第百六十五話 負の遺産
その屋敷の地下では轟音が鳴り響き続けていた。 音の発生源である一人の少年は、自らが発生させている破壊音とは別に、その口からも絶え間なく獣が叫ぶような声を上げ続けている。
音の正体は爆破だ。少年は大剣を手にしていた。長身で引き締まった体つきをしているが、目つきは尖っておりやたらと荒々しく刺々しい。
そんな彼が己の上背程もある大剣を握りしめるとより暴力的に見えてしまう。
少年は一心不乱に剣を振るっていた。相手は全身甲冑姿の鉄の騎士達である。
少年を囲うように広がった鎧騎士の数は、当初は五十体であった。
少年が切りつけるたびに爆発が生じ、それによって吹き飛ばされ、その数はみるみるうちに減り続けている。
尤も、爆発でバラバラになった鎧の中身はがらんどう、つまり相手は人ではなく鎧だけ、である。
魔法が当たり前に使用されているこの世界では、マジックアイテムなども普通に出回っている。
この鎧もそれに近いが、主に生活用や護身用などといった側面も強いマジックアイテムと異なり、これらは軍事用としての側面が強い。
今少年を囲んでいるコレは、魔力と順応性の高い金属を加工し作り上げた甲冑に術式を施した自動騎士だが、術者が近くにいて命じるゴーレムとは異なり、魔術師が近くにいなくても動くという利便性が売りではある。
ただ、その分、単純な命令式しか実行できないという欠点も併せ持っていた。
その為、戦においてはあまり使い物にならない。中身が空洞であるため、見た目より脆いのも欠点だ。かといって質量を増やせばその分多くの魔石などが必要となりコストが嵩む。
結局は、兵士育成のための練習台として、もしくは人手の足りない砦において補助的に見張りとして設置する程度に利用は留まっている。
そんな練習台を、容赦なく破壊し続けているのがこの少年、焔 熔巌であった。
彼は、すでに帝都を脱出したシノブやケント、ユウトなどといった面々と同じく、日本から異世界へと召喚された高校生の一人である。
だが、当初からこの三人を毛嫌いし、特に勝手に自分の女だと思いこんでいたチユ絡みの嫉妬によってシノブをとことん恨み侮蔑し、そして遂に、彼を亡き者にしようと行動に移した。
だが、その結果、手痛い反撃を受ける目に遭い、両腕を失うほどの重症を負ったわけだが――
しかしその腕も、今は何事も無かったかのように生えている。
何故なら、彼はこの帝国の皇太子であるウィリアムの提案を受け、特殊な力を持った腕を移植してもらったからだ。
そのせいで、三日三晩、激痛に苦しみ続けたが、その甲斐あってか、すっかり元通りになった腕と、より強化された爆裂の力で、今は人形たち相手の訓練を続けている。
だが――
「クソガァアアァアァアアア!」
残り五体の鎧騎士が纏めて吹き飛んだ。そして訓練場の壁際で終始静観を続けていた執事風の男へ、連鎖した爆発が迫る。
「……やれやれ、まるで抜き身の刃のような方だ」
「チッ――」
背後を取ったその影に、思わずマグマが舌打ちする。爆轟は壁にまで到達したが、その時には既に執事に背後を取られていた。
この男はそれまでに動きが速い。
「頭に血が昇りすぎですよ。そのおかげで太刀筋が大きく乱れています。今の貴方はただ力任せに武器を振り回しているだけです」
「うるせぇ! こんな人形いくら相手したって木偶人形相手してるのと変わらねぇんだよ! 一体いつまでこんな事させておくつもりだ! 俺はシノブもユウトもケントだってぶっ殺したくて仕方ねぇんだよ!」
マグマを指導しているのは、ウィリアムの執事でもあるハーベン・バトラーである。
青みがかった白髪を、きっちりと纏めた、まさに執事然とした男であるが、執事であると同時に始末屋としての一面も併せ持っており、その手腕でこれまでもウィリアムに仇なす相手をひっそりと始末してきた。
その腰には彼が愛用している短剣ブラッディーロマンスが左右に一本ずつ携えられている。
短刀用の鞘は赤い。そして、抜いた刃もやはり血のように赤いのが特徴だ。
そんな執事は、彼の主であるウィリアムの命令で、今ここに立っている。このマグマが今後役立つよう教育係として一任されているのである。
「やれやれ、その木偶人形相手でさえまともに戦えていないのに、貴方は本気で帝都を抜け出した彼らに勝てる気なのですか? 自惚れも過ぎますね。いくら移植した腕で強化されたといっても、それでは宝の持ち腐れですよ」
