第百七十九話 接触
「皆、大丈夫か?」
「な、なんとか大丈夫っす!」
『わ、私も何とか……』
「ぱ、パーパ! 私のことはもういいの! その手を放して!」
「馬鹿な! 何を言っているんだ! パーパがお前の手を放すわけがないだろう。死んだって放すものか!」
「パーパー!」
「ムスメー!」
『お前たち、一体何をしておるのじゃ?』
ネメアが呆れ目で言った。確かにパーパはムスメの手を強く握りしめてるが、その二人は金獅子化したネメアによって支えられた馬車の中だ。そして御者台にはシェリナの姿もあった。
『シェリナ様、しっかりお掴まり下さいなのじゃ。もし落ちても、この二人放り投げて助けますけどね!』
「ひ、酷い! というか変身できたんですね!」
「ひ~ん、ふざけてごめんなさい~食べたりしないよね?」
『食べるか!』
ネメアが念話で突っ込んだ。
それにしても茶番臭がひどかったな。
ただ、私は大丈夫だからしっかり助けてあげてね、と石版に書くシェリナがいじらしい。でもこの状況でも石版にかけるシェリナもある意味凄い。
俺に関してはマイラを抱え、風遁で空中を浮遊している状態だ。
そして影分身も使い、馬の方のサポートに回っている。
そしてネメアは途中で器用に空中を蹴り、滝横の岩壁沿いで膨らんだ足場に着地した。
十分なスペースもあるし厚みもあるので、崩れることはないだろう。
俺も風遁を利用しながら周囲を見回す。だが、ミキノスケの姿が見えなかった。あいつは一人先頭の筏に残っていた。
その筏も滝壺のなかで完全に粉砕し、折れた丸太がぐるぐると回っている。
「ミキノスケさん、もしかして滝に呑まれてしまったっすか?」
マイラが心配そうな顔を見せた。ただ、俺はどうしてもあの男がこの程度で終わるとは思えない。
「大丈夫だと思う。あいつの身体能力はとんでもなかったし、きっと無事でいるさ。お互い旅を続けていればまた出会うこともあるだろう」
「そ、そっすね!」
マイラの顔にも笑みが戻った。彼女もこれでやられるとは思えないのだろう。
それに、開眼の術で滝周辺を仔細に見てみるが、遺体なども確認できなかった。
ならば無事だと考えるべきだろう。
とりあえず、俺達はそのまま滝の下まで向かう。ネメアは周辺にある足場から足場へと飛び移り、俺とほぼ同時に一番下の地面に降り立った。
岩のような地面が顕になった場所だ。滝を正面に見て、四方は森に囲まれている。開けているのは滝から半径十数メートルの範囲内ってところか。
落ちた時は焦ったが、こうやって改めて見てみると中々に荘厳な滝だ。落差は二百メートルといったところか。
「この高さから落ちて私達は勿論、馬車も馬も無事だなんて奇跡に近いですね」
「皆さんがいなかったらと思うとゾッとします」
たしかにな。それにしてもこの二人、ネメアの変化に関してはわりとあっさり受け入れてくれたな。
ムスメに関しては、もふもふして気持ちいいなんていいながら感触を楽しんでいる程だ。
ただ、助かったと喜んでばかりもいられない。 正直、どうも今回の件、色々臭いなとは思っていたが――
「ネメアとマーラは、とにかく三人を守ることに集中してくれ」
「え? どうしたっすか?」
『……妙な感じがすると思ったのじゃ』
ネメアも違和感を覚えていたようだな。
だから、俺も隠れ潜んでいる連中を睥睨した。
「おい! 隠れているのは判っているぞ! いい加減出てきたらどうだ!」
語気を強め訴えると、周囲の枝葉の擦れ合う音が広がっていき、次々と影が飛び出し、俺たちの正面を塞ぐように囲んできた。
「……まさか、セイレン様の口寄せしたアレを退ける連中がいたなんてな」
