シーン3:【炎上商法の大正解】暴徒を背景(エキストラ)にした最狂の生放送
ギィィィ……ッ、バァン!!
ドーム型倉庫の二階、帝都の大通りを見下ろす石造りのバルコニー。
その重厚な観音開きの扉を両手で押し開けた瞬間、むせ返るような松明の煙と、安いエール酒と汗が混じった強烈な悪臭が、冷たい夜風に乗って俺の顔面をビンタするように叩きつけてきた。
「魔女を引きずり出せ!」
「俺たちの商売を返せ! その倉庫を火の海にしてやる!」
眼下に広がるのは、理性を完全に投げ捨てた数百の暴徒たちだ。
彼らが掲げる無数の松明が、帝都の夜の闇を禍々しい赤色に染め上げている。
棍棒、ピッチフォーク、そして刃こぼれした安物の剣。
その群衆の最前列で、安全な護衛の壁に守られながら勝ち誇ったように見上げているのは、昨日俺の工房から尻尾を巻いて逃げ出した商人ギルドの幹部――あの脂ぎった豚男だ。
「はははっ! 出てきたな、セシリア商会! お前の倉庫は完全に包囲したぞ!」
豚男が、下品なだみ声を張り上げて威嚇してくる。
「もう一箱たりとも、お前の商品は外には出さん! 馬車が一台も通れないこの状況で、どうやって商売をするつもりだ! 今すぐそのふざけた魔道具を叩き壊し、ギルドの傘下に入るなら命だけは――」
ヒュンッ!
豚男の言葉の途中で、群衆の中から血気盛んな傭兵の一人が、俺に向かって拳大の石を思い切り投げつけてきた。
空気を裂いて飛来する石の軌道。
だが、俺はまばたき一つしない。ミッドナイトブルーのドレスの裾を風に揺らしたまま、ただ冷ややかにそれを見据える。
ガァンッ!!
「……いささか、歓迎の作法が野蛮すぎますな。帝都のネズミどもは」
俺の一歩前にスッと滑り出た漆黒の巨躯。近衛騎士ガラン隊長が、抜刀すら手間に感じたのか、腰の剣の鞘の腹だけで、飛来した石を粉々に打ち砕いた。
砕けた石の破片がパラパラとバルコニーの床に落ちる。
その圧倒的な武威に、下の暴徒たちが一瞬だけ「ヒッ」と怯んで後ずさる。
「キュ、キュアアァァッ!!」
俺の肩の上では、ウニが全身の針を限界まで逆立てて、青白い魔力の火花をバチバチと散らしながら下の群衆に向かって威嚇の鳴き声を上げている。
小さな体で俺を守ろうとするその健気な姿に、俺は思わず毒気を抜かれてクスリと笑ってしまった。
「ありがとう、二人とも。でも大丈夫。……彼らはただの、今夜の『背景』ですから」
俺はバルコニーの手すりギリギリまで歩み寄り、ガラン隊長に運ばせた『配信魔道具』の前に立つ。
照明用魔石のスイッチを入れる。
パァンッ、と強烈な純白の光が俺の顔と上半身を照らし出し、背後の松明の薄暗い赤色との間に、劇的なまでのコントラストを生み出す。
「さて。これより、帝国の歴史に残る最大の祭典を開始します」
俺は通信魔道具の送信レバーを、一切の躊躇なく一番奥まで押し込んだ。
ブゥゥゥン……ッ!!!
