第百八十九話 傭兵ギルドからの依頼
「よく来てくれた。先ずは今回の件、傭兵ギルドのマスターとしてお礼を言わせてもらおう」
そう言ってマスターが頭を下げた。マスターは唇が分厚く、左右の目の間隔が広めな魚っぽい顔な中年の男性だった。
「……好きでやったことです」
「ま、目の前に魔物がいりゃ倒すしかないよな」
ケントは自らの功績を必要以上に主張することはなかった。バーバラは相変わらず豪快な口ぶりである。
他の三人は相手がマスターということもあり恐縮している様子だ。
「ふむ、ここで増長もせず謙虚なその姿勢。ますます気に入ったのである。そこで、君たちの腕を見込んでギルドから一つ依頼を出したいのだが、受けてくれるか?」
「……内容による。俺たちもそんなに時間に余裕はない」
「そのことだが、君たちはここで船を手に入れに来たのだろう? ならばこの依頼を受けてくれたなら、その船の代金はギルドの報酬として支給しようではないか」
「ふ、船の代金を支給?」
「願ったり叶ったりですね」
「でも、いい話には裏があるといいますし」
「よっしゃ! 一丁請け負うとするかい!」
「て、ば、バーバラさん!」
ケントの同級生である三人は慎重な姿勢を見せたが、そんなことお構いなしにバーバラが乗り気であった。
「なんだいなんだい。こういうときはね下手に迷わず受けとくのがいいのさ。問題があったらその時はその時。ま、その場合はあたいがぶっ飛ばしてやるけどね!」
「いやはや、女だてらに聞きしに勝る豪傑ぶりですな」
「うん、なんだいあんたあたいを知ってるのかい?」
「ふふ、これでも貴方と同じ傭兵ギルドのマスターですからね」
「あぁなるほど。でも、その情報はちっと古いねぇ。今のあたいはマスターをやめたただの護衛さ」
「なるほどどうりで」
どうりでとは、マスターがなぜこんなところにという意味合いが含まれていたのだろう。傭兵ギルドのマスターはその立場上、拠点の街から離れることはそうないからだ。
「……バーバラ、依頼についてはせめて内容を聞こう」
「ん? まぁ、確かにそうだね。じゃあ、内容教えなよ」
ケントに指摘され、バーバラがマスターに聞き返す。
「そうでしたな。依頼ですが、実はこれもあなた方の今後に関わること。そう、サハギンの退治です」
「……サハギン退治?」
「ということは、まだ他にもサハギンがいるのですか?」
「そりゃもう。サハギンがいくらでも出てくるので町の住人も日々恐怖に震え上がってます」
「それで、原因は判ってるのかい?」
「えぇ、冠種が出たのですよ」
「……冠種か――」
ケントは勿論、他の皆もこの世界にきてそれなりの日数を過ごしており、この中でそのことを知らないものはいない。
「冠種って種類があるんだよね?」
「一体、どの冠種なのでしょうか?」
「ふむ、それだが、最低でもキングは間違いない」
「それはまたどうしてだい?」
「ギルドから何人か傭兵が原因を探りに言ったのだが、その段階でジェネラルを一体倒している。だが、それでもサハギンが途絶えることはなかったのですよ」
「……つまりキング以上は確定というわけか」
冠種が現れると同種の魔物が大量に出現し、群れで行動するようになる。この群れはより上位の冠種であるほど統率が取れるようになり軍といって差し支えない勢いを示すようになる。
その上、最上位の冠種の下に下位の冠種がつくようになる。最上位は常に一体である為、それを倒してしまえば群れは瓦解するが、下位を倒しても当然変化はない。つまりジェネラルを倒しても状況に変化がない以上、その上のキング、もしくはエンペラーのどちらかであることが確定となるわけだ。
「冠種の居場所は判っているのかい?」
「大体は。ただ厄介なことにサハギンが形成したアジトはバイパススネイルの内部にあるのだ」
「バイパススネイル?」
「うむ、このあたりの川は先ず本流にキングスネイル川があり、そこからサイドスネイルとスネイルティルに分かれている。バイパススネイルはスネイルティルの途中で更に枝分かれし迂回して元の支流に戻る川なのだ」
だからバイパスかとケントは得心する。
「そしてバイパスする川に囲まれた場所にもちょっとした山があり、サハギンはその山の洞窟を拠点にしていると思うのだよ」
「話は判ったよ。でもそれが判っててどうしてこれまで対策出来なかったんだい?」
「先ず、アジトにいくまでに川に遮られているのが大きいのだ。川は幅五十メートルほどあってな。一応歩いて渡れる程度の深さの場所もあるのだが、川は完全にサハギンに支配されているのだ」
つまり渡ろうにも川に潜んでいるサハギンにやられる可能性が高いということなのだろう。当然だが水中では人間よりサハギンの方が圧倒的に有利だ。
