38.買い物と錬金素材
泣いて喚いて歓喜して、情緒不安定の限りを尽くして一日中ヴィルの手を焼いたシャナは、清々しい気分で朝を迎えていた。
相変わらず髪はギシギシと軋んで絡まり、肌もカサカサと荒れてコンディションは最悪・最低を絶賛記録更新中だが、それでも気分は晴れやかである。
何せ、この世界でも米が主食として食べられている地域があるのだ。さらに味噌と醤油もあるという。それだけでこの世界でも生きていける気がしていた。
「世界が輝いて見える……」
「シャナは本当に大丈夫なんですか……?」
「わからん……、あまり触れてやるな」
宿の食堂で朝食をつつきながら窓の外へ目を向け、朗らかにほほ笑むシャナ。その様子と昨夜の様子が結びつかず、若干引き気味のエドガー。経緯は知っているものの理解が及ばず、大丈夫とは言えないヴィル。
三者三様の朝の光景だった。
そんな混沌とした朝食を終えた一行は、二日振りとなる戦闘訓練のため、平原へ繰り出した。
ギルドで採取と討伐依頼を受注し、どこからともなく湧いてくる角兎と大野鼠をひたすらに狩る。狩る。狩る――。
「エドガー、常に次の行動を考えながら動け! シャナは魔法だけじゃなく杖も使え!」
「はいっ!」
「へぁい……っ!」
相変わらずスパルタ教官なヴィルから、的確かつ鋭い指摘が飛んでくる。たまに蹴り飛ばされた魔物も飛んでくる。
生き生きと返事をするエドガーに比べるとシャナの疲労具合が目立つが、それでも指導初日よりは動けている。と、思いたい。
休憩と称した解体や採取を挟みつつ、日が傾く頃にはシャナのレベルも上がっていた。
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クラシャナ/25歳
称号:爛れ顔の聖女
職業:聖女/E級冒険者
レベル:15
状態:精神的疲労/栄養不足/肌荒れ
スキル:魔法適正/光魔法/闇魔法/水魔法/土魔法
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魔法はあと風と火、それに治癒があるらしいが、まずはすでに覚えているものを使いこなすのが先、ということで覚えるのは後回しにしている。
光魔法の中に治癒に関するものがあるのかと思っていたが、どうやら別系統として分類されているらしい。
日暮れ前には冒険者ギルドで依頼達成の報酬を受け取ることができた。なお、指導料としてヴィルには報酬の総額から二割を渡し、残りをシャナとエドガーで分けている。それぞれ一人分の報酬から一割をヴィルへ支払っている形だ。S級冒険者への報酬としてあまりに低い割合で、ギルド職員には驚かれたし、何度も確認された。
冒険者間での指導に関する金銭のやり取りは問題になりやすいため、ギルドに契約内容を提出することが推奨されている。義務にしたところで出さない奴は出さない、とヴィルが肩を竦めていた。
契約内容の提出をしていない場合、問題になったとしてもギルドは仲裁してくれないので、基本的に下位冒険者が泣き寝入りすることになる。場合によっては金銭だけでなく、命まで奪われる可能性もあるらしい。物騒が過ぎるとシャナは身震いした。
ヴィルへ指導料を支払ったとしても、エドガーと二人のときより稼ぎは良い。ヴィルが手心なく群れを差し向けるので、討伐数が多いおかげだ。もう少し配慮を学んでほしいところではある。
そんなわけで購入した武器や防具の代金分を補填できたシャナは、ほくほく顔で二人を見上げた。
「今日も公衆浴場に行きたいんだけど、その前に必要なもの買い物していい?」
「えっ、また行くの?」
昨日の風呂上りの様子を思えば驚かれるのも当然である。エドガーでなければ「懲りろ」とか「学べ」と呆れられていただろう。
「昨日はちょっとやなことあったけど、今日はもう大丈夫だから!」
「……まぁ確かに、今日もたくさん汗かいたしね」
「なら行くか。何買うんだ?」
呆れた顔で話がまとまるのを待っていたヴィルに問われ、シャナはむふん、と鼻を鳴らして得意げな笑みを浮かべた。
「レモンと蜂蜜!」
風呂に必要なものとは思えず、ヴィルとエドガーが顔を見合わせて首を傾げていたが、特に何も言わずに市場へ向かうことになった。
おそらく、シャナの奇行に慣れてきたか、何を言っても無駄だと思われている。
市場で目利きのできるエドガーに少しばかり傷みのあるレモンを選んでもらい、安く購入することができた。
蜂蜜は別の露店でダンジョン産というものが小さな瓶で良心価格で売られていたのでそれを購入した。
「ね、あのトカゲみたいなの売ってるのってなんのお店なの?」
蜂蜜を購入した露店の向かいに、トルトゥの街でも見かけた干した草や丸焼きにしたようなトカゲなど、怪しげな雰囲気を醸し出す露店があった。
前から気になっていたのを思い出して、袖をひいて小声でヴィルに尋ねてみる。
「あぁ、あれは錬金術や薬の素材を売ってる店だ」
「錬金術!」
唐突に出てきたファンタジックなワードに、思わずシャナのテンションが上がる。
「嬢ちゃん気になるなら見てっとくれよ。お貴族様御用達の保湿剤にも使われるスライム液があるよ」
「保湿剤?!」
思わず上げた声が聞こえてしまったらしい。素材屋の店主が手招きで声をかけてきた。
ヴィルがわずかにシャナとの距離を詰めたのだが、シャナ本人はそれどころではなくて気付かずに身を乗り出す。なんたって保湿剤である。
招かれるまま露店へ近付き、スライム液なるものを見せてもらう。
瓶詰めされたそれは無色透明で、傾けるととろりとした粘度があることがわかる。
「無毒化の保証書付きだよ。今日はそろそろ店仕舞いだから少しくらいなら負けたげるけど、どうだい?」
「質感を確認してもいいですか?」
「構わないよ」
店主の了承を得てコルクの蓋を開け、中の粘液を僅かに手のひらに垂らした。
特に匂いはないようである。指先で粘度を確かめつつ伸ばしてみれば、しっとりと肌を保湿してくれる。乾燥していた手もカサカサ感がなくなり……しっとりを通り越してベタつきすら感じる。
日本の保湿ローションに近いものかと思ったが、実際に肌に塗った感触としてはワセリンに近い。
「べたべたする……」
「そりゃそうだ。水で薄めて使うもんだよ」
「なるほど……」
頷きつつスライム液の瓶を揺らして思案した。
保湿剤に使われるということや、使い方からするとおそらくこれは地球で言うところのグリセリンに近い。
使い道を思い浮かべてシャナの口はにんまりと弧を描いた。