「あの髭男爵、約束は守ったようだが、随分と厄介な連中を選んだようだ」
「ふん、だが、これはある意味僥倖。この連中なら水滸海賊団の戦力として申し分ない」
随分と勝手なことをべらべらと喋ってくれる。
だけど、水滸海賊団……名前のとおりならこいつらは海賊ってことになるが……全部で六人。
正面に見える連中は、二人が青の忍び装束、三人が侍の出で立ち――どれもこの世界じゃ馴染みのないものだ。
「さて、本来ならあれの口の中に収まってもらい、そのまま運ばせるところだったが予定が変わった。お前たちにはこのまま俺たちについてきてもらう」
「な、なんなんっすかそれ……」
『勝手な事ばかり言ってるのじゃ』
ネメアが牙を顕に睨みを効かせ、マイラも剣を抜いた。当たり前だが、素直に言うことを聞くつもりなんて無い。
「どうやら抵抗する気なようだが、おとなしくしておいた方が身の為だぞ? 所詮ステータスなんてものに縛られてるようなお前らじゃ、逆立ちしたって俺たち水滸海賊団には勝てやしない」
ステータスに縛られてるね……。
「そうは言ってもな。そんな物騒な殺気ばら撒きながら、大人しくしろなんてのたまってる奴らの言うことを、素直に聞くほうがどうかしてるだろ?」
「こいつ、俺達の気配に気がついていただけに、少しはやるようだな。だが、馬鹿だ」
「全くだな……それならば致し方なし。少々痛い目をみてもらうぞ――」
刹那――二人が先ず印を結ぶ。チッ、やっぱこいつら正真正銘の忍者かよ。
「体遁――剛力の術!」
先ず一人が体遁で肉体を強化し、俺に攻撃を仕掛けてきた。
鉄甲を嵌め、殴りかかってきたわけだが――甘い! 奴の一撃をかわし、体遁を利用した霧隠流旋風脚でカウンターを決める。
後頭部に見事蹴りが入り、頭から地面に突き刺さる。これで先ず一人の意識を刈り取った。
「で? 俺達じゃお前らに何だって?」
残った連中を振り返り、しれっと言い放つ。
その途端、奴らの目つきが変わった。
「ならば、水遁――水連槍の術!」
残った忍者が印を結び、術を完成させる。滝があるってことはそこから川も伸びているって事だ。
水遁に必要な条件はそろってやがるな。この系統は水場が近くにあれば、同じ忍気でも威力が大きく変わる。
水が槍に変化し、俺達に向けて飛んできた。全くこれで少々痛い目かよ。
「土遁・囲壁の術!」
だが、俺だってそれをぼ~と見てるほどお人好しじゃない。
印を結び、地面に手を叩きつけ、周囲を石の壁で囲んでしまう。
水場が近くにあるとは言え、あの程度じゃこの壁は壊せない。
「何! 馬鹿なあの男も忍術を? くそ! どうりでおかしいと思った!」
「ははっ、これは面白いじゃないか。どうやらお前らと同じ忍者らしいが、それであればなおのこと大船長は喜ぶ」
『ではいくぞ、武気奥義・荒武者』
三人の声が揃い、跳躍。侍の出で立ちをした三人が壁を飛び越えて俺の目の前に着地した。
「忍者の次は侍か。それともこの場合は武士と言った方がいいかい?」
「呼び名など好きにするが良い」
「それよりも、生半可な実力を持ったばかりに我らを本気にさせた己の心配をするんだな」
刀を抜き、睨みをきかせてくる。それにしても水滸海賊団ってのは一体なんなんだ?
忍気を扱う忍者に、武気を扱う武士が揃ってるなんてな。
両方共それぞれの気を扱えるって事は、忍道も武士道も開いているって事だ。
それをこの世界だけでやったとは思えない。どう考えても俺と同じように召喚されたか、もしくはゲンバのような転生者か……。
とにかく先ずはこいつらを片付けるとするか――