空気を震わせる重低音。
受信盤の『共鳴石』が、もはや個別の光の粒を識別できないほどの、一つの巨大な光の塊となって爆発的に輝き始める。
同時接続数、3000……いや、瞬く間に4000を突破した。
帝都中の貴族たちが、今夜も俺の商会が何かをやらかすのを、通信機の前で息を殺して待ち構えていたのだ。
空中に展開されたコメント欄の光の文字が、凄まじい勢いで滝のように流れ始める。
『始まったぞ!』
『セシリア嬢! ……ん? おい、その後ろの騒ぎはなんだ!?』
『暴徒か!? 松明が見えるぞ! 危ない、今すぐ騎士団を呼べ!』
画面の向こうの貴族たちが、俺の背後に映り込む異常事態に気づき、パニックを起こしかけている。
俺はカメラのレンズに向かって、アルフェン王国で磨き上げた、致死量レベルの『完璧で優雅な令嬢の微笑み』を放った。
「ごきげんよう、愛すべき帝国の皆様。……今夜は少々、外のBGMが騒がしくて申し訳ありません」
俺は口元に手を当て、コロコロと銀の鈴を転がすように上品に笑う。
「ご覧の通り、私の商会の圧倒的な人気に嫉妬した旧時代の方々が、こうして倉庫の周りでお祭り騒ぎをしてくださっているのです。どうやら彼らは、物理的に扉を塞げば、私が皆様に商品をお届けできなくなると、本気で勘違いされているようで」
俺の言葉は、魔道具の拡声機能を通して、眼下の暴徒たちにもはっきりと聞こえるように響き渡る。
「強がりを言うな! 事実、お前の馬車は一台も出られないだろうが!」
下の豚男が、顔を真っ赤にして怒鳴り返してくる。
俺はその間抜けな叫び声を、最高のタイミングで利用させてもらう。
「お聞きになりましたか、皆様? 『馬車』ですって」
俺は肩をすくめ、わざとらしくため息をついて見せる。
「あのような泥にまみれた遅い乗り物で、皆様の大切なお肌をケアする商品を運ぶなど、セシリア商会ではあり得ません。……ガラン隊長、皆様に『現代の物流』をお見せしてあげて」
「はっ」
ガラン隊長が、バルコニーの端に設置された小型の『物質転送陣』のトレイの上に、綺麗に梱包された『黄金の薔薇美容液』の小箱を一つ乗せる。
俺は指先でパチン、と優雅に指を鳴らした。
「――転送」
青白い魔法陣が眩く発光し、オゾンの匂いとともに、トレイの上の小箱が音もなく虚空へと消滅した。
眼下で松明を掲げていた暴徒たちの動きが、ピタリと止まる。
彼らの理解が追いつかない顔を見下ろしながら、俺はカメラに向かって不敵に笑いかける。
「お分かりいただけましたか? 私の商会と皆様の館は、見えない魔力の道で直接繋がっているのです。外の扉をいくら塞ごうが、彼らは私の商売の指先一つ止めることはできない」
ピタッ、と。
コメント欄の混乱が止まり、直後、爆発的な歓声と嘲笑のコメントが画面を埋め尽くした。
『ふははははっ! 見ろ、あのギルドの豚どもの間抜け面を!』
『馬車を止めて勝った気でいたのか! 時代遅れも甚だしい!』
『セシリア嬢の言う通りだ! あんな連中、我々の買い物のただの背景にすぎん!』
客の熱狂が、最高潮に達した。
暴力への恐怖が、圧倒的な優越感へと完全にすり替わった瞬間だ。
(さあ、財布の紐が完全にバカになったこのタイミングで、極悪な錬金術を叩き込むぞ)
「さて、素晴らしい皆様。あのような可哀想な方々は放っておいて、私たちだけの楽しい『お祭り』を始めましょう」
俺はミッドナイトブルーのドレスの袖から、星と薔薇の紋章が刻まれた一枚のカードを取り出し、カメラのレンズの前にスッと差し出す。
「今夜、私の商会から皆様へ、特別な『権利』を無料でお配りいたします。……名付けて『星屑の会員証』」
『会員証? ギルドの特権階級のようなものか?』
「もっと素晴らしいものです。このカードには魔力回路が組み込まれており……なんと、私のお店でお買い物をするたびに、金貨の十分の一の価値を持つ『魔力印』が自動で貯まっていくのです」
俺がはっきりとそう宣言した瞬間、コメント欄の動きが一瞬だけ停止した。
『十分の一の価値が貯まる』。
その意味を、貴族の頭脳が計算し、理解したのだ。
『ま、待て。金貨十枚買い物をすれば、金貨一枚分がタダで返ってくるということか!?』
