第百七十六話 切り札は、丸太!?
正面から大口を広げてやってきてるのは巨大な鮭の化け物だった。
「ちょ!? もうそこまで迫ってるす!」
「判ってる! 今考えてるさ!」
とは言え、今俺達は筏の上にいて足場は最悪、川幅いっぱいに広がった巨体故、端をすり抜けるわけにもいかない。
「ひぃ! もう駄目だぁ~!」
「パーパ諦めないで!」
「え~い、我に任せるのじゃ! 獅子一掃爪塵!」
「――!」
ネメアが前に出でスキルを行使。爪を振るうごとに、斬撃が飛んでいき大鮭の身を切りつけていくが――精々皮一枚ってところか。
多少は驚きもしたようだし、動きが緩んだが全く効いている様子がない。
「ムムムッ、こうなったら元の姿――」
「馬鹿やめろ!」
「何言っとるのじゃ! 今更秘密も何も……」
「そうじゃない! いまそんな事したらコレが持たないかもしれないだろう!」
「あ……」
そう、最悪ネメアが黄金の獅子に戻るのはいい。だが、それをやると当然だが巨大化し重量も増す。何より獅子を確保できるスペースが無い。
「全くしゃあないのう。秘密兵器の出番や」
「え? 秘密兵器?」
「せや」
ニカッ、と笑い、何を思ったのかミキノスケが筏の端をガンガン蹴りつけ始める。
「お! おいそんな乱暴な真似をしたら、あ!」
案の定、筏の端にヒビが入り、先端が粉々に砕けた。
この状況でなんてことを、と思ったが、よく見ると――
「え? 先が尖って?」
「そういうことや。念のため、こんな仕掛けを施しといたんやで。これで突っ込んで倒すんや」
え? いやいや! 確かに筏の先端がまるで衝角のようになったけど。いくらなんでも筏じゃ。
「まぁ、わいも櫂で勢いをつけるよう頑張ってみるけど、ここで川の流れがもうちょい乗ってくれれば言うことないんやけどな」
……待てよ、川の流れか。その程度なら。
俺は目立たないよう印を結び、【水遁――水流変化の術】を使用。
「ガハハッ、これは行幸やな。水の流れが速くなったで」
「あぁ、だが、鮭ももう来るぞ!」
俺の忍術で川の流れが変わった。より激しさが増し筏も加速する。
だが、ネメアの攻撃で多少は動きが鈍った大鮭だが、再び勢いを取り戻し、今まさに筏ごと俺たちを呑み込もうとしている。
後ろの筏では馬がやたらと嘶いている。こんな化け物級の鮭に襲われたら当然だとも思えるが。
「いくで! おまんら振り落とされんよきーつけや!」
「え? ふ、振り落とされるって何っす、キャッ!」
その時だった、ミキノスケが思いっきり櫂を川底に向けて突き下ろし、その瞬間水柱が立ち、なんと筏が跳ね上がった。つまり筏ごとジャンプした。
「丸太の強さを舐めたらあかんで! いくで丸太クラッシュ!」
そして、筏は鮭の口に驀地。そのまま上顎にぶち当たり、声こそ聞こえないが大鮭から悲鳴が上がったような気がした。
正直、このまま口を閉じられたら食われるんだが――しかし、そうはならず、ミキノスケの特攻によりこれほどの巨体が浮き上がり、水面から全身が顕になった。
まるで一本釣りでも決めたかの如くで、しかもミキノスケの櫂捌きにより、筏で巴投げでも決めるようにひねりを加え、それによって鮭の化物が後方へと飛んでいく。
まるで投げ飛ばされたがごとくだ。
「どや! 上手くいったで! 丸太様々や!」
「ま、丸太って強いっすね」
「これからは皆で丸太を持つのじゃ!」
「それは遠慮しておくよ……」
そんな、皆丸太を持ったか! なんてやるのもな……俺忍者だし。
「何はともあれこれで助かりましたな」
「えぇ、あんなデカい鮭だし、どうなるかと思ったけどな」
「え~と、先程からシャケ、シャケと言ってますが、あれはシャケと言うのですか?」
ムスメが不思議そうに聞いてくる。
そうか、こっちだと鮭っていわないのかも知れないな。
「こっちでなんという知らへんけど、わいの地元じゃ鮭言うたで」
と、思ったら東方はやっぱ鮭なのか。
