第百八十三話 宮本 三喜之助の実力
ミキノスケの足下には転がる忍犬の骸。ミキノスケが犬好きなのは嘘ではなく、正直あまり気分のいいものではないが、かといって命を狙ってくる相手を殺さずに済ますほど器用でもない。
その両手に持たれた刀は大太刀と呼ばれる種の業物。しかも比喩ではなく本物の鬼の角を利用して鍛え上げられた一組であり、その切れ味たるや使い手次第では城すらも一刀両断にしてしまう。
かつてはこの大太刀によって百鬼夜行すらも殲滅させられたとされる。鬼の角で作られた刀が鬼の恐れる刀となり、それに由来して惨鬼と絶鬼という銘が与えられた。
尤もこれだけの大物である、一本扱えるようになるだけでも本来相当な腕が必要とされる。だが、ミキノスケはそれを二本、つまり二刀流で使用する。
その豪力たるや見たものを畏怖させるに十分な代物であり――殆どの忍犬が返り討ちにあってしまったキバの瞳も動揺に揺れていた。
ミキノスケの必殺の間合いから逃れることが出来たのは、僅か三匹だけである。
「さぁ、どないする? まだ続ける気かのう?」
キバの眼の前で見事二本目の太刀も抜いてみせた彼が言う。素直に降伏したほうが身の為だぞと発せられる空気が語っていた。
「……俺が迂闊だった。それは認めよう。だが、ここまでされて諦めるなんて選択肢はない――いくぞ!」
出鼻を挫かれ、戦意を失っていたかに思えた忍犬達だが、キバの一声で臨戦態勢を取り出す。
その顔つきに既に迷いはない。どうやらキバの言うように、互いの信頼関係に関してはしっかり築けているようであり。
「見せてやる、忍犬術犬遁――牙貫突!」
三匹の忍犬が一斉に地面を蹴り、高速の螺旋回転でミキノスケに迫る。だが、構えをとったその間合いに入る直前散開、一匹は地面へ、一匹は空中へ、一匹は範囲外から横を抜けてそのまま急旋回。
「牙貫突は攻防一体! 速さも桁違いだ。そして的確に貴様の死角をつく! 長過ぎる得物を武器に選んだのが運の尽きだ!」
ここでキバが語る死角とは、ミキノスケが物理的に刀を触れない範囲のことである。彼の刀は刃が長すぎるため、振るにしても横に、出来たとしても振り下ろす程度が精一杯と考えていた。
そのため、真下から来る攻撃には対応できず、頭上からの攻撃にしても上段の構えから振るしか手はない。だが頭上から迫る相手を上段で迎え撃つのは難度が高く、どうしても対応しきれない死角がここでも生まれる。
その上、牙貫突を行使した際の忍犬の動きはとても速い。あのような大太刀を、しかも二刀流で扱うなどといった変則的な戦い方では対応できるはずがない。
そう踏んだ上で――ミキノスケが立つ地面から、そして斜め上から同時に二つの牙貫突が迫る。
ミキノスケは上段の構えすら取っておらず、これから構えを切り替えるようではどう考えても間に合うタイミングではなかったのだが――
『――ッ!?』
二匹の声にならない声。完全に仕留めたと思われたタイミングで仕掛けた二匹であったが――気づいてみれば逆に二匹纏めてミキノスケに斬られてしまっていた。
しかも一太刀、またもやそれだけで勝負が決まってしまった。しかも――
「ば、馬鹿な――地面ごと、切り上げただと?」
驚愕するキバ。そう、ミキノスケの対処法は至極単純なもの。一歩下がり、二匹まとめて切り上げただけだ。
だが、刃の長さを考えれば通常は地面が邪魔をして不可能、なのだがミキノスケは刃を地面に食い込ませ、まさに地面ごと大太刀で切り上げたのである。
結果として、足下に転がる犬の遺骸が二匹分増えただけで終わった。勿論ミキノスケはかすり傷一つ負っていない。
これで残ったキバの愛犬は後方から様子を見ていた一匹だけとなるが。
「まさか、こんなところで――だが、仕方ない! ガル! 決めるぞ! 影分犬の術!」
ウォン! と返しながら、残りの忍犬、ガルが背後からミキノスケに迫り、かと思えば瞬時に八匹に分身。