『信じられん! ギルドの店は一銭たりともまけてくれないというのに!』
『私に! 今すぐ私にそのカードを送ってくれ!』
「ご安心を。この通信を見ている皆様全員に、後ほど転送陣で無料でお送りいたします。貯まったポイントは、次のお買い物でそのまま『金貨の代わり』としてお使いいただけますわ」
俺はさらに、魅惑的な声で囁く。
「つまり、私の商会で買い物をすればするほど、皆様は『得』をしていく。他のお店で買うのは、お金をドブに捨てているのと同じことなのです」
サンクコストの呪縛。
この言葉を聞いた瞬間、彼らはもう二度と、旧式の商人ギルドの店で定価で物を買うという選択肢を持てなくなる。
『他で買うなどあり得ん! 私は一生セシリア商会についていくぞ!』
『妻の化粧品はすべてここにする! 早く、早く何か商品を売ってくれ! ポイントを貯めさせろ!』
完璧だ。
需要が限界まで膨れ上がり、誰もが「金貨を使いたくてたまらない」という狂気の状態に仕上がった。
俺はバルコニーの端に用意しておいた、あの重たいキャンバス地の袋――『福袋』を引き寄せる。
「皆様のその熱いご要望にお応えして。今夜は特別に、お祭りにふさわしい最高にエキサイティングな商品をご用意いたしました。……『星屑の福袋』です」
俺が袋の口の赤い蝋の封印を撫でると、コメント欄が『中身はなんだ!?』と騒がしくなる。
「お値段は、お求めやすい金貨五枚。中には、必ず金貨五枚以上の価値がある、私の商会の美容液や高級石鹸の詰め合わせが入っています。絶対に損はさせません」
一度言葉を切り、俺はカメラを真っ直ぐに見据えて、とどめの言葉を放つ。
「そして……この福袋を十個お買い上げいただくごとに。そのうちの一個には、必ず、あの金貨五十枚で販売した『純銀ガラス鏡』が入っております」
――ドオォォォォォンッ!!!
物理的な爆発が起きたのかと錯覚するほどの、凄まじい勢いでコメント欄が明滅した。
『純銀ガラス鏡』。
あの、買えなくて発狂する令嬢が続出した幻のアイテムが、たった金貨五枚のギャンブルで手に入る。
しかも外れても絶対に損をしない(美容品が手に入る)上に、ポイントまで貯まる。
買わない理由が、この宇宙のどこにも存在しない。
『私が買う! 十個だ! 十個持ってこい!』
『五十個だ! 五十個買えば五枚の鏡が手に入るんだろう!?』
『金ならある! 妻と娘の分も合わせて百個だ! 波長を繋げ!!』
「ああっ、ありがとうございます! ただいまより、転送陣の決済ゲートを開放いたします! 皆様、心ゆくまで『福』をお引きくださいませ!」
俺が受信盤のロックスイッチを解除した瞬間。
ジャラララララララララッ!!!!
ガキンッ! チャチャチャリンッ!!
バルコニーに設置された三つの物質転送陣から、まるで間欠泉が吹き出すような勢いで、大量の金貨が物理的に溢れ出し始めた。
狂乱の『ガチャ課金』の嵐だ。
金貨の滝がバルコニーの床を埋め尽くし、手すりの隙間からポロポロと、眼下の暴徒たちの頭上へとこぼれ落ちていく。
「な、なんだこれは……っ!?」
「空から、金貨が降ってくるぞ……!?」
眼下で松明を掲げていた傭兵やチンピラたちが、自分たちの足元に転がってきた輝く金貨を見て、完全に戦意を喪失し、我先にと地面を這いつくばって硬貨を拾い集め始めた。
「ば、馬鹿者ども! 拾うな! 攻撃しろ! 扉を壊せと言っているだろうが!!」
ギルドの豚男が顔を真っ赤にして叫ぶが、誰も聞いていない。
彼が全財産をはたいて雇った暴力の壁は、俺の流した『わずかなおこぼれ(金貨)』の前に、一瞬で瓦解したのだ。
俺はバルコニーから、金貨を拾う暴徒たちと、崩れ落ちて膝をつく豚男を冷酷に見下ろす。
背後では、ガラン隊長が言葉を失い、ただただ溢れ続ける黄金の滝を呆然と見つめている。
肩の上のウニは「キュイイッ!」と興奮しきって金貨の雨に向かって前足を振っている。
(勝負あり、だ。商人ギルドよ。……時代遅れの暴力で、現代の経済に勝てるわけがないだろう)
帝都の市場は今夜、完全に俺のものとなった。
この圧倒的な富の奔流を前に、俺の商会を止められる者は、もうこの世界のどこにも存在しない。




