5.二人の本音
サミュエルに抱きすくめられ、ようやくコーデリアの心が解き放たれた。強がりながらも本当は、いつも誰かに支えて欲しかったのかもしれない。彼に背中を撫でられると、コーデリアは懺悔するように語り始めた。
「多分今の私は、あなたという新しい依存先を見つけただけなのよ」
コーデリアは、サミュエルの胸の中で本音を吐露した。
「子どもが巣立って行くから、寂しくなってついあなたにこんな……本当にごめんなさい!」
彼はコーデリアを抱き締めると、静かに諭す。
「いいですよ、依存先で。あなたに依存されるなら本望です」
コーデリアは初めて人前で泣いた。その初めてがなぜ彼の前なのかは分からないまま。
「ごめんなさい。今日のことは忘れて……」
「絶対に忘れません」
「あなたにはもっといい人がいるはず」
「……いません、別に」
「若い奥様を貰って、ハルフォード伯爵を……お父様を安心させてあげて」
「随分と年齢にこだわりますね」
「だって……」
サミュエルは彼女の涙を拭いてやった。いつも毅然としていた淑女が、おもちゃを取り上げられた子どものような無垢な泣き顔を晒している。それを眺め、彼はクスクスと笑った。
「私は、あなたに必要な人間になりたいんです」
コーデリアは呆気に取られて彼を見上げた。
「そうなるためなら、どんなこともします。依存先にもなりますし、その……もし私との結婚が嫌であれば、しばらく側にいさせてもらうだけでもいいんです」
それを聞くと、彼女はじっと恥入った。彼の好意を、軽く考え過ぎていた。しかも自分は強がるためだけに、彼に何度も心無い言葉を投げかけて来たに違いないのだ。
「……悪いわ」
「悪くありません」
「あなたの未来を奪ってしまう」
「奪っていただいて構いません」
「私を甘やかさないで……」
「依存先ですから、甘やかしますよそりゃ」
コーデリアは目をこする。彼と一緒にいると、どこまでも深みにはまって行ってしまいそうだ。
しかしその深いところに沈み込んで行くのが、たまらなく心地良かった。
再び彼の肩に顔をうずめると、ふと頭上から思いがけない言葉が落ちてくる。
「心のままに行動することに、罪悪感を持たないでください。私もずっと罪悪感を抱いて来ましたから、あなたの戸惑いは痛いほど分かります」
コーデリアは胸を締め付けられた。
「奥様を諦めろと、何度も心の中で自分を殴打しました。何度も何度も。でも、諦め切れなかった……」
一番傷ついているのは、彼の方だったのだ。コーデリアは今、その痛みに報いたいと思った。
心のままに、彼を労ってその頬に唇を寄せる。
と。
サミュエルが急に顔の角度を変えて、コーデリアの唇を奪った。コーデリアは慌てふためいて飛び退き、声にならない叫び声を上げる。
「!!サミュエル、あなたは一体何を……!」
「何をって、今の動きはキスする流れでしたよね?」
「ばっ、馬鹿じゃないの……!?」
「……だめ?」
サミュエルはくすぐったそうに笑う。コーデリアは一回りも年下の青年に翻弄され、自身の失態に顔を覆った。
「私ともあろう者が……隙を見せてしまったわ」
「その隙、何度でも見たいです」
「いけない。これ以上は……」
コーデリアは彼を押しやると、ソファによろめくように腰掛ける。
サミュエルも共に座った。二人並ぶと、張り詰めた空気が次第に緩んで行く。
「私はあなたを尊敬しています、コーデリア様」
「……やめてよ。そんな風に言われたら、私……」
「アーサーとチェルシーのことも、私にお任せ下さい」
「……あの子たちは、何よりも大事なの。無論、あなたよりも」
「……はい」
コーデリアは泣き腫らした顔を上げた。彼と見つめ合う。やはりサミュエルのことは嫌いになれないし、子どもたちが捻出してくれたこの縁を、今は大事にしたいと思う。彼らもまた、サミュエルとの縁を大事にしたくて二人のキューピッド役を買って出たのだろうから。
コーデリアはふと、自分の未来について考え始めた。
今は甘やかしてくれるサミュエルだが、きっといつかはハルフォード伯爵家の見つけて来た女性と政略結婚するに違いないのだ。
(彼と離れる時のショックを、少しでも和らげる方法を考えておかなければならないわ)
コーデリアの悪い癖で、不確実な先のことを考えておかなければ済まないところがある。
すると彼女の頭を覗いたかのように、サミュエルがとんでもないことを言い出した。
「……で、結婚するのはいつにしますか?」
雨音が、場を支配する。
「は?」
コーデリアから、変な声が出た。




