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第百五十七話 村への来訪者

「おかしい……ナイトメアの反応は確かにこの辺りにもあったはずなのだが――」


 マントを羽織り、黒いフードをかぶった何者かが、ダークミスト現象が消え去った現場にやってきて独りごちる。


 そこは先程まで、とある人物が戦闘を繰り広げていた場所。


「――ダークミストも広がっていない。つまり……アレを倒した人物がいたということか?」


 黒フードの人物は顎に手を添え考察を続ける。声は男性のものだ。中々のいい声をしている。これで中身が伴っていれば女性が放ってはおかないことだろう。


 だが、常人とは思えない気配の持ち主でもある。闇の中にいるとはいえ、存在感が非常に希薄だ。

 それはナイトメアにも通じるものがある。そして、その口ぶりからあの魔物と何か関係があるのは確かであろう。


「このあたりなら……可能性があるのは、あの村か――」

 

 そして、男はその脚を村へと向けた。ナイトメアを倒した人物を追うように――






◇◆◇


「マイラの調子はどうだ?」

『は、はい。先程まではかなり魘されておりましたが、それでも少しは息も整ってきました。ただ、まだ悪夢は続いているようです……』

「そうか――」


 シェリナが見せてきた石版の文字を見て、俺は自分の迂闊さを恥じる。

 マイラの横では既に悪夢から目覚めたイズナが心配そうに覗き込んでいた。


 結局あの後、ダークミストは晴れてくれたが、マイラの悪夢はすぐには収まってくれなかった。

 逆にイズナは俺の手でわりとあっさり起きてくれたから、人と犬とでは状態異常が続く時間にかなりの差があるのかもしれない。


 ナイトメアを倒せば大丈夫だと考えていた俺が甘かったか。戦闘がすぐに始まり、相手の能力を伝えることができなかったのが悔やまれる。


「――町が、あぁぁあ、いやあああああ! 駄目、駄目だよぉ、焼けちゃう、皆、皆、うぅ――」

 

 どうやら、うわ言のようにどこかの町について繰り返しているらしい。

 悪夢は、俺も少しだけ味わったが、俺に関しては日頃の訓練の甲斐もあって、そこまで酷いものではなかった。


 ただ、マイラに関してはどこか尋常でないものを感じる。もしかして、何か経験からきているものなのだろうか?


「村長は随分と感謝をしてくれましたが、やはりマイラさんの事のほうが今は心配ですね」

「お姉ちゃん苦しそう……」

「あぁ、元凶は倒したし、それで落ち着いてくれればとは思っていたんだけどな――」


 シェリナに回復魔法で何とかならないか? とも尋ねたが、少しむずかしい顔をされた後、肉体的ダメージではないので私の力では難しい、と石版に書き、申し訳なさそうにしていた。


「シノブ! シェリナ様が落ち込んでしまったであろうが! 全く、お前の怠惰さが招いた事であるというのに、どうせ何かあっても回復の力があればなんとかなるとでも思っていたのだろう。世の中万能なことなどないのじゃ! お主こそ少しは反省するのじゃな!」


 ネメアが気色ばみ、岩のように握りしめた左腕をブンブンっと上下に振り、右手の人差指を突きつけてくる。


 シェリナはオロオロとしていたが、確かに責任の一端は俺にもある。


 とにかく、朝までは様子を見るほかないが、それでも目覚めなければ何か手を打たないと――


「皆様、その、少し宜しいでしょうか?」


 俺が色々と考えを巡らせていると、村長が宿までやってきて声を掛けてきた。

 ダークミストの元凶を退治したことは既に伝えたはずだし、御礼も十分言われたんだけどな……。


「これはこれは村長、何かありましたか?」


 応対はパーパが先ずしてくれた。こういう時に普段から交渉事をこなしてきた大人がいるのは助かる。


「はい、その実は私の家にその、とある御方が出向いてくれまして――まさかこの時間に来るとは思わなかったもので、えぇ、その御方がどうしてもダークミストの件を解決した者に会いたいと申されているもので」


 村長はどこか緊張した面持ちでその人物の事を語っていた。

 その様子からただの来客ではなく、この村にとってかなり重要な客であることはわかる。


「ふむ、そうなると会いたいのはシノビン君ということになりますか……」


 パーパがチラリと俺に視線を向けた。マイラの側にいる俺に気を遣ってくれたのだろう。


「その人物は一体どんな立場の人なのですか?」


 村長に尋ねる。正直今は客がわざわざ来訪してくるような時間ではない。夜も更けてるし、ちょっとした町ならもう門が閉まってる筈だ。


 にも関わらず村長自らがわざわざ取り次ぐ相手ということは、それなりの立場の人間である可能性は高いだろ。


「は、はい。実はその、最初にも少し話したかと思いますが、この辺りの領主様であるゼーンスフト卿の執事である、アルベルト様でして――」


 


 

 結局俺は村長の家に赴くこととなった。マイラのことは勿論気がかりだが、じっと見ていても状況が好転する事はない。

    

 それと、相手の執事とやらが妙に気になった。なぜこんな時間にやってきて、わざわざ俺に会いたがるのだろうか?


