第二十二話 俺にはできない、魔王のやり方
頼む、誰か俺を殴ってくれ。
もしくは沈めてくれ。海溝の奥底深くにでも。
「アタラシイ、チカラ、メバエタンダー」
そうか、よかったな千里くん。
「トウエイノ、チカラ、ツヨクナッター。シルリーンモ、ウツセルンダヨー」
なるほど。それで姿見に俺が映っていたというわけか。
詳しく聞いたところによると、魔王と接続した千里くんは、視たものを共有する力がアップしたとのことだった。なので、普通の人には見えていない俺を鏡に映すことができた。さらに今までは壁面に映すくらいだったが、鏡や水面といった、反射があるもののに加えて、さらに空のような広い場所も利用できるようになったらしい。
ちなみに、パワーアップしてもまだ聖女は見つけられないと泣いていた。ヴェンデッタの能力が強すぎるんだろう。仕方がない。
「最高の時間をありがとう、千里くん。君は俺の心の友だ」
「オオキナ、クッション、ホシイナー」
「任せて。最高級の素材を使った、最高級の巨大クッションを贈るよ」
「ヤッター」
人が真面目に考えている目の前で、しょうもない取引が展開されている。突っ込みたいが、アグニラードの視線を俺に向けさせたくない。
気を抜くと、自分の痴態が頭をよぎった。
沸いてたんだ、頭が。
妖精の粉と、アグニラードの魔力のせいで。
妖精の粉の効果が切れた後、俺は自分の行動を鮮明に思い出すことができてしまっていた。
せめて忘れられればよかったのに。とんでもないことを口走りながら、アグニラードに身体を擦り寄せるようにしていた数時間を覚えていた。そしてそれをすべて、鏡越しにアグニラードに見られていたことも。
……声は聞こえてなかったにしても、ひどすぎる。俺が何したっていうんだ……。
薄暗い油式の街灯の下を歩きながら、俺は涙目になっていた。
「……シルヴェウス、まだ落ち込んでるの?俺はすごく嬉しかったよ?かわいかったし、綺麗だったし、エッチだった」
エッチって言うな。
「ねぇ、シルヴェウス〜」
〈……忘れろ。全部〉
「えっ?やだよ」
曇りなき真っ直ぐな眼差しで、アグニラードが言う。今するべき目じゃないだろ、それ。
〈先に言っておくが、アレを千里くんに録画させてて後で見返そうとか思ってたら、結婚の話を白紙に戻すからな〉
「ええええぇぇぇぇ!!!??」
〈やかましい。今すれ違った人が、びっくりした顔でこっち見てただろ。お前は三人で会話してるつもりでも、第三者から見たら一人だ。気をつけろ。あと、白紙の話は本気だからな〉
「うっ……、はい……」
がっくりと肩を落としたアグニラードが、とぼとぼと歩いていく。
日付が変わるには、まだ早いと言える時間帯だった。
少し凹凸のある石畳の道を照らす街灯には充分な明るさがなく、時折すれ違う者たちは皆カンテラを提げている。アグニラードもちゃんと、持っていた。もっともこれは視界の確保のためではなく、怪しまれないためにである。
とんでもない醜態を晒した後、正気に戻った俺は、一通り身悶えしてから千里くんを連れたアグニラードとともに高級宿を出た。本当は三日くらいは引き篭もりたかったが、そうもいかない。
行き先は、冒険者ギルドだ。ベンゼルたちと合流する。
信じてもらえるかは賭けになるが、神官とギルド長に説明をしなければならなかった。聖粉の真相を知った神官が直接大聖堂に掛け合ってしまう事態を、避けるために。
なにしろ異世界から召喚した子どもを平気で利用するような連中だ。聖粉を疑問視する神官の口封じなんて、造作もないだろう。
俺が行くまでに大聖堂に報告をしている、なんてこともないと考えている。事前に打ち合わせなどはしていないが、クエイクが神官を止めてくれているはず。まさかあいつを、こんな形で信頼する日が来ようとは。
夜の光の王国は、昼間とはうってかわって暗く静かな街になっていた。正門での騒ぎも、街中までは届かなかったらしい。千里くんに確認してもらった限りでは、サソリ型の魔物によって空けられた穴は、時間とともに自動で修復されたとのことだった。神の御技というやつか。
