後編
夜のラッシュも終わり、やっと一息ついた頃。
レジから少し離れたフライヤーでチキンを揚げていた。
跳ねた油が手に当たり、眠気を奪い去った。
夕方の雨が嘘のように静かになっていた。
でも、ガラスの曇りは晴れていなかった。
床は湿っていて、冷房が少し寒かった。
そろそろか…。
壁から少し身を乗り出し、店内の時計を確認した。
浮腫んだふくらはぎを片手で叩いた。
明るい車のライトが差し込む。
高そうな黒塗りの高級車がバックで駐車するのが見えた。
「今日も来たのかよ、メロンパン」
誰に言う訳でもなく小さく呟いた。
─自動ドアが開く。
通称メロンパン。
高そうなスーツと革靴。
皺のないワイシャツ。
それなのに、何故か清潔には見えなかった。
頭髪も薄くなり、脂が浮いていた。
メロンパンと缶コーヒーを持ってレジへ来る。
いつも通り、私がレジの時にしか来ない。
商品をレジに置き、何か言いかける。
はいはい、煙草237番を2個でしょ。
何も言わず煙草を取りに行く。
振り返ると、何か言っているが聞き取れない。
─笑っていた。
背中に寒いものが走った。
合計金額を伝える。
黒光りした2つ折り財布を無言で漁る。
財布には沢山の指紋が残っていた。
トレイを撫でるように2093円を置いた。
雨で際立っているのか、男の強い臭いがした。
今日は2003円じゃないのか。
いつもと違うお釣りを渡した。
手の甲の濃い毛が爪先を掠めた。
思わず手を引きそうになる。
「ありがとうございました」
なるべく感情を込めずに言った。
ゴミ箱の辺りをうろついている。
それだけなのに妙に怖い。
リズムの良い音楽が、メロンパンを店外へ追い出した。
小さく息を吐き、レジ周りの掃除を始めた。
袋の補充をするため、レジ下に屈んだ。
勤務終了まであと3時間ほど。
帰ったらドラマの続きを見て、お酒を飲もう。
浮腫も酷いから湯船にも入りたいな。
少しだけ前向きになれた。
音楽が流れる。
顔を上げ「いらっしゃいま─」で止まった。
─メロンパンが走って入店してきた。
目はカッと開き、店内を小走りで駆けている。
濡れた床で滑りそうになるのは少し笑えた。
こちらに向かってくるのを見て少し身構える。
「ラ、ライ、ラ、ライター、あ…りま…すか」
何とか聞き取れた。
あー、ライターか。
常連だし別にいいか。
安っぽい100円ライターを渡す。
「い…いいんですか…」
息遣い荒くこちらを見てくる。
視線から逃げるように下を見る。
チャックが綺麗に空いていた。
笑いだしそうなのを必死に堪える。
「まあ…いいと思います」
「あ…ありが…とうござい…ます」
歯を見せて笑った。
満足そうに店外へ向かっていった。
他のスタッフに話したら絶対笑う。
そう思うと少しだけ気が楽になった。
この後灰皿に戻るのかな。
早く消えて欲しいな。
そんな思いでガラス越しに灰皿を見る。
一瞬だけ目が合う。
すぐに向こうが目を逸らした。
─その時またメロンパンが。