再び、爆轟が鳴り響いた。マグマが地面を思いっきり叩きつけたのが原因だ。
派手な爆発と衝撃、そして芯からバキッと折れる大剣。
その光景にやれやれとハーベンが肩をすくめた。
「また武器を壊しましたね。一体何本目になるのやら。今はただ無闇に力を振りかざすのではなく、細かい操作で動きになじませるよう言ったはずですよ? それが出来てないから剣が壊れるのです。全く、その大剣も、鎧騎士の人形も、タダではないのですよ?」
「いちいちうっせぇと言ってんだろが! 大体これが壊れるのは強度が足りねぇからだ! 壊れるのがいやならもっと頑丈で使える武器もってきやがれ!」
ため息を吐くハーベン。このマグマという少年、この訓練の本質を全く理解できていない。
「大体こんな馬鹿みたいな事続けなくても俺はつぇぇんだよ! やってられるかこんなもの!」
そういって踵を返すマグマ。その姿をじっと見据えるハーベンであったが。
「判りました。いいでしょう、そこまで言われるなら一つ、実戦形式の試合を行いましょう」
「あん?」
「聞こえませんでしたか? これから貴方にある人物と戦ってもらうと、そういったのです」
足を止め、マグマが執事へ振り返る。
「なるほど、あんたが俺とやろうってんだな?」
「ご冗談を。今の貴方など、私がいくら手加減しても相手にすらなりません。私は弱い者いじめは好みませんので」
「あん? んだとコラッ! なんだったら今すぐ!」
「今すぐ、なんですか?」
強烈な悪寒が、マグマの背中を走る。ハーベンの目を見た瞬間、心臓を鷲掴みにされたように息苦しくなり、それ以上言葉を発する事ができなくなった。
「ふむ、どうやらそれなりに殺気には敏感なようですね。良かった、それすら備わってないようなら、主様には申し訳ないが、勝手に始末をするところでしたよ」
「くっ、くそが……」
それでも、強がりの一言ぐらいはなんとか口にできたようだが、それはハーベンも見逃した。
そして、ハーベンが一旦下がる。残されたマグマは、壁を思いっきり殴りつけた。
爆発で壁に焦げ跡が残るが、壁や床に関してはかなり頑丈なのか、傷一つついていない。
「その癇癪は、いい加減直して欲しいところですな」
ハーベンが戻ってきた。マグマが睨みつけてくるが、構うこと無く、
「さ、入ってきて下さい」
と誰かへと声をかける。
すると、開かれた扉から、一人の少年が姿を見せたわけだが。
「……は? 何だお前。キュウスケじゃねぇか」
「キキキッ、久しぶりだな。マグマ、キキッ」
ハーベンが連れてきたのは、マグマとよくつるんでいた二人の一人、山野 鼠助であった。
彼は相も変わらず、鼠にも似た風貌をしており、齧歯類のように飛び出た歯と、細い目が特徴であった。
髪は灰色に染めており、それをソフトモヒカンにセットしている。
そんな見た目からして何も変化がないキュウスケに、マグマは首を傾げた。
見たところ、一応武器は所持しているようで、以前も利用していた革の胸当ても着用している。
ただ、武器にはちょっとした変化を感じた。以前は、精々ナイフだけを使用していたが、今は背中には弓と長柄の槍斧、腰には長剣となんとも節操がない。
「……おいおい、まさかこいつが俺の相手とかいうんじゃないだろうな?」
「御察しの通り、貴方の相手は目の前のキュウスケですよ」
は? とマグマはこれみよがしに不快感を示す。
「こんな奴が、俺の相手になるわけ無いだろ」
「……キキッ、随分な物言いだな」
「事実だろ? ゴブリンを相手するのが精々だった分際で、テメェこそ何調子こいてるんだ? お前は俺に対してもっと卑屈でなきゃおかしいだろ?」
「相変わらずだな。だが、それでこそやりがいがあるってもんだ。キキッ」
マグマが眉をひそめた。キュウスケの態度が気に入らないようである。
「もし、貴方がこの男に勝つことが出来たなら、もう私は煩いことはいいません。貴方の好きなように動けばいい」
「それは本当だな? 本当にこいつをぶっ倒せば、好きにしていいんだな?」
「執事に二言はありません」
「それはいい――」
そして、執事はマグマに代えとして用意した大剣を手渡す。
「望みどおり、先程のよりは遥かに丈夫な剣です」