「アルベルト様、こちらがこの村を救っていただいた傭兵、シノビン殿でございます」

「ありがとうございます。こんな時間に無理をいって済まなかったね村長」

「い、いえ! このぐらいのことでそのような! それよりも、その今回の件は……」

「あぁ、それは先にも伝えましたが、村長が心配するようなことにはなりませんよ。私も暫く訪れておりませんでしたし、結果としてこうして無事に解決されたのですからね」

「あ、ありがとうございます!」


 村長が気にしているのは、結局ダークミストについて領主に相談していなかったという点だ。

 だからこそ、今回俺達が解決したことを喜んでいたのだが――

 

 それもこのアルベルトがやってきて色々問われたことで観念して正直に話してしまったようだ。

 どうやらこの問題、他の村近くでも発生していてアルベルトはそれを気にして、領主の許可もあり領内の村々を回っていたそうだ。


 どうやらそのこともあってこの村にも中々立ち寄れなかったということらしいが、その途中でこの辺りにも似たような現象が発生してると知り、急いでやってきたのだとか――


「さて、村長から話は聞いてましたが、改めて、私はここマウントグラム子領を治めております、レーヴェン・マウントグラム・ゼーンスフト子爵が執事、アルベルト・ツェペシェと申します。以後お見知りおきを」


 アルベルトは村長には一旦退席してもらい、改めて自己紹介をしてくる。

 

 俺は少々悩みつつ言葉を選んだ。


「は、はぁ。それで、え~とツェペシュ様は……」

「よろしければどうぞアルベルトの方をお使い下さい。村長も含めて多くの人にはそれで通しております」


 なるほど。それで村長は下の名前で呼んでいたわけか。確かにツェペシュよりはアルベルトの方が呼びやすいな。


「え~とそれじゃあアルベルト様――」

「様も必要ありません。村長にもそう言っているのですが、やはり立場柄か、中々割り切れないようですね。所詮はただの執事です、どうぞ普通に接して下さい」


 普通にね。村長に関しては、まぁ、そりゃそうだろうな。一つの村の村長と、領主お抱えの執事なら、やっぱり立場は執事の方が上なんだろうし。


 でも、俺はそこまで気にすることないしな。


「じゃあアルベルトさんで、俺のことも適当に呼んでくれてかまわないので」

「はい、それではシノビンさん、どうぞよろしくお願いします」


 アルベルトが一揖したので、俺も軽く返す。そして改めてアルベルトを見た。

 

 キラキラとした金色の髪はボブ調にカットされており、眉も同じく金で細めでシュッとしている。

  

 瞳は一見穏やかそうな赤瞳で、端正な顔立ちをしている。女性受けが良さそうで、間違いなくモテるタイプだな。


 上背も高く、体つきも靭やかだ。地球にいたら爽やかにテニスでもやってそうなタイプ。

 格好に関しては執事というだけあってそれっぽい格好。ただ、外出用なのか背中にはフード付きの黒マントを羽織っていた。 


 年齢的には二十代半ばといったところか。全体的にはしっかりした執事という雰囲気も纏っている。


「ところで、俺を呼んだのは何か理由が?」


 口調はもう言われたように普通にいかせてもらう。肝心なアルベルトはそれで不機嫌になるわけでもないしな。


「はい、先ずは村の一件について、解決して頂きありがとうございました。他の村では何とか腕っ節の強いものなどに緊急的に動いてもらい解決できたのですが、こちらの村はあまりそういったタイプは少なく、かといって傭兵もそう立ち寄る事もないので心配していたのですよ」


 腕っ節の強い? いや、別に決めつけているわけでもないが、それにしても多少人より腕が立つ程度でどうにかなる相手ではないと思うんだけどな。


「わざわざ貴方からまで御礼を言われる事じゃないですよ。村長からも感謝されたし、こっちも多少は報酬も頂いたので」

「そう言って頂けると、ありがたい限りです」

「……ところで、話というのは御礼が言いたかったという事だけかな? 実は俺の方も少々色々あってね。それだけというなら……」

「お待ち下さい。実はその腕を見込んで、お願いしたいことがございまして」


 あぁ、やっぱそんな理由なのか。参ったな、あまり構っている余裕もないんだけど――

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