俺はアグニラードの隣で、どこか物寂しい夜の街を眺めていた。
デモネリアの夜は、もっと灯りが多い。区画によっては一晩中賑わっている場所もあるほどだ。だがここは時折健全な酒場があるくらいで、寂しい印象は拭えなかった。冒険者ギルドの存在や国の規模を思えば、不自然にも見える。
王城と大聖堂の大きさが同程度であることから、二つの権力は拮抗していると考えられた。住民に節制を強いているのは、どちらなのか。
あるいは『児童書』という見えざる強制力が、この歪で健全な社会を作っているのだろうか。
考えごとをしながらしばらく歩いていると、冒険者ギルドが見えてきた。石造りの五階建ての建物の最上階に、ぼんやりとした明かりがついている。正門から戻ってきているらしい。
どこから説明すべきか。
あの粉の効果を目の前で見ていたとしても、俺たちが知る光の王国の真相は受け入れ難いはずだ。とくに、あの神官にとっては。
……俺は根回しや小細工は得意だが、相手の懐に入り込む、なんて属性とは無縁だ。勇者ヤマトの時は、日本人同士という強力な交渉材料があったから成功しただけで。
どうやって信じてもらうか。
まずは、そこからだな。
ここに来るのは、二回目だった。
半日前に使った階段をまた上がり、明かりがついている部屋へと向かう。扉の前には、気配で察したらしいベンゼルがすでに待機していた。
ドアが開けられ、中へと入る。そこは昼にも通された、中身を抜かれた荷物を返してもらった、ちょっと立派な部屋だった。少し汚れてはいたが、絨毯も敷かれている。調度品の質や中央にあるテーブルやソファの大きさから見るに、上客用の応接室なのだろう。奥には濁ったガラスでできた窓があった。
部屋の中にはクエイクと、ギルド長、そして俺の姿を見ることができる神官がいた。
クエイクが礼をしたのを見て、何故か残りの二人も礼をしている。
アグニラードが先にソファに座ると、「俺は立ったままでいい」と言うギルド長を除き、他の面々が腰を下ろした。それを見て俺も今回は、ソファの近くに立つことにする。
少し間を開けて、神官が居住まいを正し、深く頭を下げる。そして何か言おうとしたところで、アグニラードが「話の前に」と口を開いた。
「自己紹介もせずに、すみません。俺はアグニラードと言います。魔族領から来ました」
まさに時が止まる、という表現がピッタリな光景だった。
俺も、止まった。
…………魔王様?
「それから、神官の人には見えてる淡青色の髪の美人はシルヴェウスで、今はちょっとわけあって身体がなくなってて。俺の右隣に座ってる女性がベンゼル、左にいるのがクエイク。この二人は俺の配下です」
……ちょっと待て。
俺は指で眉間を揉んで、一回深呼吸をしてから、口を開いた。
〈……なんで自己紹介してるんだ〉
「ナンデ、ジコショウカイ、シテルンダ、ッテイッテルヨー」
千里くんが同時通訳してくれる。もう隠す気ないな。二人とも。ちなみにベンゼルは「ま、いいか」みたいな顔をしていて、クエイクは俺と同じ反応をしていた。
「えぇ〜。だって、信じてもらいたいなら誠実でいろって教えてくれたの、シルヴェウスだよ?」
〈……確かに、教えたな〉
「でしょ!?だから、こういう時って、自己紹介から入った方がいいと思うんだよ!」
キラキラ〜、と音がつきそうなエフェクトが笑顔のアグニラードの後ろに見えた。
〈だからって、こんな敵陣ど真ん中で自己紹介するやつがあるか〉
「そりゃあ……まぁ、確かに、魔族と人間は長い間対立してきたけどさ。俺が魔王になってからは、デモネリアは一度も人間領に侵攻してないし。信じてもらえるんじゃないかな」
その言葉に、「おや?」と思った。
今、意図的に本体のアグニラードを別人扱いしたな。キラキラエフェクトも、本音半分、作戦半分ってところか。
