第十話 裏切りの吸血鬼狩り
神崎は目を見開いた。
以前、レイの血液検査を行った二人組のハンターだった。
男が構える長銃も、女が構える短銃も、どちらもレイへと向けられていた。
「神崎翔。お前は優秀なハンターだった。貪欲に吸血鬼を追い回し、殺した」
男の視線が神崎へと向く。仲間ではなく、本来敵に向けられるべき警戒がそこに含まれていた。
痛む背のまま、神崎は立ち上がろうと足に力を込める。
「動かないで」
女が短く制止を掛けた。神崎の動きが一度止まる。
男は双眸を細め、視線を神崎からレイへと戻した。
「それがどうだ。なぜ、吸血鬼なんかとつるんでやがる」
神崎は唇を噛んだ。
言葉を探すように一度視線を迷わせ、そして深く息を吐いた後、ゆっくりと口を開く。
「コイツは普通の吸血鬼とは違う。人間との混血で、生きるのに人の血を飲む必要がなく、人を襲わない」
レイと共にいる場面を見られた以上、隠しきることは不可能だと判断し、素直に明かす。
賭けではあったが、レイの有用性を認めさせられれば、駆除を免れる可能性はあった。
「吸血鬼を判別出来る能力を持っていたから、利用していただけだ」
「……吸血鬼を判別?」
「そうだ。吸血鬼は、匂いで同族が分かるらしい」
「ここ最近、お前がやたらと吸血鬼を狩れていたのもそれが理由か」
「ああ」
レイは何も言わず、話を聞いていた。
視線は自分に向く二つの銃口へと向けられていたが、そこには怯える気配も、警戒の色もない。
そして、今の話を否定もしなかった。
男は返答を促すように、レイへ銃口を向け直す。
「今の話は本当か」
「ええ」
短く、レイはそう答えた。
少しの沈黙の後、男は再び口を開く。
「吸血鬼。お前を殺さず、拘束して本部へ連れ帰る。その能力が本当なら、殺すのは惜しい。俺達が使う」
「お断りします」
レイの言葉に重なるように、銃声が響いた。
女の銃が放った弾は、神崎の髪の先を掠めて真後ろの壁に穴を空けた。
レイの視線もそこへ向けられた。ほんの少し、驚いたような表情で。
男が不機嫌そうに言葉を続ける。
「先程の戦いで、なぜお前は神崎を守った? 傍観し、見捨てることも出来たはずだ。人間に情でも湧いたのか? 神崎を人質にでも取れば、お前は大人しく従うのか?」
神崎は息を詰めた。
反射的に身を起こしかけるが、女が構える銃は真っ直ぐに神崎を捉えている。
そして、鋭いその眼差しが同時に伝えていた。脅しで銃口を向けているわけではないと。
神崎は眉根を寄せ、口だけを開く。
「待て! そいつは俺の——」
「お前には別の監視役が付く」
男は神崎の声を遮り言った。
「お前の実力は認めるが、この吸血鬼の存在を隠していた。能力が有用とはいえ、傍から見れば裏切りにさえ見える、危険な行為だ」
「俺が、ハンターを裏切る理由などない!」
「それをどう証明する?」
背筋が冷えていく感覚があった。
視線を上げ、レイを見上げる。吸血鬼の足であれば、今この場から逃げ出すのは難しくない。
それでも動かず留まっている理由は、ハンターの男が言うように、神崎のため。それ以外に、理由が見当たらなかった。
思わず口を開きかけて、すぐに閉じる。
自分を置いて逃げろと言ったところで、素直に頷かない姿が目に浮かんだ。
短く息を吐き、指先で僅かに地面を掻いた。吸血鬼の聴覚がその微かな音を捉え、レイの視線が神崎に向く。
「俺ごと行け」
小さくそう呟いた声が終わるより早く、風景が回った。
レイは素早く神崎の身体を抱え上げ、闇の中へ駆け出した。
ほぼ同時に二発の銃声が響いたが、そのどちらも、暗闇に消える吸血鬼の影を捉えることが出来なかった。
*
ビルの屋上の隅で、神崎は膝をついて吐いていた。
吸血鬼の運動能力は、幾度もの戦闘を通して知っていたはずだった。
だが、実際それに振り回されるのは話が違う。
ビルからビルへ一度の跳躍で飛び移り、人間なら落ちて死ぬはずの高さから飛び降りて着地し、目の回る速度で駆ける。
人間の内臓は、それに耐えるように出来ていなかった。
「……お前、二度と俺を抱えて走るな」
「予想以上に人間の身体が脆弱でした」
「喧嘩売ってんのか?」
「いえ」
口元を袖で拭い、ふらつく足で神崎は立ち上がった。
眼下には何も変わらない夜の街が広がっている。だが、そこに戻る気にはなれなかった。
「人間は、平気で同族を殺しますね。昔からそうでした」
レイが、独り言のようにそう言った。
だが、彼らの判断は間違っていない。吸血鬼狩りとは、吸血鬼を殺し、吸血鬼に襲われる人間を救うためにある。
もしレイを捕らえ、その能力を使ってより多くの人間を救うことが出来るなら、裏切りの予兆を見せた神崎一人の命と比べるまでもない。
少なくとも、神崎があのハンターの立場であればそう考えるはずだった。
ハンターの中には、大切な者を吸血鬼に奪われ、復讐を遂げるため銀の武器を握ることを選択した者も少なくない。
その目的のためなら自分の命すら賭け、いくらでも非道になれる。そういう人間の集まりだ。
「……もう、あの家には戻れない」
「はい」
「だが、どう動くにも拠点は必要だ」
神崎は首に下げていた、十字架の首飾りを外す。
それは吸血鬼狩りの証であり、吸血鬼を狩ることだけを目的にしていた神崎にとって唯一の居場所だった。
もう、そこに戻ることも出来ない。
銀色の鎖は指の間を滑り、乾いた音を立てて足元に落ちた。
「一緒に来るか?」
レイへ視線を向け、そう尋ねる。
皮肉も、命令も、今は口にする気になれなかった。
いつも通り、感情のないレイの瞳は真っ直ぐに神崎を映していた。
「はい」
レイは、そう短く答える。
そうして二人は、痕跡を残さずに姿を消した。
鍵が開いたままの家に戻る人影は、もうなかった。
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