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第百八十二話 刺客と刺客

「ふ~ん、やっぱ中々やるみたいやのう」


 周辺で一番高い大木の枝に立ち、シノブと他の忍者の戦いを俯瞰しながら彼、ミキノスケが呟いた。

 直前までは彼らと行動を共にしていたミキノスケであったが、滝から落下した際にどさくさに紛れてその場から離れていた。


 そして今はこうしてシノブの戦いを静観し続けていた。助けようとか援護に入ろうなどというつもりは今のところはない。

 ここでやられるようならばそこまでの男である。ただ、ミキノスケは自分の眼力には自信があった。

 相手の手裏剣使いもそれなりの使い手であったが、アレに負けるような忍でもないだろう。


 ただ、静観を決め込むにも場所選びは重要ではあった。あの男は様々な忍術を使うようであり、周囲の状況を探るような感知系の忍術も行使出来るようであった。


 そのため、下手な距離ではあっさりと居場所を看破されてしまう。ただ、あの手の忍術は平面的な範囲は広くても高さに関してはそこまでは伸びない。


 ミキノスケが陣取っているこの大木は地上から五十メートルの高さを誇る。

 これぐらいあればシノブの忍術の範囲から外れる。尤も、恐らくはこれでも軽率すぎるぐらいだろうとミキノスケは考える。


 彼の感は鋭い。だから判る。シノブは恐らく大体半径二から三キロメートル程度は感知出来る範囲を広げられるであろうが、それを常時展開していることはない。あの手の忍術は範囲を広げれば広げるほど忍気を多く消費する。ならば通常は精々半径数十メートル、多めに見積もっても数百メートル程度広げている程度だろう。


 その上で戦いが終わった今なら、一旦は限界まで範囲を広げて様子を見るかも知れないが、確認程度で済ますはずだ。


 その際に、先程からこそこそ探ってきている存在には気づくかも知れないが、わざわざここまで離れた位置にいる存在を追いかけたりはしないだろう。


 とは言え、それが元で見つかるのも面倒だ。ミキノスケは更にそこから距離を離す。 

 そしてここなら間違いなく感知されないと見極めた位置で着地する。


 周囲を雑木に囲まれた場所だ。下草は踝が隠れる程度には伸びている。


「さてと、案の定わいの方を追ってきたようやな。バレとるで? 姿を見せたらどや?」

「……まさか気づかれているとはな」


 振り返り一見何もなさそうな場所に向けて声を掛ける。

 すると、音も立てず小柄な男が一人姿を見せた。口から犬歯のような牙の飛び出た男で、雰囲気的にも犬を想起させる。勿論、人に懐く愛玩用のではなく、獰猛な野犬といった意味でだが。


「気配の隠し方は悪くないけどなぁ、相手が悪いのう。わい、結構その手のには鋭いんや」


 ミキノスケが言う。先程からコソコソと付け回してきていたのはこの男だ。本人は気づかれていないつもりなようだが、ミキノスケからはバレバレであった。


「そうかよ。だが、俺の仲間に囲まれているのは気がついていたか?」


 すると周囲の雑木の隙間から、一斉に何かの影が飛び出しミキノスケを取り囲んだ。

 姿勢を低く保ち、牙を剥き出しに、グルル、と唸り声を上げている。

  

 命令さえあればいつでも飛びかかってきそうな様相。大型犬ほどではないが中型犬としては大きめな犬たちだった。


 毛色は虎を彷彿とさせるもので、牙も相当に尖そうである。


「これはまたえろう仰山つれてきたもんやのう」

「当然だ。俺にとってこいつらは家族であり生死をともにする仲間。水滸海賊団一の忍犬使いにして調査隊長、大犬 牙(おおいぬ きば)とは俺のことよ」

「また偉く大層な肩書やな。それでその隊長さんがわいに何のようや?」

「知れたことよ。お前もあの状況で大船長の口寄せしたアレから逃れた上、滝から落ちても平気でいられるほどの腕前だ。水滸海賊団に引き入れるにふさわしい人材。おとなしくついてくるならばそれでよし、だが、逆らうようなら、もはや敢えて語る必要もないだろう?」


 周囲の忍犬から殺気が波のように発せられていく。唸り声もより大きく、つまり少しでも不満を述べれば一斉に襲わせると、そう警告しているのだろう。


「ふむ、なるほどのう。じゃけん、丁度良かったかもしれへんで」

「……丁度いい、だと?」

「せや。わいもあんさんらの大船長に用があったんや。わざわざこないな辺鄙なとこまで来たのもそれが理由やからな。せやからついてはいくで。ま、仲間になるんやなくて、返事を(・・・)聞きに行く方やけどな」


