第百七十五話 川を進め!
「……ふむ、確かにこれはオークロードの魔石のようだな」
明朝、ミキノスケと共に俺たちは再び領主の城を訪れた。そしてレッドビアード男爵にオークの群れを殲滅したことをつげ、急激に増えた理由が冠種のオークロードにあった事も説明した。
その後、魔石の鑑定に長けた者が町から呼び出され、それによってオークロードの討伐も無事済んだ事が証明される。
「これで水門は開けてもらえるんやな?」
「まぁ、約束だからな。そうだな昼には準備が整うように手配しておこう。それと、これも持っていくがいい」
執事と思われし老齢の男性が、中身のびっしりと詰まった革袋を俺たちに手渡してきた。
その中身を見て、ミキノスケが、ヒュ~、と口笛を鳴らす。
「一万ルベル金貨が仰山入っとるで。ずっしりと重みを感じるがな」
「千枚だ。報酬としては十分だろ?」
千万ルベルって事か……水門まで開けてもらってこれだけの報酬をもらえるとなれば十分どころではないな。
「どう分けるかはあとは好きに決めるがいい。まぁ、オーク共を片付けてくれたお礼は言わせてもらうよ」
口ではこう言っているが、偉そうな態度は変わらない。何か退治してもらって当然みたいな雰囲気も感じる。
だけど、それでもこんだけ報酬貰った上、きちんと約束を守ってくれるなら文句ないけど。
報酬をもらい、水門の約束にも漕ぎ着けたところで俺たちは早々に城を後にした。
報酬に関しては結局、俺達とミキノスケで半々に分けた。
人数で分けた場合の配分はミキノスケの方が多くなってしまうが、元々はミキノスケが持ってきた話だ。水門の件にしても彼のおかげで助かったとも言えるし、これぐらいはな。
「あんはん、随分と欲のない男でんなぁ。言うとくけどわい、遠慮はせぇへんよ?」
「あぁ、問題ないよ。ミキノスケのおかげで道が開けたんだしな」
「ガハッ、ほんじゃ、ま、遠慮なく」
そんなわけで途中で適当な袋を購入し、二等分にした。
ミキノスケの機嫌がいいにこしたことはない。
実は俺としても色々と気になることがある。ちょいちょい話題に出てくる東方の事もそうだが、このミキノスケについてもだ。
悪いとは思ったが、どうしても気になって看破の術でミキノスケのステータスを見てみたんだが――一切表示されなかった。
何度やっても、どうみても出てこない。これは、あのマジェスタみたいに何かしらの力で妨害されてる可能性があると考えるべきかもしれないが――しかし、何も出てこないというのは初めてのことだ。
レベルに頓着がなかったことといい、何か関係あるのか? と勘ぐってしまう。
ただ、今は水門を越えるのもミキノスケだよりなところがあるし、あまりこちらに不信感を抱かせるのは得策じゃないだろう。
だから、ハーフェンについてからでも聞いてみようと思うのだが――
◇◆◇
ミキノスケを含めた三人が部屋を出ていった後、彼、レッドビアード男爵を窓の外に浮かぶ空を見上げていた。
「いい天気だ。絶好の川下り日和なことだろうな」
「ご主人様、御一行の見送り完了いたしました」
扉が開き、執事が頭を下げ報告する。ご苦労、と彼は執事を振り返った。
「しかし、旦那様、本当に宜しかったのですか? あの報酬はこの国での相場を考えれば、相当多いかと思われますが……」
男爵の顔色を伺いながら、執事が言上する。
「……ま、そうであろうな。本当であれば金貨五十枚、五十万ルベルも渡せば十分だった事だろう」
「……なんと、それではまた何故?」
「それはな、どちらにしてもあの金貨が連中の手に残ることはないからだよ。そして連中の身柄もな」
「え? そ、それは一体?」
「……これ以上はお前は知らなくても良いことだ。自らの執務に戻るが良い」
「――出過ぎた真似を、失礼致しました」
恐縮しながら執事が部屋を後にした。
レッドビアードは、フッ、と不敵な笑みをこぼしつつ。
「それにしてもオークとはタイミングが良かった。アレを倒せるほどの連中なら奴らも文句はあるまい。そしてこれを機に予定通り奴らと手を結ぶことが出来ればこの三男爵領とて――」
大口を開けて、レッドビアードは笑い声を上げた。まるで何か大きな事を成し遂げた後のように――
◇◆◇
「……ミキノスケ、これがその、言っていた船か?」
領主の許可をもらった後、宿に戻り残っていた面々に状況を報告した上で、ミキノスケの案内で船があるという河原までやってきたわけだが――
「そや、立派な舟やろ?」
「う、う~ん、これは船というより舟というべきなのでしょうか?」
「せやから舟や、言うたやろ?」
「け、見解の相違っすね……」
