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首斬り源八郎と奇縁の亀若丸 ~刻まれる高貴な血~  作者: 橋本洋一


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「そいつは重い約束だな」

「果し合いだと? 何をふざけたことを――」


 最後まで言えなかった。

 顎で乃村がさし示した――その方向に目をやってしまった。

 亀若丸とふでが二人の浪人に捕らえられていた。


「――っ! この野郎!」

「おっと。動くなよ……有利なのは俺たちなんだぜ?」


 いやらしい笑顔を浮かべた乃村に対して、俺は何もできず、ただただ相手の様子を窺うしかなかった。

 一方、少なくない怪我を負う周助は「腐っているな、あんた」と怒りを込めた声を発する。


「果し合いをすると言いながら、人質を取るとは。俺が憧れた武士はそんな卑怯な振る舞いをするのか?」

「なんとでも言え……それに果し合いをしないとは言ってない」


 乃村はすらりと刀を抜いた。

 俺と周助は臨戦態勢となる。


「今ここでだ。お前と戦いたいんだよ、三輪源八郎」

「……何故だ? このまま二人を連れて逃げればいいだろう。報酬の五十両も手に入る」

「手練れ二人に追いかけられて、無事でいられると思うほど、俺は甘くはない。さらに言えば――単純な話、血がたぎってんだよ」


 こいつ、周助以上の剣術馬鹿……いや、戦うことへの飢えを感じる。

 周りの野次馬が少しずつ後ろへ下がっていた。乃村の殺気に圧されているのだろう。


「そうかい。なら――受けるしかねえな」

「源八郎殿! 本当にいいのか!?」

「人質取られてんだ。ハナっから選べねえ」


 刀を抜いて相対する。

 乃村は「そうこなくっちゃいけねえ」と犬歯を剥き出しにして笑った。

 野良犬よりも獰猛な仕草だった。


 奴の突き技――躱した方向に来る斬撃は脅威だ。それを攻略しなければ勝機はない。

 自信はあるが……確信がないのは痛いな。


「源八郎!」


 後ろで亀若丸が俺の名を呼ぶ。

 泣いているのが分かった。

 怖いだろうな。今、助けてやる。


「さて。そろそろやるか」


 乃村は構えた――身体を前に倒して、刃先を俺に向ける。明らかに突きを放つ体勢だ。

 よほどその技を信頼しているようだ。

 ――面白い。


「周助。俺が死んだら二人を任せる」

「縁起でもないことを! 弱気になったのか!?」

「死を覚悟しなければ、奴には勝てない」


 俺は中段に構えつつ、乃村に近づく。


「……武運を祈る」


 周助の呟きには応じられなかった。

 目の前の乃村に神経を尖らせていたからだ。

 奴の突きを攻略するには――


「行くぞ……源八郎!」


 吼えた乃村は気合を込めて――突きを放った。

 その速度はかろうじて目で追えるが、躱すことは叶わない。後ろに下がることも、刀出跳ね飛ばすこともできない。

 それならば、受ける以外に道はない。


「なあ!? お前――」


 驚愕する乃村の声。

 周助や捕まっている亀若丸とふで、周りの野次馬や浪人も驚天動地な気持ちだろう。


 俺は己の腕を犠牲にした。


「イカれていやがる!」


 左の前腕に突き刺さる刀。

 凄まじい痛みだが、覚悟を決めていたのと力を込めているため、最小限の損傷に留めていた。


 そもそも乃村は突きを主眼としていない。

 躱された後の斬撃に重きを置いていた。

 ならば突きは速さのみを求めている。ゆえに致命傷になりにくいのだ。


 また乃村は内小手に怪我をしている。

 十分な威力ではない。

 それも勝機だった。


 この欠点は顔の治療をしているときに思いついた。

 実際に戦うとしたらこの方法しかない――そう決断した。


「突き刺さった分、次の攻撃が遅れる――」


 俺は右手の刀を振って――間合いに入っている――乃村の胴を左下から斬り上げた。両手の斬撃ではないが、斬るには十分だ。血飛沫が舞って乃村は仰け反った。


「かっは、馬鹿な……」


 どたんと仰向けに倒れる乃村。

 突き刺さった刀をそのままに、俺はその場に座り込む。


「悪いな乃村。俺の勝ちだ」

「は、ははは。なんてこと考えやがる……」


 口から赤い血を吐いていた。

 おそらく助からないだろう。


「惜しかったな。もし突きを重視していれば……俺を殺せただろう」

「ふ、ふふ。四之助の野郎にも、同じこと言われたよ……」


 嶋田と親しい関係なのだろうか。

 いや、商売敵と言っていた気がする。

 人を斬って金を稼ぐ、この世の中でも下賤な商売だ。


「乃村殿! くそ、このままでいられるかよ!」


 亀若丸たちを捕らえていた浪人が脇差を二人に向ける。

 短い悲鳴をふでは上げた。


「おい! こいつらがどうなってもいいのか!?」

「この下衆共! 果し合いは終わったじゃねえか! さっさと二人を放せ!」


 周助が木刀を浪人たちに向ける。

 しかし追い詰められている奴らは「知ったことか!」と怒鳴った。


「五十両は俺たちのもんだ! 道を――」


