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エピローグ


「強く~なれる~、信じてる~。きーみはー」


 お気に入りのアニソンを口ずさみながら、俺は我が家にある石窯でピザを焼いていた。ちなみにこの石窯、俺は前世でも欲しかったが庭にそんなものがあると邪魔との両親の反対で買えず、今世でこの家を買う段階になって俺の強いプッシュがあって実現したものだ。


 製作も知り合いの天才ドワーフの少年に依頼したから、性能も抜群。遠赤外線でふっくらとしたパンが焼けるのだ。久しぶりに家で趣味の料理に没頭するうち、俺はふとマノアでの出来ことを思い出す。


 あのマノアの事件から既に二週間が過ぎていた。すぐに帰りたいと思った俺だったが、マノアを救援した後も、周囲に残党がいないかを調べたり、崩落した家屋に巻き込まれた人たちを救援したり、傷ついた人を癒したり、死んで間もない人たちの蘇生を試したりとストレイキャッツは大忙しだった。俺はというとその間、偉い人の前に引きずり出されて、延々と続く賛辞を、「ええ」とか「はい」と死んだ魚の眼で答え続ける苦行をしていた。


 ひと段落した後は、ストレイキャッツを歓待する宴が開かれた。本当は断りたかったが、地元の名士たちとの関係を憂慮したクラーク将軍に頼まれて、結局開いてもらうこととなった。だが俺が思い悩んだ通り、パーティーは俺たちを口説く合コンのような有様となっていた。この世界、優れた力は遺伝すると頑なに信じられている。戦いでは量より質が凌駕し、少年漫画の世界のように個人の戦闘力の乖離が激しい世界でもあるのだ。なので、冒険者であろうと優れた力を持つものには、貴賤を問わずに食指を伸ばしてくる。


 容姿に自信のある令嬢や子息が、こぞって皆を口説いていたなあ。ナナは流石に口説かれなかったし、手にした皿に天井にまで届くぐらいの飯を積み上げ、ひたすらかき込んでいたノアも敬遠されていたが、アレクやスタン、エリスには砂糖に集る蟻のように群がっていたし。アレクとエリスはすげなく追い返していたし、令嬢たちを両肩に抱き、キャバクラで豪遊みたいに振る舞っていたスタンも結局は一線を超えなかったが。


 ちなみに俺にも、外聞的に恥ずかしくないような12、3歳の美少年ショタが何故かわいわい集まっていた。ナナとあまり変わらない体型の俺を合法的に口説く手法だったのだろうが、俺にそんな趣味はない。まとわりつくショタ共を振り払うのは大変な労力であった。


「やっぱ、我が家が一番だなあ。うん、美味い」


 料理を作る合間、手にしたグラスに入ったワインに口をつける。口にした瞬間、鼻腔を駆け抜けるその香しさと芳醇な味わいは、俺が前世では飲んだことがないレベルだ。これは、マノアでのパーティーで出たワインを俺が気に入り、それを偶然見ていた好事家の人からマノアを救ったお礼として何本も譲られたものである。


 ぶっちゃけ、今回でのクエストでの最大の報酬はコレといっていい。本来なら討伐したワイバーンの素材や、討伐費用はかなりの報酬となる筈だったが、比較的無事だったとはいえマノアは今後復興していかなければならない都市だ。アレクが寄付を提案をし、皆も頷いたため、その報酬は全てマノアの復興費用とすることとなった。


 別に金には困ってないし、特に異論はなかった。それをパーティーで市長が大々的に発表し、会場は狂喜乱舞となっていた。ただ、問題はそれを発案したというのが何故か俺ということになっていたことだったが。


「はあ、でもやっぱり平和が一番だなあ」


 帰ってきてから一週間、特に何事もなく日常が過ぎて行っている。その間、俺はずっと家にこもってひたすら家事と読書に明け暮れていた。こんな穏やかな日がずっと続いてほしいと切実に思う。


 クラーク将軍が今回の功績で、俺たちは王宮に呼ばれると話していたから、また面倒くさいことになるかも知れない。「まだその域には達していないので、行けません」と言ったときの、クラーク将軍の困ったような笑いを思い出す。半分冗談だと思ったのだろう。まあ、半分以上は本気なんだけどね。


「ん、リコ姉、いい匂いがするー」


 ピザが焼き上がるのをゆっくり待つ間、庭でいつも日課の型の訓練を終えたノアが、鼻をスンスンさせながら火に引き寄せられる虫のように飛んでくる。ノアは小麦色の肌に汗を滴らせながら、石窯の中をジィと覗き込む。


「もう少しで出来るから」

「お腹空いたー。ピザー、早く焼けろぉ」


 今日は皆が家にいるので、昼間から庭で食事をすることとしたのだ。幸い天気もいい。日は申し分なく照っているし、春のそよ風は心を和ませてくれる。庭にあるテーブルには、小洒落たテーブルクロスを敷き、その上には花も飾っている。上等なワインも用意したし、ピザももう少しで焼き上がる。


「姉様、ありました。以前フィーネさんから頂いたワイングラス」


 エリスが箱を両手に抱え、家から出てくる。エリスには知り合いに貰った高価なワイングラスを探してもらっていた。今日は徹底的に凝ろうと思っていた際に、そんなものを貰ったことを思い出していたのだ。