「何かそれもちょっと違う気がしますけど……」
『つまり船ではなくて、舟だったのですね』
「流石シェリナ様! 文字にするとわかりやすい!」
あぁ、うん。そうだね。ネメアの言うとおり石版に書いてもらえば、その違いは判るよ。
でもね、でもこれは――
「そもそもこれ、舟でもなくてどっからどうみても筏だろ!」
俺は川に浮かべたそれを指差し声を張り上げた。
そう筏、どっからどうみても筏だ。見紛うことなき筏だ。
「なんや、細かい事気にするんがのう。筏かて立派な舟の一種やで? 見た目はこんなんでも人を乗せてバッチリ移動できる代物や」
「いや、無理があるだろ……こっちには馬車もあるんだぞ……」
「た、確かに少し不安がありますね……」
パーパが苦笑するが、少しどころじゃないぞ。ただでさえ色々荷物が積んであるのに筏じゃ持ちこたえられないだろう。
「でも、この筏さん少し可愛いかもしれないよパーパ」
「うんそうだね。よし! この筏で進もう!」
いやいやいや! おかしいでしょうそれ! それとムスメも大分感覚が変だと思うぞ。敢えては口に出さないけど。
「娘はんはよう判ってるなぁ。それに、そない心配せんでもほれ、ちゃんと筏は二隻用意してあるやろ?」
「いや、確かにそうだけど……」
ミキノスケ曰く、馬車専用の筏が、俺達が乗る筏の後ろに縄で繋がれている。
馬車用のはサイズが大きいが、そういう問題じゃないと思うんだが……。
「いや、これ馬車なんて乗せたら沈むよな?」
「大丈夫やで。よう浮く丸太使っとるからな。馬車ぐらいで沈むような柔な作りじゃないんやで」
ニカッと白い歯を覗かせるが凄い不安なんだが――
とはいえ、ここで押し問答をしても仕方ないのは事実だ。先ずは乗ってみようという話になり――
「……乗りましたね」
「乗ったよパパ!」
「本当に乗ったっす」
「乗ったのじゃ。浮いてるのじゃ」
『す、凄いです』
「馬車の方も、問題はなさそうか……」
そう、乗った。後ろの筏も、馬車が乗っても馬が乗ってても大丈夫だ。
「どや? 言ったとおりやろ? わいこんなん工作得意やねん」
「工作で済ましていいのかこれは……」
どや! と自信満々な顔を見せるミキノスケ。俺としては色々気になる点も多いが、浮かんでるならもう今さら後には引けない。
「さて、ほならいこっか。そろそろ約束の時間やけん」
「あ、あぁ……」
結局俺達はそのまま筏で川を移動することになった。櫂を持ち舵を担当したミキノスケがルートとして選んだ川は、このまま流れにそって行けば丁度水門と合流する事となる。
その頃には勢いが乗っているので、水門があいていれば門をくぐって反対側に行けるはずとのことだった。
問題はそこからで、門を抜けてすぐに存在する川の分岐から下流側に舵を取らなければいけない。
このあたりはミキノスケの櫂捌きに掛かってるといえるだろ。
「来たか。水門は開けたが、お前ら本気でそれで行くつもりか?」
川下りも順調に進み、そしていよいよ水門が近づいてくると砦から兵士が声を掛けてくれた、が、どこか呆れたような様子も感じられる。
それもそうか、筏だもんな……まさかこれに馬車まで乗せて移動するとは夢にも思わなかったことだろう。
「せやで。わいが作った筏の武蔵丸や。下手な舟より丈夫で頼りになるで」
いつの間にか名前まで付けてたんだな――
「まぁこっちは言われた通りにするだけだ。後のことは自己責任でな」
しかし、折角オークを退治したと言うのにそっけない兵士たちだな。そういえば町に戻る前に顔を出したときもこんな感じだったな。
とにかく、開いていた水門を抜けて筏は進む。ミキノスケが言っていた分岐も、彼の櫂捌きで見事下流側に舵を取り――
「後は、このまま暫く流れに乗ることになるなぁ」
「ふぅ、一安心ってところか。それにしてもよくこんなルートに気がついたな」
「ま、地図を見てたらなんとなくな」
地図か、それには川の系統なんかもしっかり記されていたってわけだ。
まぁ、とにかくあとは暫くのんびりと――
「ちょ、ちょっと待つっす! あれ、一体なんすか!?」
と、思っていた俺だが、どうやらそんな考えは甘かったようだ。
それは、マイラの指差した方を見て、はっきりと理解した。
筏の正面、下流側から川の流れに逆らって登ってきた生物。
十メートルほどある川幅いっぱいに場所を取った巨大なそれは――
「いやはや、これは参った。まさかこんな巨大な鮭に遭遇するとはな、かなへんわほんま」
そう、ミキノスケのいうように、大口を開けて俺たちを呑み込もうと迫ってきたソレは、くま程度なら一呑みに出来そうなぐらいな、化物じみた鮭だったのである――




