今後の執筆の材料となり大変役立ちます。
是非よろしくお願いいたします