「ククッ、それなら遠慮はいらねぇな。おいキュウスケ! 言っておくが俺は今気が立ってるんだ! 殺されても文句は言うなよ?」
「キキッ、出来るもんなら、やってみな」
「上等だ、ゴラァ!」
マグマが飛び出した。キュウスケに迫り、大剣を振り下ろす。
生じる爆発、広がる衝撃波。
だが、その頃には既にキュウスケが十歩分以上の距離を離し、爆発の範囲から逃れていた。
「……なるほど、ちょっとは素早くなったってことか?」
「キキッ、速さだけじゃないぜ!」
すると、キュウスケが突如詠唱を始める。
は? とマグマが目を丸くさせるが。
「キキッ、サンダーストライク!」
落雷が、マグマのいた場所に衝撃を残す。
何とか避けはしたが、まさかの魔法にマグマの表情にも焦りが見えた。
「テメェ! 何で魔法を――」
「魔法だけじゃないっての!」
既に弓を構えていたキュウスケは、マグマに向けて矢を連射する。
デタラメに射ったものではなく、しっかり狙いを定めたものだ。
大量の矢がマグマの視界に広がった。
「舐めんじゃねえ!」
横に一閃――大剣を一振りした瞬間、爆発が線上に伸びる。
クソが! と喚くマグマ。矢は全て破壊した。だが、爆発で視界が塞がり、上から迫ってきていたキュウスケに気づかなかった。
長剣に持ち替えたキュウスケが、流れるような剣閃を見せた。
オーラの乗った何らかのスキルだろう。マグマは翻すようにして避けようとするが、肩に一撃貰ってしまう。
そこからナイフに持ち替えての連続攻撃、一旦距離を取ろうとすると、槍に持ち替えて刺突の連射、隙間なく柄をクルリと回転させ、斧による一撃と器用なコンビネーションまで見せてくる。
「ど、どうなってやがる! どうして雑魚のお前が、こんなに技を!」
「知りたいか? だったら教えてやるよ。コレが俺の、目覚めた力だ!」
キュウスケの足が止まり、力を込め始めたその時、キュウスケの身体から、紫色の四本の触手が伸びてきた。
は? と目を白黒させるマグマを触手が捉え、絡みつく。
「な、なんだこりゃ、ち、力が――」
「キキキッ! これが俺っちの【吸触】! 忘れたのかマグマ! 俺の能力は吸収! 今の俺っちはLV、ステータス、生命力、魔力、それに相手の魔法やスキルまで、あらゆるものを吸収できるのさ! しかも手だけじゃなく、この触手からでもな!」
「な、そん、な、馬鹿な――」
ガクリ、とマグマが膝を床につけた。目も虚ろで、相当参っているのが判る。
「キキッ! ザマァねぇなぁマグマ! 散々馬鹿にしてきた俺っちに、こんな醜態さらしてよ。すっかり形勢逆転だな!」
「て、テメェ……」
「ん? キキッ、なんだその目は、マグマのくせに生意気だ! ヨエーくせに、いつまでも調子に乗ってんじゃねぇぞ! 今やすっかり立場が逆転してんだよ! お前みたいな雑魚、もう必要ないのさ! だからこの俺っちが、お前の全てを奪ってやる!」
マグマが呻き声を上げる。もはや、抵抗する力もなさそうであり。
「――そこまでです。もう十分でしょう。キュウスケもマグマを解放してあげてください」
「は? 冗談だろ? まだまだやりたりねぇ! スキルもステータスも、全然奪えていないんだ!」
「……お忘れですか? 彼からは生命力以外奪わない約束だった筈ですよ?」
「キキッ、けどよぉ、これで判っただろ? もうこんな奴は必要ねぇ! 俺が全て吸い取って、マグマの代わりに使いこなしてやる! そのほうが役立つってもの――」
「いい加減にしておけよ? なんなら薬の供給を止めたって構わないのだぞ?」
ハーベン相手に、中々引き下がろうとしないキュウスケであったが、ハーべンの言葉を聞き、すぐに顔色を変えた。
「キキッ、判ったよ……」
結局、キュウスケはマグマを解放。ステータスもスキルも奪うことはなかった。
「さあ、これで理解できましたね? 今戦ったキュウスケは勿論ですが、もう一人のガイとて、今の貴方よりも遥かに強くなっているのです。勿論それは、我々の言ったとおりに訓練を続けてくれた結果。わかったなら、今後は文句を言わず、訓練を続けるのですね」
倒れているマグマへ、諭すようにハーベンが伝える。
すると、さすがのマグマも観念したのか、判ったよ、とだけ口にした。
こうしてマグマはキュウスケやガイと共に訓練を続け、新しい力に次第に順応していくのだった――