勿論そのうちの七匹は影分身、いや、キバのいうところの影分犬である。
だが、それだけでは終わらない。ガルと分犬達は更に自ら忍術を発動させ、土を強固な岩に変え鎧のように身にまとった。
「犬遁・牙貫牢殺!」
すると、キバが印を結び、かと思えば再びガルを含めた犬達が螺旋回転を始め、ミキノスケを中心に周囲を激しく飛び回った。
「……何やさっきと同じ、ように思わせといて、何や面白いことやってくれそうやないか」
犬達の動きを眺めながら、ミキノスケが口角を吊り上げる。たしかに螺旋回転をしているという点では同じだが、動きに関しては全くの別物。
高速でミキノスケを囲むように飛び回り、完全に逃げ場を塞いでいる状態である。
「見ての通り、土遁でガル達の防御力も上がっている。その上で忍術の発動で俺の忍気も全員に分け与えた。強化状態の牙貫突の壁――そうやすやす抜けられるものではない」
この状態で無理やり抜け出そうとしても、高速で動き回る牙貫突の餌食になるだけである。更に土遁と螺旋回転で防御力が極度に上がっているこの壁を無理矢理こじ開けるのは困難と思われるが――
「なるほどのう。せやけど、こんな状態いつまでも続けられるもんちゃうやろ? このままやといずれそっちの気が尽きるだけやで」
「もんだいないさ。この術で重要なのは、お前を特定の場所に足止めできるという事。そして――變化!」
印を結び、キバが忍術を行使。するとその姿がなんと巨大な黒犬へと変化した。体長は三メートルを優に超え、犬というよりは大型の虎といった様相である。
「見たか! これぞ犬遁・大犬変化の術! 本当ならば生け捕りにしたかったが、こうなっては仕方がない。中途半端な実力を持った自分を恨むんだな」
「……ふ~ん、なるほどのう。せやけど、それを言うならわいにしても一緒やで」
そういいつつ、腰を落とし、刀を持った両手を左右に伸ばし、力の抜けただらけた構えを見せた。
「なんだ? 何のつもりだ? 舐めているのなら、大間違いだ! 行くぞ! 大牙貫突!」
大犬化したキバが自ら牙貫突を繰り出す。巨大化したことでより威力の上がった必殺の一撃。
牙貫牢殺はまさに自らが放つこの必殺技を確実にあてるためだったのであろう。
大地を深く鋭く刳りながら、一直線に突き進むキバ、だが――
「二天無双流――五輪の風」
迫る驚異をしっかり目に焼き付けながら――ミキノスケが遂に動いた。
「――風切紊乱」
刹那――疾風がその場を駆け抜けた。一瞬の去来。だが、その風が全てを終わらせた。
一瞬時そのものが止まったかのようであった。風が駆け抜けたかと思えば、次に訪れたのは無風。
そして、静寂。まず最初に異変が訪れたのは周囲を飛び回っていた忍犬達――ピシッ、と罅が入ったかのような音がしたかと思えば、ガルは勿論、分犬にも切り傷が浮かび上がり、そして、細切れになって地面に落ちた。
何!? と驚いたのは忍犬を従えていたキバであったが――直後、彼もまた己が刻まれていたことに気がつく。
しかし時既に遅く、ミキノスケにその牙が届く前にバラバラの肉片となり地面を汚した。
「……ふぅ、全く、わいみたいな動物好きにはしんどいなぁ。でも、しゃあないなぁ。相手が殺す気でくるなら、やらなしゃあないもんなぁ」
周囲に散らばった骸を認めながらミキノスケが言った。こう口にしてはいるが、その表情は涼しいものであり――
そして、案内役が確保できんかったのは面倒やな、とこぼしつつその足を港町ハーフェンへ向けるのだった――
◇◆◇
「マジかよ……」
俺はケンの成れの果てを見ながら、思わずつぶやいた。
あの戦いに決着がついた後、俺は手裏 剣を起こし水滸海賊団の情報を少しでも引き出そうと考えたのだが――
『こうなったらお前らも道連れだ』
ケンのその言葉を聞いた途端、悪寒を覚え、俺達は急いでケンから離れ――直後、その身が爆発した。
