前編
終電も終わり、静まり返った駅前。
夕方の通り雨で、早めに帰路に着く人が多かった。
郊外店に比べて小さめの駐車場に車を停めた。
家に帰るには少しだけ遠回りだ。
車内には子気味よくワイパーの音が響く。
バックミラーに映るコンビニの灯りを眺めた。
ネクタイをキツく締め、ディンプルを作る。
少し前に垂れた前髪を後ろに回した。
ドアを開けると車内の冷気が漏れ出す。
立ち上がろうとすると黒の革シートに手が張り付いた。
剥き出しの首元に湿気を感じた。
─自動ドアが開く。
リズムの良い音楽が入店を出迎えた。
レジには誰もいない。
どこからか2人ほどの声が聞こえた。
油の匂いが店内に広がっていた。
お菓子コーナーに一人。
ドリンクケースの前にもう一人。
この時間にしては珍しく多い。
すぐに右へ曲がり、少年誌を手に取る。
内容は頭に入ってこなかった。
「チキン揚げたてです」
抑揚のない言葉が店内に向けられる。
少し大きい制服の袖。
髪は後ろで適当にまとめられている。
気怠そうなのに、目だけは妙に静かだった。
メロンパンと缶コーヒーを手に取る。
疲れた時は甘いものを取ると決めている。
レジでは彼女が待っていた。
目元に少しだけ疲れが残っていた。
「タバコの─」
言い切る前に彼女は237番の煙草を2個持ってきた。
「ありがとう」
小さく礼を言って口元を緩めた。
「1193円です」
画面を確認した様子は無かった。
「お支払いは?」
「現金でお願いします」
コードバンの2つ折りの財布を開く。
トレイに2093円をそっと添えた。
油の奥から、いつもの優しい柔軟剤の香りがした。
「お釣り900円になります」
受け取る時に少しだけ手を掠めた。
ピンク色のネイルが少し剥げていた。
「袋はお付けしますか?」
「大丈夫です」
会話はそれだけだった。
煙草の空き箱を店内のゴミ箱に捨てる。
新箱のフィルムを剥いて店外に出た。
外に用意された灰皿の横に立つ。
煙草に火を付けようとライターを擦る。
ライター石だけが削れ、火花だけが散る。
「あー、もう」
仕方なく店内に戻る。
また、あの音楽が出迎えた。
店内をぐるっと回ったがライターは見つからない。
レジは彼女のままだ。
「すみません、ライターが欲しいんですが」
一瞬だけ目線が合った。
何も言わず後ろを振り返り、棚を漁る。
「これ良かったらどうぞ」
ライターを差し出す。
「本当はカートン買った人用のですけど」
「いいんですか?」
「まあ…いいと思います」
「ありがとうございます」
簡単に感謝だけ伝えて店を出た。
元の場所に戻り、煙草に火をつける。
ポケットからスマホを取り出し、自分の番号を確認する。
別に、何かする訳じゃない。
ただ、もし渡したらどうなるんだろうと思った。
気持ち悪いだろうか。
困らせるだろうか。
─それとも。
ガラスの向こうで、彼女がこちらを見た気がした。
慌てて目を逸らす。
遅れて心臓の鼓動が大きくなる。
財布からさっきのレシートを取り出した。
手の甲にそれを乗せ、裏に走り書きする。
煙草を灰皿で押し消す。
大きな火種が灰皿に沈んでいく。