「あたしは初めて見たっす」
「我はどっかで見たような記憶はあるのじゃ。食べたら旨そうなのじゃ。やっぱりシノビンはあれを捕まえてくるのじゃ!」
「お前の食い意地より今は護衛と目的地に向かうほうが大事だろ。それにシェリーに危険があっても困るだろ?」
『えっと、えっと、あ、でも確かに危険は少ないほうがいいと思います』
「ぬぉ! 自分の事ばかりで申し訳ないのじゃ! 嫌わないで欲しいのじゃーー!」
『嫌わないよ~』
ネメアはシェリナが絡むと大人しいな。
そしてシェリナは優しい。落ち込みかけたネメアの頭を撫でている。
「クゥ~ン」
「うん? あぁ、大丈夫だ。水の上だし仕方ないさ」
イズナがちょっとしょげている。あまり活躍できなかった自分を責めてるのかもしれない。
しかし場所が悪い。ここは水の上だし、いくら忍犬のように強化してると言っても水の中じゃ鮭に分があったわけだしな。
「そういえば、魔物なら似たのを知ってますね。シャケとはいいませんでしたし、もっと赤いやつでしたがレッドサーモンという名前でした」
「あぁ……サーモンなら多分系統は一緒ですね……」
地球ならどっちも意味は一緒だしな。日本語か英語かってだけで。
それにしても、赤いのか……。
「ん? あちゃ~どうやら相手は中々しつこいようやで」
「うん?」
ミキノスケが振り向き何かに気がついたようなので、俺も後方を見てみるが、あの大鮭、追ってきてやがる。
「これは困ったのう。わいはここで舵を取っておく必要があるしなぁ」
「あぁ、それなら前は頼む。今度は俺とマイラで何とかやってみるよ。大丈夫だよな?」
「任せるっす!」
そして俺達は馬車の乗った筏に移動。馬が不安そうにしているが、後ろのわずかなスペースに立ち、大鮭を迎え撃つ。
「マイラはひたすら炎の魔法を打ち込んでくれ。俺も、雷で決める」
「わかったっす!」
近くには馬しかいないから普通に名前で呼ぶ。そしてここからなら俺が何をしても前の筏からは詳しくは見れないだろう。
雷は魔法とか適当にごまかすとしよう。
「バーニングショット! バーニングショット! ファイヤーボール!」
マイラが魔法を繰り返す。炎の散弾が鮭の巨体を捉え、ファイヤーボールによる爆轟が鳴り響く。
「雷遁――雷槌の術! 雷遁――貫電の術!」
そして俺は俺で雷を放ちダメージを狙う。川であれば水で威力は向上するはず。おまけに大鮭も水で濡れまくってるからな。
このままいけばいい感じの焼鮭に――
「な、なんっすか!」
マイラが緊張の声を発した。鮭の化物は中々手強く、炎の魔法や雷遁を散々食らわせてもまだ動く。
すると、奇妙な現象。なんと大鮭の周りの川水が姿を変え、大量の鮭に変化し俺たちに襲い掛かってきたのだ。
「な、なんすかこれは!」
「落ち着け、大丈夫だ。マイラはこの鮭の大群にも魔法を当ててくれ。あれに比べれば小さいが、出来ないことはないだろう」
「わ、分かったっす!」
マイラはバーニングショットを多用し、変化した鮭の大群に命中させていく。幸い当てさえすれば蒸発したように消えてくれた。
俺は俺で、雷遁――電鎖の術で電撃を連鎖させ、次々と鮭に変化した水を霧散させていく。
それにしても――妙だ。
開眼の術を使用したからわかったことだが、この鮭が使ってきたこれ――水遁だ。
つまり、忍術なのである。
しかし、何故鮭が忍術を? 勿論犬でも鍛えれば忍犬になって忍術が使えたりもする。
だが、忍鮭なんてものはきいたことがないし、何よりここは異世界――魔法ならともかく、鮭が忍術を使うなんてあり得ない。
ただ、俺の中で一つだけ可能性があることを思い出した。
そう、そもそもこんなデカい鮭がありえない。だがこれがもし――
「とにかく、出来るだけ殺さないようやってみるか――」
とは言っても、中途半端な攻撃じゃ埒が明かないのも確か。
ここは強力なの一発御見舞して、一気に意識を刈り取る!
