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メスガキ転生  作者: KaZuKiNa919
第七章 転生教団の闇
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第54話 復讐の権利

 「うーん、おかしい、絶対おかしいぞ」


 疲れ果てた顔でベンの店の前まで帰ってきたベーオウルフの面々、彼女らが見たのは店の外で焦燥した顔で右往左往するベンの姿だった。


 「おいベン、店の前でうろちょろしてどうした?」

 「あっ魔女さん! それがケイトさんが来ないんですよ!」

 「ケイト殿が?」


 普段甲斐甲斐しく働く金髪ウエイトレスのケイトがその日仕事に出ていない。

 店主のベンは何かあったんじゃないかとずっと心配して、店を臨時休業にし、ケイトの住んでいる住居に向かったが、そこでもケイトは見つからなかった。

 近隣の住民の話ではケイトはいつものように早朝家を出ているのを目撃されている。

 少なくとも早朝出勤はしているのだ。しかし通勤時なにかあったのか、その後雲隠れしてしまっている。


 「人攫い……」


 オーグは真っ先に人攫いではないか危惧した。

 この街の治安はお世辞に良くない。だがその呟きを聞いたベンは事態を想像して、顔を青くした。


 「そんなケイトが人攫いに……あぁ」


 思わず卒倒するベンをコールガは支えると、彼を励ました。


 「まだ希望を捨ててはなりません、人攫いとは限らないのですから」

 「だが風邪で寝込んでいるって訳でもないんなら事件に巻き込まれた可能性はあるよな?」


 オーグもケイトの無事を信じているが、何があってもこの街ではありえるのだ。

 神様はサディストだ、どんな非情な運命をケイトに与えたのかはわからない。

 ただオーグ自身は神なんてクソ喰らえだ、運命は自分で切り開く。


 「お前ら、手分けしてケイトを捜せ!」

 「了解であります!」

 「ベンは憲兵に被害報告をしろ、あまりアテにはならないが、ないよマシだろう」

 「わ、わかりましたっ!」


 こういう時こそオーグは的確な指示を送って、中核としての才能を存分に振るう。

 一行が一斉に動き出すと、オーグもまた静かに街の闇へと走り出す。




          §




 城塞都市メメントにはいたる所に貧民街(スラム)がある。

 そこは治安もクソもなく、毎日どこかで人が殺され、麻薬が売られている闇の世界だ。

 だがそこに住んでいるのは訳ありばかり、好きでそこの住んでいるのはほんの一握りだろう。

 そしてそのほんの一握りに、顔をフードで隠した青年はある粗末な小屋の主の前で座っていた。

 小屋の主は高齢の女性で、全身に皺があり、目が見えないのかずっと閉じていたが、厳かな声で、老婆は言う。


 「鮮血の鳥こそおヌシの風見鶏(かざみどり)……それはおヌシを導き、おヌシが導く……されどその赤き鳥は、おヌシを冥府へと誘う……それは凶星となろう……それでもいくかえ?」