 ミキノスケの話を聞き、キバが目を白黒させた。まさか無理矢理でも連れ帰るつもりだったのが、逆にこのような話をされるとは思ってもいなかったのだろう。


「ふ、ふざけたことを! 大体返事とは何のことだ!」

「ふむ、せやなぁ。折角やし、わいからも自己紹介させてもらいまっか。わいの名前は宮本 三喜之助(みやもと みきのすけ)。特に肩書はないけども、風魔乱破団に所属する――侍や」


 その名乗りに、キバの眼の色が変わった。


「……ふ、風魔、乱破団だ、と? うちが集めた海賊船二百十隻中、二百隻をたった一人で沈めた、あの――」

「なんや、隊長ともなるとそれぐらい知っとるんやなぁ。あ、ちなみにそれやったのわいの師匠や。その二百隻は手応えがなさすぎて豆腐を切っとるみたいやったとか言う取ったけどなぁ。アハハハ、笑えるやろ?」


 ミキノスケを睨めつけたまま、ギリリと歯噛みするキバ。これまでとは明らかに様子が異なる。


「まぁ、そんなわけやから。既に文は届いてると思うけどなぁ。わいらの軍門に降るかどうか最終確認にきたわけや。せやけど、あんさんらそのまま行方をくらますんやから、難儀したで。それがまさかこんな辺鄙な領地の港町を拠点にしとったとはなぁ。二百隻失ったのがそんなに堪えたんか? でも丁度ええわ。その辺の事も踏まえて――」

「黙れ」

「うん?」


 牙をむき出しに、怨嗟の篭った視線をぶつけて来るキバ。どうにも穏やかでない。


「その話が本当なら、いやそこまで知ってるからには本当なんだろう。だったらなおさら、テメェをこのまま、これ以上先にいかせるわけにはいかねぇ」

「う~ん、なんや。大人しく大船長のところまでわいを案内してくれるんやなかったんか?」

「その話はなしだ。連れて行くにしても、まともに動けないぐらいまでにはやらせてもらうぞ。見せしめの為にな!」


 吐き捨てるように言う。ミキノスケはやれやれと後頭部をさすり、参ったなぁ、と愚痴るようにこぼした。


「わいな、こういう犬とか、苦手やねん。考え直す気はないんか?」

「犬が苦手? ハハッ、随分と情けない話だな。だけど、それならなおのこと好都合よ!」

「……牙を収める気はないってことやな。全く、気が進まんのう」


 そう言って、ミキノスケは背中で止めていた二本の長尺の物体に手をかけた。ぐるぐる巻きにされた布を、しゅるしゅるり、と手早く解いていくと、その中身が顕になるが――


「……なんだそれは?」

「これか? これはな一刀両断(いっとうりょうだん)双角(そうかく)、惨鬼に絶鬼や。中々の業物やろ?」

「……業物? 何を馬鹿な――」


 思わず牙が顔を歪める。布をとって現れたそれは確かに見た目にも随分とインパクトのある刀であった。それを二本、背中側で固定している。長さは両方共百五十センチメートルはあることだろう。だが――


そんなもの、一体どうやって抜くつもりだ? 確かに貴様の背は高く、腕のリーチも長いほうだとは思うが、そうであってもとても抜ける代物ではないぞ」


 ミキノスケは背が高くそして手足もかなり長い。だが、それでも百五十センチある刀を抜けるかと言えば別問題であろう。


「ハッタリのためにでも持ち歩いているのか? どちらにせよ、抜けない刀なんてこわくもなんともない。さぁ、やれお前たち!」


 キバの号令に従い、遂に周囲の忍犬がミキノスケへ牙を剥き飛びかかった。


「ふぅ、全くほんま、苦手なんやで、わい犬好きやねん。だから、切るのは苦手やのに、仕方、ないのう――」


 快音が、鳴り響いた。それは一瞬の煌めき、速さと豪快さを兼ね添えた一太刀。 

 だが、その一振りだけで、飛びかかった忍犬は全て一刀両断にされ、ギリギリで間合いから逃れた犬達の唸り声も止んだ。


「ば、馬鹿な、たった一振りで、お、俺の育てた忍犬が、こんなに! いや、それ以前に、どうやって、どうやって抜いたんだ!」


 キバの目が見開かれる。歯牙をむき出しに戸惑いの声。ミキノスケの手には、確かに一本抜かれた刀が抜かれていた。


 だが、それはあまりに不可解であり。


「なんや、みてなかったんかい。仕方ないのう。ほんなら特別サービスや。もう一本抜いたるで」


 するとミキノスケは姿勢を戻し、聳立状態からもう一本の刀の鍔を――親指で弾いた。


「……は?」


 呆気にとられるキバ。弾かれた刃は勢いよく鞘から飛び出し、ミキノスケはそれを空いた手で掴み、構えをとった。


「さて、ここからが本番やな。二天無双流、しっかりその目に刻むんやな」

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