「ちょうど六人分あったのです。でも、僕はお酒は飲めないのです」


 エリスの後ろからは、ナナも現れる。エリスと一緒にグラスを探してくれていたのだ。


「ノアとナナにはレモネードがあるから、それに入れればいいよ」

「それは妙案ですわね、姉様。よかったわね、ナナ」

「はいっ‼ 僕、出来ればそこに蜂蜜も入れたいのです」


 甘いものが好きなナナは、笑顔で無邪気に喜んでくれる。その笑顔を見て、俺は前世の甥と姪を思い出す。あの子たちもこんなふうに素直に喜んでくれていたなあ。


「んぅ、もう出来上がったかあ」


 庭の木に掛けられているハンモックから、スタンが起き上がり、猫のように大きく伸びをして見せた。


「スタン君、たまに帰ってきたと思えば、昼寝ばかり。手伝っても罰はあたらないわよ」

「わりぃ、エリスの姉貴。昨日、少しばかり羽目を外しすぎちゃってさあ」


 ハンモックから降りたスタンは、ぷんすかとわざとらしく怒るエリスに手を合わせて謝る。スタンは出会ったときから何故かエリスにだけは素直なんだよなあ。


「姉さん、一通り終わりました。書類の確認、後でお願いしてよろしいですか」

「わかった、ありがとうアレク」


 アレクが家の中から出てくる。いままで冒険者ギルドに提出する書類の作成をしていたのだ。冒険者はただ冒険だけしていればいいという訳ではない。むしろ、パソコンなどがないぶん、手続きはしっかりやろうと思えば思う程煩雑となる。ウチではアレクが基本担当してくれているが、最終確認は何故か俺となっている。まあ、二人で確認したほうが確実だが、今までアレクが書き間違いなどをしたことは俺がみる限り今まで一度もない。


「うん、いい感じ」


 ピザはちょうどいい出来栄えとなっていた。マルゲリータやシーフード、ベーコンにアスパラといった定番の具材だ。それをテーブルの上に運び、各自がテーブルの上につくと皆でお決まりの挨拶をする。


「いただきます」

「「「「「いただきます」」」」」


 ここの世界ではない国の、食事の挨拶。だが、ウチでは既にお決まりとなっている挨拶。それを済ませると、ピザを切り分けてそれぞれの皿へと移してく。皆、思い思いに好きな具材を手に取り口にすると、目を細めながら褒めそやす。


「うん、美味い。流石です、姉さん」

「姉様の料理の腕はアストリア一、いえ、世界一ですわ」

「確かに、こいつだけは認めざるを得ねえなあ」

「ノア、リコ姉の料理が一番好きー」

「僕もリコお姉ちゃんの料理が大好きです」


 皆の賛辞を聞きながら、前世で家族に飯を作ったことも思い出す。親父は「独身のくせに、本当にお前は」と苦笑いをしながらも、よく「また作らないのか?」と催促してきたなあ。お袋も、「結婚さえできればいい親になれそうなんだけど」と困ったように俺の顔を見てきた。甥の健ちゃんは、「母ちゃんより美味い」と大声で言っては妹の節子に、「道楽料理と一緒にすんな」と頭をはたかれていたなあ。姪の優ちゃんは「今度作り方教えて、伯父さん。一緒に作りたい」って、よく言ってくれったっけ。まあ、その約束は叶えられなかったけど。皆、今はどうしているのだろう。


「姉様、どうしました?」


 気付くと、涙ぐんでしまっていた俺を皆が心配そうに見ていた。


「ううん、なんでもないよ。ただ、ゴミが目に入っただけ」

「そうですか、ならいいんですけど」


 釈然としないながらも、エリスはそれで納得してくれたようだ。センチメンタルになるのはよそう。今の俺はリコであり、この子達が俺の家族なのだ。あの、劣悪なスラムで出会い、七人で力を合わせて生き抜いてきた。俺の、掛けがえのない家族。


「でも、最近は何も大ごとがおこらなくて良かったね。最近出ずっぱりだったから。暫くこんな日が続くといいなー」

「そうですね。本当にこのままでいってくれるなら、杞憂で終わるのですが」


 場を誤魔化そうと陽気にいった俺の言葉に、アレクは穏やかに微笑みながら頷く。ん、杞憂ってどういうことだろう……?


「あっ、馬車がくる」


 そんな疑問をノアの声が遮る。


「えっ⁉」


 俺はその不吉な言葉に、周囲を見回す。いまだ姿は見えないし、馬車の音も聞こえないが、それでも俺はノアの五感の鋭さを知っている。背筋を緊張が走る中、果たして俺の耳にも馬車の音が聞こえてきた。


「来るな」

「姉様……」

「来るな、来るな、来るな、来るな」


 まだ俺の家に来ると決まったわけじゃない。ありったけの念を込めて、家の前方に射出する。だが、効果などは当然一切なく、俺の願いもむなしく、馬車は家の前へと止まった。畜生、来やがった。


 そして馬車から降りてきたのは見知った女性であった。ギルド服を優雅に着こなす、赤毛の少女。彼女は馬車から降りるなり、安堵したかのように瞳に涙を浮かべ、そして俺の方に駆け寄ってくる。普段なら、可愛いと思えるリリィのその姿が、しかし今の俺には悪魔のように思えた。


「リコさーん、助けて下さぁーい」

「来るなあああああ‼」


 俺は立ち上がり、家へと逃走を図る。しかし数秒後、叫びもむなしくリリィのアメフトタックルの前にダウンさせられ、指名依頼を懇願される羽目となっていた。どうやら、俺の安息は当面、まだまだ先のことになりそうだ。


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