 そのとき、後ろで乃村がゆらりと立ち上がった。

 目がまだ生きている――


「くそ! まだ生きて――」


 周助が乃村に注目した。

 刀が刺さっている俺は動くことはできない。


「お前ら、何をしているんだ……」


 滴り落ちる血を押さえようともせず、乃村は浪人二人に近づく。

 死にかけているのに、威圧感がある。


「の、乃村殿……」

「俺に、恥をかかせるな……!」


 緩慢な動きだから逃げられるのに、浪人二人は息を飲んで止まっている。

 よほど恐ろしいのだろう。

 周りの野次馬たちも黙り込んでしまった。


「さっさと……そいつらを、放せ……」


 あと一歩のところで、乃村はうつ伏せに倒れた。

 その瞬間、浪人たちは我先に逃げ出す。

 その顔は恐怖が貼りついていた。


 亀若丸とふでは乃村を避けて俺たちのところへ寄ってくる。

 俺は「よく無事だったな」と右手で亀若丸の頭を撫でる。


「げ、源八郎……あの人……死ぬの?」


 悲しいという言葉しか似合わない顔で、亀若丸は俺に言う。


「ああ。俺が殺した」


 迂回せずに真っすぐ伝えると亀若丸は泣き出した。


「じゃあ、なんで、助けてくれたの?」


 そんな亀若丸をふでは抱きしめた。

 大切なものを壊さないような優しさだった。


「……乃村と言っていたよな」


 神妙な顔で周助は乃村に近づく。


「あんたの技、俺の天然理心流に取り入れていいか?」

「……何を、言っているんだ?」

「そのままの意味さ。あの技はあんた一代で無くすには惜しい」


 死に瀕している乃村に周助は「あんたが死んでも、技は残る」と強い口調で言う。


「俺の代で完成しなくても、次代で完成するかもしれない。いや、させてみせる」

「…………」

「だから安心して逝くがいい」


 それを聞いた乃村は実に楽しそうな笑顔で「そいつは、いいな」と頷いた。


「俺が生きた証が、続くのか……ふふふ、痛快だな」


 そして今わの際に乃村はこう言った。


「なんて満ち足りた、最期なんだ……」



◆◇◆◇



 それから三日が経った。

 傷は癒えていないものの、旅を続けられるくらいまで回復した俺は、亀若丸と共に桜田村を目指すことにした。


 しかし、周助やふでとはここで別れる。

 理由は太郎兵衛と譲吉に泣きつかれたからだ。


「譲吉は怪我までしたんですぜ。姐さんが戻ってくれねえと報われません」


 元々、ふでのわがままな出奔だったので、そう言われたら立つ瀬はない。

 仕方なしにとふでは江戸の牛込に帰ることにした。


「短い間だったけど、世話になったわ」


 粕壁の宿から出る際、別れの挨拶をふではした。

 俺は「世話になったのは俺のほうだ」と応じた。


「三日の間、亀若丸の面倒を看てくれたんだろう」

「まあね。いろいろと教えてあげないといけないこともあったから」

「なんだそれは?」

「殿方には言えないことよ」


 そんな言い回しをされたら追及できない。

 亀若丸もふでとの別れを惜しんでいた。


「また、絶対に会おうね」

「ええ。そのときはもてなしてあげる。あなたも、源八郎さんも」


 亀若丸の手を握って約束した後、俺に「だから死なないでよね」とふでは言った。


「必ず座敷に来てね。死んだら許さないから」

「そいつは重い約束だな」

「あら。女との約束はいつだって重いのよ」


 そして周助に「三人を頼んだ」と告げた。


「ああ。俺の顔は奴らに割れている。だから二手になって敵を分散させるんだな」

「俺たちが桜田村に向かっていることは、知られていないはずだ」


 本音を言えばこれ以上、周助は巻き込めない。

 少なくない怪我を負ってしまった今、それが最上だろう。


「元気でね、周助。おいらを守ってくれて嬉しかったよ」

「……亀若丸。俺はお前がどんな大きな秘密を背負っているのか、想像もつかない」


 優しげな口調で周助は「でもな、お前は生きていいんだ」と諭す。


「苦しい決断をしなくちゃいけないこともある。そのときは自分の命を優先しろ」

「でも、源八郎が危ないときもあるよね」

「馬鹿言え。子供の命をないがしろにしていいわけねえだろ。秤にかけるまでもない」


 最後に「そうだろう? 源八郎殿」と俺に投げかけた。


「うるせえ。野暮なこと言うんじゃねえよ」

「あっはっは。なあ亀若丸。源八郎殿は照れ屋だよな」


 みんなでひとしきり笑った後、俺は「そろそろ行く」と亀若丸を促した。


「うん。周助、ふでさん。太郎兵衛と譲吉。さようなら」

「おいおい、亀若丸。言葉が違うだろう」


 周助はやれやれと言った感じで俺を見た。

 ふでも太郎兵衛も譲吉も、俺に期待の目を向けた。

 はあ。こういうのは得意ではないのだが……


「皆の者、また会おう」


 俺の言葉に亀若丸は目を丸くして――それから笑顔になった。


「みんな――またね!」


 別れではなく再会の約束をして、俺たちは桜田村に向かう。

 そこに待ち受けているものは何か分からない。

 しかし約束のため、前に進むのだ。

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