死なばもろともという考えだったのだろう。勿論、忍者同士の戦いであれば命のやり取りに発展する事もなくはないが、あきらかに勝てないとわかった時、現代の忍者はそこまでの無茶はしない。
それなのに自爆とはな――やはり生まれた時代の違いもあるんだろうけど。
「海賊と言っても忠義は本物って事か……」
ここまでさせるからにはよほどのカリスマ性を持っているのか? とそんな事まで考えてしまう。
「どちらにしても水滸海賊団というのが厄介そうなのは確かだな。さて、パーパさん、どう致します?」
「へ?」
面を食らったような顔を見せるパーパ。これだけ色々な事が起きているのだ。冷静ではいられないのも当然といえるか。
「見ての通り、ここから先はかなりの危険が伴います。目的地のハーフェンを海賊が占拠していると知った以上、もはや商売どころでもないとは思いますが」
このあたりは丁重に話を進め、パーパの判断を仰いだ。俺たちには別の目的もある為、パーパがどんな判断を下そうとハーフェンにまでは行く必要があるが、パーパがここで危険を感じ行くのをやめると言うなら少なくとも護衛として安全な場所までは送り届ける必要があるだろう。
「……ムスメ、もしかしたら危険な目にあうかもしれないけれど……」
「ううん。大丈夫だよパ-パ。それに、お兄ちゃんお姉ちゃん達が一緒なら安心できるもん」
「え? それってつまり……」
「はい、予定通りこのままハーフェンに向かいましょう」
この回答には驚いた。ここに至るまであの忍者も含めてかなり危ない目にあっている。なので十中八九ハーフェン行きは諦めると思っていた。
「本当に、いいのですか?」
「はい。それに、皆さんもハーフェンに向かう目的があるのでしょう? それならば余計な寄り道をしている場合ではないでしょうから」
「パーパさん……」
「うぅ、何か凄くありがたい気がするっす! こうなったら意地でもあたしがお二人を守るっす!」
マイラが燃えていた。俄然やる気になっている。
『私も、もっと強ければ皆様のお役に立てるのに……』
「何を言っておるのですか! シェリー様の回復の力には皆が助けられているのじゃ! むしろシェリー様がおられるからこそ安心して戦えるというものなのじゃ!」
ネメアもいいことを言う。シェリナの回復の魔法はこの状況じゃ貴重だからな。
「むしろシェリーは戦わないで後方に控えておいてもらった方が安心だからな。前も言ったけど役割が違うんだよ」
『そ、そうでしたね。はい! もう迷いません! 怪我の時はお任せ下さい!』
うん、いい笑顔。それでこそシェリナだ。
「……よし! 決めたっす!」
「うん? 決めたって何がだ?」
「修行っす! 今回の事で自分の未熟さを痛感したっす! その忍者というのに手も足もでないなんて悔しいっす! だからハーフェンにつくまでの間でシノビンに忍者相手の戦い方を教えてもらうっす!」
「えぇ! お、俺が忍者対策をか?」
「アン! アンアン! ワオーーン!」
すると、イズナまでも俺の裾を引っ張りながら訴えてきた。どうやらイズナも戦い方をもっと教わりたいようだ。
「おお! イズナもやる気っすね! よし! 一緒に頑張るっす!」
「ワン! ワン!」
はぁ、マイラもイズナもすっかりその気だよ。
でも、このふたり結構気持ちが通じ合ってるな……もしかしたらこれはこれで意外と面白いかもな。
それに、まだまだ謎は多いが、少なくとも水滸海賊団には侍、忍者、巫女、陰陽師が揃っている事は判っている。
他にもどれだけの強者が待っているか未知数だ。そうなると俺だけでは限度があるな。大体、肝心のサンザーラについても調べるって目的もあるし。
う~ん、ここはやはりマイラとイズナにも頑張って貰うことになるか。勿論それは、俺やネメアにも言えることだけどな。
そんなわけで、俺達はハーフェンに向かいながらも、少しでも今よりも強化出来るよう修行を続けていくのだった――