「川に囲まれていて、その上、川にサハギンが潜んでいるなら確かに厄介そうだね」
「あんなのに川へ引きずり込まれたらと思うとぞっとしません」
「あぁ、ただでさえサハギンは女を好むから厄介なのだ。奴らは女を使って子を成すのでな」
「ひぃ……」
カコが短くうめいた。ゾッとしないと言った表情だ。
「とは言え、我々とていつまでも手をこまねいてばかりもいられない。だからこそ今回は動ける傭兵全て集めてサハギンを叩くつもりだった。そこで……」
「あたいたちにも加わってほしいってわけだね」
「戦力はできるだけ多いに越したことはない上、君たちの腕前はギルドのどの傭兵よりも強いだろう。だからこそお願いしたい」
ギルドマスターの説明を聞いたケントは力強く頷き、答えを示した。
「……そういうことなら、協力を惜しまない」
◇◆◇
依頼を請けてから1時間後、ケントたちはこの作戦に参加した傭兵たちと合流した。町でのケントたちの活躍は既に知れ渡っており、誰一人として彼らの参加に異を唱えることはなく、即戦力として期待された。
作戦に参加した傭兵は総勢50名。中にはギルドマスターの姿もあった。
そしてマスターが言っていた川にまで集結する。
「先ずは私が先手を切ります。魚変魔法!」
すると魚っぽい見た目のマスターがみるみるうちに鮫に変化していく。どうやら魚介類に変身する魔法のようだ。
そして鮫の姿で川に飛び込み、サハギンたちを蹴散らしていく。
「川に鮫……」
「魔法って便利だよね~」
「でも、これなら僕たちの出番がないのでは?」
「それは甘い」
傭兵の誰かがいった。すると間もなくしてマスターが川から飛び出してサハギンを引き連れながら戻ってきた。
「私の魔法、長時間持たないんです~!」
「よっし! お前らマスターを助けてサハギンを徹底的にぶったおすぞ! あんたたちも期待してるぜ!」
そして鬨の声を上げ、傭兵たちがサハギンに突撃していく。その後からケントたちも続いた。
対サハギンは陸の上では傭兵に分があるように思えた。離れた位置からは魔法や矢が飛び、着実にその数を減らしていく。
「ギョギョギョーーーー!」
だが、そこに一際大きなサハギンが上陸。どうやら冠種のロードとジェネラルのようだ。この二体は陸上でもかなりの強さを誇る。
更に冠種の影響で配下のサハギンのステータスも大きく向上した。優勢だった傭兵側の雲行きが怪しくなる、とそう思えたが。
「ようはジェネラルとロードを倒せばいいってことだね」
「……わかりやすいな」
「ぼ、僕たちは皆さんのサポートを!」
「おお! 何か力が湧き上がってくるぜ!」
「魔法で能力を向上させました。これで少しは役立てるといいのですが……」
「十分だありがとよ!」
「怪我した方は私が治しますので」
「助かる、こいつが負傷して動けないんだ」
「診ます! 任せてください!」
「おお、植物でサハギンの動きが止まったぞ」
「可愛い顔してやるな坊主!」
「か、かわいい?」
かっこいいではなく可愛いと称され微妙な面立ちなリョウ。とは言え彼らのサポート能力は高い。カコの付与魔法とチユの回復魔法は傭兵たちの大きな助けとなった。
「フンッ!」
「オラァ!」
そしてここに二人、桁違いに強い戦力がいた。ケントはその拳でサハギンジェネラルをあっさり大地に沈め、バーバラも斧の一撃でサハギンロードの頭蓋から股ぐらまで両断した。
「す、すげーぜあの二人!」
「これなら、勝てる!」
「よし、お前ら今のうちに川を渡れるやつは渡れ!」
そして何人かの傭兵は川渡りを試みるが、やはり水中ではサハギンに分がある上、川にはサハギンリーダーやサハギンボスが紛れており、中々上手く進まない。
「くそ、やはり川を渡るのが厳しいか」
「……なら、俺が向こう岸へいくとしよう」
「それは、助かるが水中のサハギンは手強いぜ?」
「……無理して川の中を進む必要もない」
「なんだケント。気が合うねぇ。あたいも同じこと考えていたのさ」
「へ?」
傭兵の頭に疑問符が浮かぶ中、ケントとバーバラは地面を蹴り、ダッシュした後、川岸から大きくジャンプ。五十メートルの幅も何のその、余裕を持って対岸に着地した。
「マジかよ……」
ポカーンとなる傭兵たち。するとケントとバーバラは振り返り残った仲間たちに向けて声を上げる。
「……そっちは任せた」
「うん! でもカンザキ君も気をつけて」
「こっちは僕たちでなんとかするよ~」
「む、無理はしないでくださ~い」
「安心しな、なんたってあたいがついてるんだからね!」
こうしてケントとバーバラはサハギンの頭を倒すため先を急ぐのだった――