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第二話 アメジスト色のお人形さん

軋む扉を押し開けると、冷え切った空気が頬を撫でた。

天井の割れた隙間から差し込む西日に透けて、埃の粒子が銀色の星のようにキラキラと舞っている。


静寂だけが支配する、見捨てられた礼拝堂。

その中央に、ぽつんと一台の古びたベッドが置かれていた。


「……え? 女の子……?」


思わず、声が漏れた。

そこに横たわっていたのは、ひとりの少女だった。


年齢は十二、あるいは十四歳くらいだろうか。

雪のように白い髪に、陶器を思わせる儚い顔立ち。まるでおとぎ話に出てくるお人形のように美しい女の子だ。


だけど、その美しさはあまりにも痛々しかった。

彼女の身体からは、赤黒い、禍々しい魔力の霧がバチバチと火花を散らして噴き出していた。


それは彼女自身の生命力を、内側からゴリゴリと削り取っている肉眼で見える『呪い』だった。


「つめ、たい……。とめて……」


ひび割れた唇から、かすかな喘ぎ声が漏れる。

その赤黒い霧の波形を見た瞬間、僕の心臓がドクンと跳ね上がった。


(この魔力の質……第一部隊のみんなの中に溜まっていた『歪み』と、全く同じだ……!)


頭の中で、バラバラだったピースが急激に繋がり始める。

レオンたちを全滅させたあの不気味な黒い霧の正体。それが、なぜかこの最果ての地の教会で、この小さな女の子を内側から焼き尽くそうとしている。


彼女は、世界を蝕もうとしている『何か』の巨大な犠牲者だ。


ここで彼女を見捨てたら、仲間たちを救えなかった僕は、一生後悔することになる。それに、この暴走を放っておけば、彼女の命だけでなく、この街ごと世界が消し飛びかねないほどの、凄まじいエネルギーの歪みを感じる。


「……絶対に、死なせないから」


僕は迷わずベッドに駆け寄り、彼女の冷たく震える手を、そっと、だけど強く握りしめた。


彼女の肌に触れた瞬間、僕の『レストア』の感覚が、彼女の命の灯火が消えかけていることを告げていた。回路が完全に狂いきり、あと数十秒もすれば彼女の魂は内側から砕け散ってしまう。


「数秒もあれば十分だよ。僕の力は――こういう狂った魔力を修正するためにあるんだから」


僕は深く息を吸って、自分の奥底にある魔力を練り上げた。


警備隊のみんなには一度も見せたことのない、僕自身も底が知れないほどの、圧倒的な魔力の奔流。それを、繋いだ手を通じて、一気に彼女の壊れかけた体へと流し込む。


「君を苦しめているその悪い呪いを、全部僕にちょうだい。僕の中で綺麗に治して、全部あたたかい光に変えて返してあげるから!」


刹那、世界から音が消えた。


僕の体内から溢れ出た純白の魔力。それが夜の帳を裂くように教会を、そして彼女の身体を優しく満たしていく。


同時に、彼女を苛んでいた赤黒い呪いの濁流が、ものすごい拒絶反応を起こしながら、僕の右腕へと一気になだれ込んできた。


「っ……、く、あ……!」


肺の空気が一瞬で凍りつくような激痛。脳を直接針で刺されるような、世界の本質的な悪意が押し寄せる。普通の人間なら一瞬で精神が壊れてしまうほどの汚染だ。


だけど、僕の『レストア』は、引き取ったエネルギーの「意味」すらも書き換える。


右腕を満たした昏い赤は、僕の魔力の圧力によって一瞬で分解され、一片の濁りもない透明な光へと修正されて、彼女の体内へと完全に行き渡るように還元されていった。


狂っていた魔力が、世界のどこよりも清らかな光へと変わっていく。

僕の魔力によって完全に上書きされた彼女の体内回路が、瑞々しい輝きを放ち始める。


やがて光の余韻が教会の高い天井へと吸い込まれ、再び、静かな夕暮れが戻ってきた。


僕の手の中で、少女の指先がかすかに震えた。

長い睫毛が、眠りから覚めるように揺れる。


ゆっくりと開かれたその瞳は、深いアメジストの色をしていた。


少女は、自分の胸にそっと手を当て、それから、目の前にいる僕をじっと見つめた。その瞳に、じわりと温かい体温が、そして確かな感情の色彩が蘇っていく。


「身体が……軽い。熱くない。苦しく、ない……?」


鈴を転がすような、静かで透き通った声。

アオイはベッドからゆっくりと起き上がると、驚くほど滑らかな動きで、僕の前に膝をついた。


底冷えする教会の床だというのに、彼女は僕の手を両手でそっと包み込み、信じられないほど愛おしそうな、蕩けるような笑みを浮かべたんだ。


「あなたが……私を救ってくださったのですね」


その瞳に宿っていたのは、単なる感謝じゃなかった。

それは、深い海の底で初めて光を見た生き物が、その光に一生を捧げると決めたような、静かで、狂おしいほどの執着。


「アオイ、と言います。私のすべては、今この瞬間から、あなただけのものです。」


彼女の背後から、僕の魔力を受けて完全に正しい状態を取り戻した、世界の法則すら書き換えかねない凄絶な魔術の気配が、陽炎のように立ち上っていた。


僕は、静かに息を呑む。

どうやら僕は、のんびり暮らすはずだった最果ての地で、国の上層部が隠す巨大な陰謀の渦に、巻き込まれてしまったらしい。


自身の右腕の奥で、能力がさらに深く、鋭く変質していくのを肌で感じながら、僕は彼女の白い髪をそっと撫でた。

呼んで頂きありがとうございます。

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