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後編

 現地調査は僕が最も好んで使う調査法だ。彼女、名前は秋田美琴と言うらしい……が言うには丁度彼女が8歳の頃、親の厳しいしつけが嫌になって遠くの町へ逃げ込んだらしい。僕は彼女の案内を頼りにその町へ訪れた。

「そうです! ここなんです! 懐かしいなぁ」

 町に着いた途端、彼女はピョンピョン跳ねながら辺りを見回した。なんとも元気有り余る少女だ。

「……それで、君はどこへ行って、そのヒーローとやらに助けられたのかな?」

 彼女は考え込むような大げさな仕草をしながら、昔の記憶を掘り起こしてくれた。

「ええと、そうですねぇ……この町に来て迷子になったときに、急な雨が降り出したので橋の下に逃げ込んだのですよ。結構大きな橋だったような……」

「なるほど、大きな橋ねぇ……」

 僕はこの町のいたる場所が事細かに記されている地図を広げた。

「……うん、ここにある『灯富橋』がこの町では一番目立つ大きな橋みたいだ。とりあえず行ってみようか」

「わぁ、すごい! でも、今の時代スマホからのがすぐに見つけられたのではないです?」

「それもそうだが、僕はこっちの方が慣れているんだよ。……こほん、とりあえずここへ行ってみよう」


 灯富橋は橋の上に灯台のような形をしたモニュメントが飾られている特徴的な橋だった。……不思議だ、この場所どこか見覚えがあるような気がする。

「わぁ、ここです! この場所ですよ! ちょっと橋の下まで行ってみましょう!」

 彼女はそう言うと一目散に橋の下に降りていった。僕は見失わないように慌てて後を追いかけた。

「間違いないです……この場所です! あそこの排水溝の近くに私泣きながら座り込んでたのですよ!」

「……」

「それでですね、どこからか声が聞こえるもんだから顔を上げてみたら、そこに背広を着た男の人が立っていたんです!」

「男の人は私に優しく声をかけてくれました。『もう心配ないよ、お母さんの所に帰ろう』って。その人は、お母さんに頼まれて私を探してくれたみたいなんです」

「まるで探偵さんみたいですよね! ……あれ、どうかしましたか? 探偵さん?」

 僕はずっとうつむいていたが、彼女に呼びかけられて顔を上げた。

「……悪いけど、美琴ちゃん。君の探しているヒーローはもうどこにも居ないよ」

 彼女は呆気にとられたような表情で僕を見つめる。

「ど、どういうことですか? な、何か心当たりでもあるのですか?」

「ああ、そいつは根っからの負けず嫌いでね、困った人を助けるのにいつも全力だった。……あの時も周りは警察に任せろとか言ってたが、諦めきれずに少ない手がかりをもとに雨に打たれながら探し回ったんだ」

「どうしてそんなに詳しいのですか、もしかして……」

 彼女は何か察した様子だったが僕は構わず話し続けた。

「苦労の末、ここにたどり着いた……女の子はそこに居たよ。とても嬉しかった。最後まで諦めなくて本当に良かったと心から思ったよ。……美琴ちゃん、僕はもうあの頃のような人間ではなくなったんだ。君にヒーローだなんて言われるような人間ではもうないんだよ」

 そう告げると、彼女はとても寂しそうな表情を浮かべた。綺麗な瞳の奥にはうっすらと涙が浮かんでいる。

「どうして、そんな寂しいことを言うのですか? あなたは私を助けてくれた、そのまっすぐな想いで私に手を差し伸べてくれたじゃないですか!」

「……でも、僕はもうただの落ちこぼれ探偵だ。」

「そんなこと……!」

「君に会わせるような顔なんてないんだよ、僕みたいなやつに……」

 パシッ!

 頬にじんわりとした痛みが広がった。ふと前を向くと、彼女はまっすぐな目で僕を見つめている。

「あなたはあの時、確かに私を助けてくれた。あなたのおかげで私は助かったのです。だから、あなたは私のヒーローなんだ! 今がどうとか関係ない! だってあなたの目は、今もあの時も変わらず……」

 彼女は少し照れくさそうにしながらぼそっと呟いた。

「優しくて暖かいじゃないですか……」

 ……。

「……何があったかは分かりませんが、上手くいってなくてそんなことを言うのですね……でも、これだけは忘れないでください……!」

 彼女は僕の手をぎゅっと握りしめた。

「誰が何と言おうと、私にとってあなたは世界一の探偵さんです! ずっとそれは変わりませんよ!」


「はは……あっはっはっはっは!」

 僕は思わず吹き出し、笑い声を上げた。突然だったので彼女は驚いた様子だ。

「いやぁ、あの時寂しそうに泣きじゃくってた女の子が、再会してこんなに熱いことを言ってくれるだなんてねぇ」

「……あ、あんまり昔のことは言わないでください! 言われると恥ずかしいんですよ……」

 彼女は顔を赤らめながらそっぽを向いたが、口元は笑っていた。

「……ありがとう、美琴ちゃん。君のおかげでなんで僕が探偵を続けたいと思ったか、再び思い出すことができたよ」

「い、いやぁ、それはそのぉ、まぁまぁ嬉しいですねぇ、えへへ」

 やれやれ、本当に分かりやすい子だ。


 もとの町に帰ると、辺りはいつの間にか夕暮れ時だった。空は雲一つなく快晴で、ぼくの心も清々しい思いで満ちていた。

「さて、意外な形になったけど、一応美琴ちゃんの依頼はこれで完了だね」

「いやぁ、本当に驚きましたよ! なんで最初会ったときから気づかなかったんだろなぁ。私の馬鹿!」

 彼女は悔しそうに地団駄を踏んでいた。その大げさな素振りが面白くて、僕は笑みがこぼれてしまった。

「まぁまぁ、僕も気づくことができなかったからお互い様だよ。だって、こんなに元気で大げさな子に成長していただなんて夢にも思わなかったからさ」

「大げさは余分ですー! 私だって、探偵さんがこんなおっさんになったとは思わなかったですよ」

「おいおい、おっさんってストレートに言わないでくれよ。寂しくなるだろ?」

「……ふふ」

「あははははは!」


「さてと、ようやく片付いたな」

 後日、散らかり倒しだった事務所を僕は2時間かけてようやく綺麗に片付けた。これでいつ依頼主が来ても大丈夫だ。ふと棚に飾ってある写真に目が行った。それは、事務所設立当初の僕と玲奈のツーショットの写真だった。

「……玲奈。僕はもう言い訳はしないよ。今は上手くいかなくても、君が居なくても、僕はこの仕事が好きなんだ。だから……」

 コンコン。

「はい! 今伺います!」

 ちっぽけな自分を受け入れて前へ進もう。僕の未来はまだまだ分からない。僕はようやく、前を向いて進み出すことができたのだ。

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