「雷遁――百雷の術!」
素早く印を結び、術を行使。晴れ渡った空にも関わらず、青天の霹靂が如く、百本の雷が大鮭の身を射抜いた。
思わず鮭が大きく飛び跳ね、腹を天に見せて反り返る。
そのままピクピク痙攣するが、死んではいないはずだ。問題はこの後どうしようかだが、と先のことを考えていたその時、ボンッ! と煙が上がり今の今までそこにいた鮭の化物が姿を消してしまった。
「な、一体どうなってるっすか?」
「……俺の推測通りなら、やはりあれは寄せられたものなようだな――」
「え? 寄せ?」
「とにかく、戻ろう。報告はしないと」
「そ、そっすね」
そして俺達はミキノスケがいる前の筏に移るが。
「う~ん、ヤバイで!」
「そ、そんな、とにかく急がないと! ムスメも早く!」
「う、うんパパ!」
「シェリー様もこちらへ!」
『わ、わかりました!』
戻った途端に、やたらと慌てふためいている皆を認め、俺とマイラが、何かあったのか? とミキノスケに尋ねるが。
「それがのう、計算外や」
「計算外?」
「せや、この筏は間もなく落ちる」
ムンっと腕を組み、威張ってるように述べるミキノスケ。て、おいおいちょっと待て!
「お、落ちるってどういうことっすか?」
「聞こえへんか? この激流の音。そして――」
そこまで言われて俺も気がついた。この水が激しく何かを叩きつけるような音は、まさか?
「その顔、気がついたようやな。そ、この先に、結構な滝があんねん」
「冗談だろ!」
「わい、笑えない冗談は好きくないねん。せやから、あんさんらも後ろに移って、なんとか自分の身と、馬車と馬を守ってな」
そして、わいは少しでも被害が減るよう、ここで舵を取ると、前に残る決意を見せるミキノスケ。
それにしても、滝って……このルートは安全って話じゃなかったのかよ糞が!
「も、もう落ちるっす! 急ぐっす!」
「判ったよ畜生め!」
「お互い、無事でいられたらまたどっかでなぁ」
「妙な事言うなよ!」
とにかく、俺達もとんぼ返り状態で、後ろの筏に飛び乗り、身構える。
いい手がないかと考えたが、馬車や馬がある以上、忍術だけじゃどうしようもない。しかもあの鮭相手にして結構忍気も使った。
「ネメア、こうなったら――」
俺はネメアに耳打ち。とにかく彼女にもフルで頑張ってもらう必要がある。イズナにはムスメとパーパの事をお願いした。
とにかく二人には馬車の中に入ってもらい――幌を閉じるのとほぼ同時だった。
「危険やから、曳航してるこのロープは外しとくで、こんなとこで皆死ぬんやないで!」
最後にミキノスケの声が耳に届き、同時に訪れる浮遊感。
そう、俺達はそのまま筏ごと、滝壺の中へ真っ逆さまに落ちていくこととなり――




