39.手作り化粧水とリンス液
購入したレモン、蜂蜜、さらにスライム液などを抱えてシャナは宿に戻ってきていた。
買い物後、そのまま公衆浴場に行くつもりだったのだが、地球で言うグリセリンに当たるスライム液が手に入ったことで、急遽予定を変更したのだ。
手間ではあるが、街中で済ませるには少しばかり難しいので仕方がない。
「シャナは錬金術が使えるの?」
「使えないよ。でもスライム液でいいものは作れる、はず」
「いいもの?」
宿の部屋で買ってきたものを机に並べてにんまり笑うシャナに、ヴィルとエドガーが首を傾げて怪訝な顔をした。
「二人にも分けてあげるから手伝って」
「何ができるんだ……」
素直に頷くエドガーとは真逆に、ヴィルの眉間には皺が寄っている。
錬金術師でもない異世界から来たシャナが何をやらかすつもりなのか、気が気でないというのが一番近い心境だろう。
シャナもさすがに訝しまれていることは察しているが、だからと言ってやめる気はない。
「いいものはいいものだよ。はい、これにレモン搾って。種は除いてね」
共に購入したボウルのような器と、半分に切ったレモンをヴィルに押し付けた。
押し付けついでにボウルとレモン、ヴィルの手に”浄化”をかけるのも忘れない。
「俺は?」
「エドガーはこっち。ここに水を入れるから、よく混ぜてほしいの」
「わかった!」
素材店でスライム液を定価で買う代わりに、たくさん売られていた小瓶をいくつかおまけしてもらっていた。それらにも”浄化”をかけてある。
三つの小瓶にスライム液を一滴、二滴、三滴と量を変えて入れてある。
水魔法でそれぞれに水を半分ほど注ぎ、コルクで蓋をしてエドガーに任せた。なお、分量はすべて目分量である。スマホには細かな分量や比率もメモしてあるのだが、軽量できるほど器具が揃っていない。
「できたぞ」
「うわ。ありがとう」
石をも砕く握力で搾り尽くされたレモンはなんとも哀れな姿になっていたが、おかげで余すことなく使えそうである。
エドガーに任せたのとは別の小瓶三つにレモン汁を均等に分け、スライム液を一滴ずつ垂らした。
「これも混ぜるのか?」
「うん、でもその前に蜂蜜もちょびっと……」
エドガーが小瓶を両手に持ち振りたくる様子を見ているせいか、ヴィルがすでにコルクを用意してくれていた。察しが良くて助かる。
レモン汁にスライム液を混ぜたものに、さらに蜂蜜をそれぞれ一匙ずつ垂らす。最後に混ざりやすいよう水魔法で水を足し、さぁどうぞとばかりにヴィルへ渡した。
肩を竦めつつ蓋をしたヴィルが小瓶をそれぞれ振り始める。
「シャナ、こっちは?」
「混ざった? ありがと! とりあえずその状態で配合を確認してみるよ」
スライム液の分量を少しずつ変えた水溶液を木匙の先につけ、腕の三か所それぞれに塗ってみる。
スライム液のままだとワセリン並みにべたついたが、水溶液としたことで塗った後もさらりとしている。三滴のものはまだべたつきが強いのでもっと薄めた方がよさそうだ。
一滴のものが使用感は一番心地よく感じたが、乾燥が強い部位には二滴のものの方が良いかもしれない。こちらは使い分けることにする。
「とりあえず一滴でちょうどいいかな。よし、こっちにも蜂蜜投入!」
スライム液一滴の水溶液には直接、二滴の水溶液には水を増やしてから、蜂蜜を垂らしてエドガーに混ぜてらもう。
三滴のものはもったいないので加水だけして蓋をした。
「結局なにを作ってるんだ?」
「スライム液の方が化粧水。レモン汁の方がリンスだよ」
「化粧、すい? りんす?」
聞き覚えのない単語に首を傾げるエドガーに完成した化粧水とリンス液の入った小瓶をそれぞれ渡す。見分けやすいよう、化粧水の方には瓶の口に紐を結んでおいた。
「百聞は一見に如かず。早速お風呂で試してみよう」
やっぱり顔を見合わせては首を傾げ、「言っても無駄か」とばかりに肩を竦める男たちに簡単に使い方を説明し、足取り軽く公衆浴場へ向かった。
おそらく問題なく出来ているはずだが、実際に使ってみなければ成功かはわからない。風呂上りの二人の反応が楽しみである。
昨日も風呂で一緒になったご近所マダムの「今日は高級石鹸持ってきてないの?」という視線を無視して、備え付けの石鹸で髪を洗ったシャナは、お湯を張った桶に持ち込んだレモン汁+スライム液+蜂蜜でできたリンス液を垂らす。
|高級品を持った見知らぬ旅人が不思議なことをしている、と好奇心や疑わし気な視線がちらちらと向けられるが、絶対に視線を合わせるものかと無視し、リンス液を溶かしたお湯にギシギシと軋む髪を浸した。
全体に馴染ませれば、先ほどまでギシギシと悲鳴を上げていた髪がするりとほどけるように指通りが良くなった。
思わず「おぉ……」と感動の声が漏れてしまう。
試作がうまくいった確信と、泣きたくなるほど嫌だったギシギシ髪との別れに小さくガッツポーズまでしてしまった。
マダムたちが息をのみ、目を丸くして髪を凝視しているのを感じて、シャナの鼻は高々である。
そもそも、なぜ石鹸で髪を洗うとギシギシになってしまうのか。
それは本来は弱酸性が望ましいとされる髪のpHが、石鹸によりアルカリ性に寄ることでキューティクルが開くためだ。
そこでレモン汁の酸性を塗布することでアルカリ性に寄ったpHを元の弱酸性に戻してやれば、キューティクルが閉じて指通りが滑らかになるのである。……とかそんな感じだった。
今回はそこにグリセリン代わりのスライム液を混ぜて保湿力を高め、さらに蜂蜜で栄養と保湿性をさらに向上させたリンス液としたわけだが、初めて作ったにしては大成功だった。
酸性に偏りすぎるのもよろしくないため、最後に頭からお湯を被ってリンス液を洗い流し、上機嫌で浴場を出た。
マダムたちから話しかけられる前に逃げたともいう。
脱衣所に戻るなり、水気を拭くのもそこそこにスライム液+水+蜂蜜の化粧水を顔に塗布してペッティングすれば、この世界に来てから乾燥して荒れ放題だった肌に、潤いがじんわりと沁み込むのを感じた。
「あぁ~……染みる……」
久々の保湿なので二回、三回と化粧水を肌に吸わせれば、もっちりと手に吸い付くような肌になる。
こちらの化粧水も大成功と言えるだろう。
さらりと指通りの良い髪と、しっとり潤った肌。それにメモしたっきり、試したこともなかった手作りリンスや化粧水レシピが成功したこと。
シャナは浮かれ切った鼻歌交じりに公衆浴場を出た。
「ふんふんふーん♪」
「……」
「……」
「……ふっふーん」
すでに外で待っていたヴィルとエドガーが狐につままれたような顔をしているのを見て、盛大なドヤ顔を披露してやった。




