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前編

「ついにこの日が来たんだな……」

 そう言って僕は、作りたての事務所に目を向けた。【坂井探偵事務所】という看板が堂々と飾られている。

「やりましたね! 先輩、私は信じていましたよ!」

 隣で助手の桜木玲奈が無邪気な笑顔を浮かべながら僕の肩を叩く。僕…坂井隼人は念願の探偵事務所を設立できたあまりの喜びに、上手く言葉が出なかった。

「もう、先輩は相変わらず表情が固いんですから。もっと喜びなさいよ!」

 バシバシと玲奈は僕の肩を叩く。

「ああ、そうだね。やっとここまで来たんだ。僕たち二人なら、この町一番の名探偵になれるはずさ」

 玲奈は優しい笑顔を浮かべながら答えた。

「…ええ、当然ですよ。先輩と私ならどこまでだって行けるはずです」


 ピッピー、ピッピー。携帯のアラームが僕の耳に飛び込む。朝だ、憂鬱な朝がやってきてしまった。

「……はぁ、またあの夢を見てしまった」

 夢のおかげで憂鬱な気分は倍増だった。

「さて、一応向かうとするか」

 僕は使い切ってくたびれてしまった背広に袖を通し、ネクタイを締めると家を出て事務所に向かった。

【坂井探偵事務所】の看板は以前と比べて随分とボロボロになっている。いつものことなので僕は気にせずに事務所の中に入った。

「おはよう……って、誰も居ないんだけどね」

 事務所はすっかりと寂れていた。建てた当初はきちんときれいに片付いていたが、今では書類が散らばっており、コーヒーの飲み残しもそのままになっている。

「……片付け、ちゃんとしないとな」

 以前までは、散らかりがちなこの部屋を玲奈がまめに掃除してくれたものだ。しかし、彼女の姿はもうここには見当たらない。


 事務所を立ち上げた当初は大忙しだった。僕と玲奈は仕事に追われながらも充実した日々を送っていた。だが、それは長くは続かなかった。次第に客足は遠のいていき、仕事が殆ど来なくなってしまったのである。仕事が来ないプレッシャーで僕は荒んでいき、玲奈と口論することも多くなった。そしてついに……

「先輩、話があります。何となく察してると思いますが……」

「な、なんだよ……」

「今日限りでこの事務所からも先輩からもさよならします。もう、限界なんです」

 そう告げた彼女の目は冷めきっていた。

「好きにしろよ……」

「……ええ、そうします。ではお元気で」

 それ以来、僕はずっと一人だ。この寂れた事務所でたった一人、来るかも分からないお客さんを待っている。

「はぁ、こんな僕に何ができるんだろうか……」

 コンコン。思いにふけっている僕をドアのノック音が遮った。お客さんがやってきたのだろうか。僕は慌てて席を立ち、事務所の入り口のドアを開けた。

「あ……ど、どうも、です! 探偵さん!」

 少し緊張した笑顔を僕に向けた訪問者は、恐らく高校生になったばかりであろう華奢な少女だった。オレンジ色の髪は地毛なのだろうか、とても鮮明な色をしている。日焼けした肌と短髪なオレンジ髪が相まって元気溢れる印象を受けた。

「とりあえず立ち話も何だから、中へどうぞ」

 僕は自分でも分かるくらい素っ気ない対応をしてしまった。しかし、少女はそれを気にする様子はなくキョロキョロと辺りを見ながら椅子へ腰を下ろした。

「本日は、どのような要件でこちらへ?」

「は、はい! 実は、ある人を探しているんです」

 探偵が依頼を受ける仕事の代表格のようなものだ。

「なるほどね。で、どんな人をお探しで?」

 その途端に、彼女は目をきらきら輝かせながら大きな声で答えてくれた。

「はい! 私は、私を救ってくれたヒーローを探しております!」

「ひ、ヒーロー?」

 僕は素の声で聞き返してしまった。

「そうなんです! 昔、軽い気持ちで家出をして、迷子になってしまった幼い私を助けてくれた方がいたんです。名前も知らず、その後も会うことがなかったのですが、もう一度どうしても会いたくて、どうすれば良いかなと思ったら……」

 ビシッと彼女は事務所の外にある看板を指さした。

「目に入ったんです、この看板が! なので試しに来ちゃいました」

 彼女はてへへと笑いながら頭を掻いた。なるほど、気まぐれでここに来たのか。僕はふーっとため息をついた。正直、今の僕には真面目に仕事に向き合える気力は無い。だけども、僕はこの仕事を引き受けることにした。探偵として最後の仕事になるかもしれないと思いながら……。

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