6.交際に反対して下さい!
サミュエルの瞳が希望に輝いている。コーデリアはそれを見て青くなった。
「け、結婚?」
「はい」
「無理!」
彼女は一も二もなく断った。しかし彼は食い下がる。
「私は三男ですから、割とその辺は自由なんです」
「そんなわけないでしょ!目を覚ましなさい!」
「覚ましたくないです。一度父を説得します。家柄は確実に釣り合っていますから、問題ありません」
「年齢が釣り合ってないのよ!」
「……またその話ですか?既に子どものある三十歳ならばまだ子どもを望めますし、死別からの再婚は、割に巷では見られる現象ですから大丈夫ですよ。意外と父も反対する理由など無いのでは」
「……随分と自分に都合の良い分析じゃない?」
「とにかく、あなたと結婚出来るなら何だってします。気持ちが通じ合った今だからこそ、強行突破で今すぐ何とかしたいんです」
「サミュエル……あなたっていつでも本音で生きてるのね」
「いいえ、今ようやく、本音を話すことが出来る状況にあるというだけです」
コーデリアが彼の情熱に負けて口をぱくぱくさせていると、
「コーデリア様。食事の準備が整いました」
と、扉の向こうから声がかかった。二人は互いを気まずそうに見交わすと静かに立ち上がり、何事もなかったかのように歩き出す。
サミュエルが肘を突き出し、微笑みかけて来た。
コーデリアは少女のように顔を赤くして、初めて彼のエスコートで食堂へと歩いて行った。
現ガスリー伯爵夫妻と二人の子どもが見守る中、コーデリアとサミュエルは席へ移動する。
何も気取られぬように平静を装いながら席に着いたコーデリアだったが、
「クラーク様。お話があります」
といきなりサミュエルが言い出したので彼女は慌てて立ち上がった。
「や、やめなさいサミュエル……」
「コーデリア様は、ずっとこの屋敷にいらっしゃるおつもりなんでしょうか。もしそうでないなら、私に」
「サミュエル!」
クラークは驚き、アーサーとチェルシーは目を爛々と輝かせている。
顔を真っ赤にして今にも泣き出しそうなコーデリアと真剣な表情のサミュエルを交互にを見、クラークは何となく事情を察したようだった。
「ふーむ……?もしかして君たちは〝そういう関係〟なのかね」
コーデリアは〝終わった〟と思う。恥知らずとなじられるのを覚悟で黙っていると、
「私は別に、何も言わないよ。アーサーたちさえうちに残してくれれば、私はコーデリアが誰とどこへ行こうが構わない」
伯爵家当主はそう言って微笑んだ。コーデリアの体からずるんと力が抜ける。
「え?クラーク……?」
「服喪期間もだいぶ前に終えているし、子どももこの通り大きくなった。この子らがいるのだから、君が別の家に入ったからとて私たちと縁がいきなり切れるわけはないだろう。よその家に入ったとしても、いつでも遊びに来てくれたまえ」
「で、でも……!」
なぜかコーデリアは食い下がった。
「ひ、ひとまわりも年下の青年騎士と……ケ、ケッコンなんかしたら評判が悪くなるのでは……」
「誰の評判が悪くなるんだ?」
「司教の立場が……」
「産めよ増えよが教義の宗教の指導者から見て、君が結婚することで何の悪評が起こると言うんだ?」
「!でも、私を娶ったらサミュエルの未来が……」
「君が結婚してやらない方が、彼の未来を潰していることになると思うが……」
「!!」
子どもたちがこらえ切れずに笑い出す。コーデリアは「自分の中の常識」に絡め取られて踊り狂っていた今までの己の姿が、急に恥ずかしくなって来た。
「ちょっと、誰か我々の交際に反対する人はいないの!?」
「何言ってるの母上!」
「お母様、面白ーい!」
誰も、コーデリアに正しさや厳格さなど求めていなかったのだ。
サミュエルの方を見れば、ほっと胸を撫で下ろしている。コーデリアは呆然としてから、すとんと席に座り直した。
コーデリアの人生を、コーデリア自身が決めるその時がやって来たのだ。
彼女の胸三寸で、今後この世界はどんな方向にも変わって行ってしまうらしい。
コーデリアは、そろりと隣の青年騎士を見た。すっかり大人びた穏やかな横顔がそこにある。ふと先ほどの柔らかな唇の感触がよみがえって、コーデリアはどきどきと胸を鳴らした。
(……私……この人と……?)
「コーデリア様」
呼ばれたコーデリアはびくりと体を震わせると、サミュエルと向き合う。
「な、何?」
「焦って話を進めてしまい、申し訳ありません。まだあなたの気持ちは決まっていないのに」
コーデリアは頷いた。
「そ、そうよ。急に話が進むのでびっくりしたわ……!」
「心が決まったら、知らせてください。共にハルフォード家へ行き、父に許しをもらいましょう」
「ちょっとちょっと……結婚が前提なの?」
「当然です。私は今すぐにでもそうしたいんですから」
強引に押し切って来るサミュエルに戸惑うコーデリアだったが、
「でも、必ずあなたの意思を尊重します」
彼はそう言って微笑んだ。
「待ってます。あなたが私のところへ来てくれるのを」
コーデリアは泣きそうになる。今まで、自分には選択肢など何もないと思っていた。
「……いつでも、いいの?」
「もちろん」
コーデリアの胸から、刺々しさが抜けて行く。
こうすべき、ああすべきと決めつけていたものは、全て彼女の幻想だったようだ。
(みんなが力を合わせて、私の人生に初めての自由を与えてくれた)
コーデリアは食卓を見渡し、ようやく彼らを、この世界を、自分の人生を、隅々まで愛し抜こうと心に決めた。