俺はアグニラードが話しやすいように、神官に見える位置で、わざと納得してないような渋い顔を作ってやった。
そして、「聞かせるつもりはなかった内情」のように、アグニラードと会話する。
〈まだ幼い勇者を利用するような連中だ。信用するには早すぎる〉
「でもここで腹を割って話さない限り、争いは終わらない。……人間を信じようよ、シルヴェウス」
す、とアグニラードが俺に向かって手を差し出した。内容と表情は、子供っぽい口調ながらも、誠実で優しい人柄が感じられる。
だが俺は気付いていた。
俺を見つめるその目の奥に「嫌な役回りさせて、ごめんなさい〜!」と全力で謝るアグニラードがいることを。
そこはまったく気にしなくていいんだがな。むしろ感動している。アグニラードが『そういう手』を使える事実に。
俺は、大きなため息をついた。もちろん、演技だ。
〈……わかった。俺たちの王は、お前だ。好きなようにやれ〉
「ありがとう、シルヴェウス」
キラキラっと輝きながら、アグニラードが微笑んだ。そうして、「あっ、ごめんなさい!」と神官とギルド長へと向き直る。
「話をどうぞ。でも、魔物を倒したことへのお礼だったら、必要ないよ。困ってる人がいたら助けるのは、当然だから」
別に悪意からやってるわけじゃないが、立派に腹芸をしている。それもそうか。俺がいつまでも子どもだと思ってるだけで、アグニラードには俺よりずっと長い間、魔王として生きてきた記憶がある。
寂しいような、嬉しいような。複雑な気持ちだ。
だがそんな親心を感じているのは、俺だけのようだった。
「…………アグニ……ラード?……炎獄の魔王、アグニラード……?」
神官が、アグニラードを指差して言う。
それに対して、「うん!よろしく!」と何度でもキラキラエフェクトを飛ばす、アグニラード。
「……雷撃の……ベンゼル?」
「よろ。ヘアケアに命かけてっから、良い店あったらシェアして」
「……震源の……クエイク?」
「やぁ。男女問わず、愛人はいつでも募集中だよ」
クエイクのキモい発言に、ベンゼルが「キッッッショ」と後ろから彼の頭を叩いている。
そんなほのぼのと殺伐の中間くらいのコントをしている二人をよそに、神官の目が泳ぎ、恐る恐る俺に合わされた。
「氷結の、シルヴェウス?……いくつもの村や町を凍りつかせてきた……極悪非道の……氷の魔族……魔王の、側近……」
なんで俺だけ、そんな認識なんだよ。
〈誤解だ。というか、その情報はデタラメだ。俺は人間領を襲ったことはない〉
信じてもらえるかはさておき、しっかり否定はしておく。するとアグニラードが、フォローのつもりなのか補足してきた。
「シルヴェウスがそんな酷いことするはずないよ。この間なんて、ちっちゃい悪魔の子どもが初めておつかいに行ったって話を聞いただけで、『えらいぞ〜!』って号泣してたんだよ?俺が城から出かける時は、ハンカチとティッシュ持ってるか確認してくれるし、門限厳しいし、お風呂から出て髪を拭かずにいたら怒られるし」
〈やめろ!お前、俺のこと嫌いなのか?〉
「えっ?なんで?好きだよ、愛してる」
急にそこだけ大人っぽい声になった。
〈……そ、そうか〉
赤くなった顔をごまかすようにそっぽを向くと、「かわいいよね、俺の大切な人」と聞こえてきた。うるさい。かわいくない。
「彼は俺が赤ん坊の頃から、ずっと俺を慈しんで、大切に育ててくれた。今の明るくて豊かなデモネリアを造ってくれた人なんだ。望んで誰かを傷付けたりはしない、絶対に」
〈ア、アグニラード……〉
胸が、ジン、と熱くなった。
こんなにいい子に育って……。
「シルヴェウス、感動して泣いてるでしょ、今」
なんでわかるんだよ。
アグニラードに言われ、俺を見た神官が何度も首を縦に振っている。それを見て、魔王がまさに「人懐っこい」を形容したような笑みを浮かべた。
「だから、話だけでも聞いてもらえないかな?」
次回第二十三話は11月7日17時更新です。