 厳かに、まるで歌うようにその高齢の女性は宣告した。

 齢百を超える何やら怪しげな呪術士(シャーマン)だが、青年は彼女の託宣(ハンドアウト)を信じていた。


 「俺の復讐が果たせるなら本望だ……」


 託宣を受け取った青年は老婆の前に、銀貨の詰まった袋を置くと立ち上がった。

 青年の顔は復讐者というには端正で、どこか稚さがまだ残る。

 だが己のすべきことになりふり構わぬ強靭(きょうじん)な意思で彼は小屋を出た。


 「日の沈む月に行け……おヌシに祝福を」


 青年は礼をすると、ローブを着直してハーレムを歩きだす。

 老婆の託宣は抽象的な言葉が多く、そのすべてを解読するのは困難だ。

 だがヒントはある。『日の沈む月』だ。

 彼は直ぐに太陽を探した。この世界を等しく照らす太陽……彼は迷わず日没する方角へと歩き出した。

 ただ問題は『月』だ、月は逆から上がってくる。

 これは矛盾であり、月にはなんらかの婉曲(えんきょく)的な表現が含まれていると見ていい。

 だが青年はあの老婆の託宣を疑わない。

 老婆の託宣があったからこそ、青年は反魂の法を操る邪悪な教団にたどり着いたのだから。


 犬に転生させられた妹の無惨な姿、それを思い出す限り彼は憎悪を滾らせ、復讐を誓うのだから。


 「ち……こっちも外れか」


 やがて、彼は慣れた調子で貧民街を進む、貧民街では珍しい広場に出た。

 広場は元々は街の公園のように建設されたが、結局は目的通り使われることはなく、広場に敷地められたブロックもひび割れていた。

 そんな広場のど真ん中に、派手なピンクの髪をした小さなメスガキエルフがいることに気付いた青年は足を止める。

 そのメスガキエルフには見覚えがある。確かアリス……いや違う。

 メスガキエルフは周囲を一瞥すると、直ぐに青年に気が付いた。


 「あっ、暗殺者野郎てめー! ここで会ったが百年目だ!」


 見つけるなりいきなり喧嘩を売ってくるメスガキに青年は溜息を吐いた。

 アルバシア地方南端、古戦場にもなったフロスガール城で遭遇した時と全く同じ様子である。

 相変わらずこのメスガキエルフは喧嘩腰で、何故恨まれているのか青年には心当たりがなかった。

 だが前回は敵の敵は味方で、共闘したが今は別だ。

 青年はキツイ眼差しでメスガキエルフを睨むと、警告した。


 「俺は貴様と関わり合う気はない……!」

 「俺様にはある! テメェに殺されたこのオーグ様にはなぁ!」

 「なに……?」


 青年は驚くと目を開いた。

 過去にケチな盗賊の頭領の暗殺を依頼された。

 たしかあの時のターゲットは龍のキバの頭領オーグ。

 反魂の法の教団を追う過程で、教団は魔導具(アーティファクト)を集めていると知った青年はクラリス・ティアーの実家が家宝としていた『フェニックスの魔石』が城塞都市メメントの商人に売られ、それが龍のキバ団に強奪されたという。

 大変貴重な品らしくそれは指輪の飾り石にされていたが、謎の魔導具故に教団は必ず狙うと踏んだ。

 そして実行当日、冒険者に討伐依頼を出して、その間に偽装しオーグへと接近。オーグを一撃の元に仕留めた。

 依頼を完了した彼に待っていたのは狂乱する龍のキバの手下たち。

 青年は手下には取り合わずアジトを脱出し、教団の行方を追ったのだ。


 「貴様本当にあのオーグなのか?」

 「あぁ、そうだ! テメェの性で俺様はこの姿だ! なんの恨みでやりやがった!」


 青年はこの少女を正確に見定めようとした。

 少女オーグは確かに死んだ筈のアリスと瓜二つ。

 まさかと思い、青年はオーグに質問をぶつけた。


 「反魂の法か? お前の前に怪しい教団は現れたのか?」

 「……いや、俺様は会ってない、そもそもお前に心臓を刺されて直後に意識は失った。気がつけばこのザマだ」


 オーグは首を横に振り、青年は目を細める。

 で、あろうな。青年は暗殺を生業とし、オーグのような巨漢を一撃で絶命させるならば、頸動脈か心臓の二択しかない。

 そしてはっきり心臓を穿ったのだ。持って意識は数十秒、この短い時間で反魂の法の教団が禁呪法を行うには時間が足りないだろう。

 教団もまた、禁呪を使うのは、どうやら不幸な人間を対象にしているらしい。

 この観点から言えばオーグは教団が目を付ける対象とは考え難い。


 しかしそれならばこのメスガキエルフはなんなのか?

 青年は反魂の法によってオーグがアリスの肉体を奪ったと考えている、しかし何故か?

 青年が思い出したのはフロスガール城での乱戦中、クラリスの言質(げんち)だ。


 クラリスはアリスを殺した。なんで生きていると、何度も言っていた。

 つまりアリスは教団と繋がりがあったが、なんらかの理由で暗殺され、路地裏に打ち捨てられたのだろう。

 だが……そうなると矛盾がある。反魂の法は死者には使えない。魂を失った肉に魂を移し替えることは不可能だ。

 もしもそれが可能ならば、それは完璧な転生の呪法ということになり、あの教団が使う禁呪よりも上の魔法になる。

 オーグ、あるいはアリスがそんな神にも等しい魔法を扱えたのか?

 疑問は尽きないが、それよりもオーグは青年に歩み寄ると、その胸ぐらを強引に掴んで顔を引き寄せる。


 「おい暗殺者! お前あの反魂の法を使う奴らを追っているんだろ? こっちにも情報を寄越せ! アイツらは人としての道を踏み外してやがる! 俺様がとっちめてやる!」

 「……貴様が奴らを追う理由はそれだけか?」

 「っ、本当はアタシがなんでこの子の体を奪ってまで生きているのか知りたいっ! 真相は奴らじゃないとわからないでしょ!」


 急に女っぽくなったり怪しいエルフだが、オーグが身勝手に人のすべてを奪い去る教団の奴らとは違うということだけは分かった。

 そしてこの少女もまた、復讐の権利を持ち得るのだ。


 「いいだろう、しかし奴らの居場所は俺にもわからん。奴らは巧妙に姿を隠している……俺が持っているのは託宣だけだ」

 「託宣? それは?」

 「日の沈む月にいけ……」


 オーグは怪訝な顔すると、その言葉を復唱した。

 日の沈む月? 日はすでに沈み月は逆から上がっている。

 まるで謎掛けだ、オーグは頭を使うことは苦手だ。だがアリスの頭脳明晰な知能はふと、天啓のように閃かせた。


 「この広場……やっぱり!」


 オーグは足元を見る。広場の足元には天体図を表すモザイクアートのように色付きレンガが敷き詰められていた。

 それは世界を中心に、太陽と月の周回軌道が描かれている。

 その位置関係、月は世界の内側を周り、太陽は外側を周る。


 「……こっちか!」


 オーグは迷わず走り出した。

 青年はこの少女に望む答えがあると賭け、その小さな背中を追いかけた。

 オーグは自分ですらさっぱり解らない天文学の知識が脳裏に浮かび、まるでパズルのピースが勝手に組まれるかのように答えを鮮明にしていた。


 「日の沈む月、月食だ……月食が示すのは――」


 彼女は貧民街にある一つの教会の尖塔を見上げた。

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