第百六十四話 アサシの祖先
時代は十九世紀後半、英国のロンドンを揺るがす事件がその街で起こった。
後にジャック・ザ・リッパーと呼ばれるまでに至った彼は、一年の間に何人もの女性を殺害、バラバラに切り刻んできた。
彼の存在は英国の女性たちを震え上がらせ、新聞でも大々的に取り上げられる事となったのだが――それは決して彼の望む展開ではなく。
(そろそろここを離れようか――でも、その前に……)
その夜、ジャックは最後の犯行に及ぼうと、とある一人の女性に目をつけていた。
彼は、誰よりも気配を消すのに長けていた。特に夜の間はそれが顕著であった。
その日は雨のぱらつく夜であった。だが、雲の層は厚く、天候が大きく傾くまでは時間の問題にも思えた。
ジャックは、愛用のナイフを握りしめ、ターゲットに向けて背後から忍び寄ろうとする。
だが、そのときであった。突如起きた落雷が、ジャックの全身を貫いた。
(え?)
ジャックは理解ができなかった。一体自分に何が起きたのか。全身に感じるしびれは何なのか? そしてなぜ眼の前が暗転するのか。
(こんな事で僕は――)
死んでしまうのか? そうジャックは考えるも――だが、実際はもっと複雑かつ奇怪な現象に見舞われる事となり。
「……一体どこなんだここは?」
目覚めた時、ジャックの目の前には見知らぬ光景が広がっていた。
起き上がり、周囲を確認したところで、どこかの野原である事は理解した。
だが、街なかにいたはずの自分が何故野原で寝ていたのか、さっぱり意味がわからなかった。
仕方がないので、ジャックはとにかく先ず人の暮らしてそうな場所を探すこととした。
幸い程なくしてそこは見つかった。だが、その景色はジャックの知るどこの街とも異なるものであった。
着ている服装もあきらかに異なり、男も女も丈の長いローブのようなものを着て、男は何故か一様におでこが広く、頭頂部に黒くて長いソーセージを乗せていた。
一体なぜこのような珍妙な格好をと? 疑問に思うジャックであり、建物にしても平屋が殆どで、見たこともないような作りのものがほとんどであった。
顔もやたらと平たく、揃いも揃って黒髪黒目である。だが、逆に言えばこの状況ではジャックの方が遥かに悪目立ちをしていた。
仕方がないのでジャックは持ち前の気配を消す力で上手く群衆に溶け込み、なんとか夜まで持ちこたえる。
だが、その内にジャックは思い出す。最後の殺しがまだ終わっていなかった事を。
それを思うと、身体が震えて仕方がなかった。気づくとジャックは見知らぬ夜の街をさまよっていた。
だが、やたらと暗い夜の街にはターゲットとなりそうな女が誰ひとりとしていない。
だが、そんな中、ようやくジャックは見つけた。しかもやたらとそそる女を。しかし、女は男連れであった。
とは言え、今のジャックには関係がない。まるで飢えた獣のようであった。そう、邪魔ならまとめて切り刻んでしまえばいい。
そう思い立ち、ナイフ片手に、ふたりへと強襲するジャック。
だが、結果それは叶うことがなかった。なぜなら、ナイフを振り上げ襲いかかったジャックへ、連れの男が振り向きざまに剣を抜き、裂帛の気合でナイフを弾き飛ばしたからだ。
しかも返しの刃が、ジャックの眼前にまで迫る、が、持ち前の身のこなしで、ジャックは地面に置いた手を支点にくるりと回転。
剣戟を避け、大きく距離を取った。
「……ほう、これを躱すか――」
ジャックを睨めつけつつ、男が何かを言うが、ジャックにはそれが理解できない。
ただ、手にしている得物はかなり変わっった形をした剣であった。
見たところ片刃であり、妙に細く脆そうに思える。だが、交えて判った、あれは恐ろしく鋭く、靭やかな武器だと。
「お前がここ最近このあたりに出没しているという辻斬りか?」
男が何かを聞いてきているのだろうということは雰囲気から察する事が出来た。
みたところ四十代そこそこといった感じの剣士であった。
ジャックは、何故かその男に興味が湧いた。だから、次こそ殺してやる、とだけ言い残し、その場を去った。
勿論、剣士にその言葉は理解できなかったであろうが、ただ、もしかしたら雰囲気でそれを察していたかもしれない。
それからジャックは何度も何度もその男を襲撃した。もはや相手が男か女かなど関係がなかった。最初に一緒に連れていた女よりも男の方に興味が湧いた。
だが、何度やってもジャックのナイフは届かず、だが、命だけは取られることはなかった。
そして、すでに三十回近くなる襲撃も失敗に終わり、その時は遂にジャックも地面に組み伏せられる事となり――いよいよ覚悟を決めていたわけだが。
「……やれやれ全くしつこい男だ。辻斬りが南蛮人であった事にも驚きだがな。しかし、これ以上続いて自分がいちいち相手をするのも面倒だ。かといってここで首を取るのも惜しい、どうだ? ゆくところがなければうちの道場にくるか?」
「…………?」
「なんだ、言葉が伝わらぬか。飯だよ飯、飯を食わせてやるから道場に来い」
ジャックは言葉こそ理解できなかったが、そのジェスチャーでなんとなくいいたいことは理解できた。
そして、だからこそ理解ができなかった。なぜこいつは自分を殺そうとした相手に食事を与えようとするのか?
そして、だからこそ彼に興味を持ったジャックは、そのまま彼の道場に居座り、剣術を学ぶようにまでなっていた。
その内に言葉も覚え、彼の名前が斎藤 弥九郎であること知り、そして、頭に関しても別にソーセージが乗っているのではなく、髷という髪型であったことも知った。
そしてここが遥か東の島国であるという事も――ただ、何故自分が元いた場所と全くことなるこのような島国に来てしまったかは理解はできなかった。しかもただ遠くに飛ばされただけではなく、少しだけ時が遡っているようでもある。
とは言え、ジャックは細かい事を考えるのを止めた。どうせ元の国にいたところで自分は犯罪者として追われ続けた筈だ。
ならば自分が全く知られていない国で第二の人生を送ってみるのもいいだろう。
こして月日は流れたとある日、ジャックはヤクロウに呼ばれ道場に赴いた。いつの日かここが日ノ本という国である事も理解した彼は、この国の作法も覚え、今はふたり、道場で正座し対峙している。
「お前もここにきて随分と経つが、剣術に関しては如何ともしがたいものがあるな」
ジャックは自分でも理解していた。ナイフの腕には自信があったが、この国の刀というものにはどうにも馴染めない。
「だが、短刀の腕、それにその軽業には目を瞠る物がある。そこでだ、お主、忍の道へ進む気はないか?」
「忍デスカ?」
「そうだ。お前も娘のことは覚えているだろ?」
ジャックは思い出す。目覚めて何故かこの日ノ本という国に飛ばされた直後、最初に襲おうと思ったもの――それこそがこのヤクロウの娘であったわけであり。
「其節ハ、大変失礼ナ真似ヲ……」
「そのことはもう良い。むしろお前は幸運であったぞ? 娘は私よりも容赦がない。もし一人であったなら、きっとお主の命はなかったであろうからな」
は? とジャックは目を丸くさせたが、ヤクロウ曰く、娘は腕利きのくノ一であったらしい。
「そこで、暫くお前のことは娘に任せようと思う。剣術が無理でも忍びの業を覚えれば今後役立つこともあるだろう」
こうして、ジャックは武士としての道は諦め、忍者として生きていくこととなり、次第にその娘に心惹かれるようになり、ついにはヤクロウを義父様と呼べるようになる関係となり――
「こうして生まれたのが、お前というわけだ」
「……いや、絶対ウソでしょそれ」
ゲンバの話を聞いたアサシのツッコミは冷静であった。
「面白みのかけらもない反応だな。もっとリアクションを磨けよ」
「……いや、必要ないし。大体なんでそんな嘘を?」
「勘違いするなよ? 確かに子供だというのはちょっとした小粋な冗談だが、お前の祖先がその切り裂きジャックであることは確からしいからな」
「……なんとか切り裂きジャックが祖先という事まで信用するにしても、なぜか過去の日本に飛ばされて、そこで忍者になったなんて突拍子もなさすぎる」
「真実は物語より奇なりなんだよ、いいから納得しておけ。とにかく、どうやらお前はどういうわけかその祖先の血が色濃く出てきているらしい。だから、これからでも十分忍者としてやっていけるはずだ」
「……そもそも、それが本当だとして、切り裂きジャックは忍者として成功したの?」
「話によると、最初はどうにも上手くいかなかったらしい。忍気も上手に練れず、運動神経と投擲術はかなりのものだったが、精々下忍止まりだろうとも囁かれていた。が、それも必死の修行によって編み出したジャック独自の遁術によって一変したんだとよ。それを、今後お前には覚えてもらう」
「……独自の忍術?」
「あぁ、それが、影遁だ――」
◇◆◇
それから更に修行期間を終え、七人の実力は相当に上がっていた。
ドウシンは、固有スキルの大強奪によって、相手のステータスまで盗めるようになり、それによって弱体化した巨人三体を見事撃破。
デクも、怒りをオーラと組み合わせ使用するスキルを取得したことで、ノルマを達成。
カバネも骨を組み合わせた骨巨人を利用し巨人を駆逐し、アイもやはりゴーレムを操り巨人を倒してみせた。
決定打にかけると思われたミサも、修行中に森で手に入れた材料を利用し、呪いの力を発動させることで巨人を呪い殺してみせ、そして――
「さぁどう! この私を見なさい! 称えなさい! そして、死になさい!」
ミキもまた、迷宮で手に入れた装備によって己を強化。
新たに手に入れた誘惑シリーズで先ず巨人たちを骨抜きにした上で、換装した氷狼シリーズで次々と氷漬けにしていき粉々に砕いていった。
「さて、後は残念リーダー様だけだな」
「ドウシン君、駄目だよ~そんな事言っちゃ~」
小馬鹿にするように笑うドウシンをアイがたしなめる。
「でも事実この中で一番弱いんだから仕方ないだろ?」
「ふん、だったら、その目でよく今のあいつを見ておくんだな。ある意味、今のアイツこそがステータスに縛られない、真の理想形だ」
「は?」
ゲンバのセリフに、ドウシンが眉を顰める。
この間まで全然役に立てそうもなかった男がそう簡単に変わるかよ、と訝しげな様子だが。
「……何故だろう。さっぱり怖く感じないな」
アサシの目の前にはいきり立つアタックジャイアントがいた。しかもその数は三体ではきかず、アサシを取り囲んでいた。さんざん仲間を殺されたせいか、その目は怒りに満ちている。
「――影遁・影縊り」
だが、アサシが印を結んだ瞬間、巨人達の目玉がギュルンっと上を向いた。その首には、影で出来た縄のようなものが巻き付いている。
「――絞めて、跳べ……」
そして、ボソリとそう呟いた瞬間、影が一気に絞まり、巨人の首が捩じ切れた。
崩れ落ちる巨人の胴体。あっという間に終わったその光景に一様に驚きを隠せない表情。
これが、残念リーダーが――揺るぎなきリーダーとして君臨した瞬間であった。




