第百五十八話 アルベルトと闇の霧
「一応話は聞くけど、必ず助けになれるとは限らないという点を念頭に入れておいてもらえると助かるかな」
「それは勿論です。何か問題があるようなら無理強いするつもりはありません」
それならばまぁ、話だけは聞いておくとしようか。元の依頼主のパーパの事があるから、即答は出来ないけどな。
「それでは、お願いについてですが――実は旦那様に関わる事なのです」
「それはつまり、この周辺を治めている子爵様って事か?」
身なりを正すように姿勢を直し、アルベルトは言うが、領主絡みだったか――
「はい。まさにゼーンスフト子爵その人の事でございます。旦那様には私も返しても返しきれないぐらいの恩を感じておりまして、どうしても助けになりたくて、声を掛けさせて頂きました」
「その様子だと、何か領主様が厄介事に巻き込まれたといったところかな?」
「左様でございます。実は、旦那様のお屋敷のあるプロスペクトの丘にも、例の黒い霧が現れまして――」
「黒い霧、ダークミストか?」
「はい、そのとおりです。すでに一度解決されている貴方であればお判り頂けると思いますが、あの霧に一度入り込むと抜け出すことが叶いません。しかも霧は丁度屋敷からおりた先に広がっているので、このままでは旦那様が丘から出ることが出来ないのです」
ここまでで大体頼みたいことが何なのかは理解できた。ただ、今の説明を聞くに気になる事は一つあるんだけどな……。
「とりあえず、あんたのお願いというのはその霧を解決して丘を降りれるようにして欲しいってところかな?」
「はい、話が早くて助かります。あの霧がある限り旦那様もあの丘を出れませんし、旦那様が出ないにしても商人の出入りも難しくなります」
村長の話だと変わった領主で、あえて人から離れるようにして暮らしてるって事だったしな。
そうなると商人ぐらいには来てもらわないと物を買うのも厳しいのだろう。
だが、霧があるとそれが不可能になると。
「……傭兵とか他に手は無かったのかな? それにあんたの話を聞いている限りだと、傭兵でなくても腕っ節の強い連中のおかげで他のダークミストについては解決したんだろ?」
「え、えぇまぁ。ただ、彼らは一つ片付けるだけで一杯一杯でしたのであまり無理強いも出来なく」
「俺なら大丈夫だと思ったわけか?」
目を合わせ、少々意地悪な物言いで返す。
すると、いえそういうつもりでは! と慌てふためいて謝ってきた。
この様子だけ見てると、何かを企んでるようには見えないけどな。
とりあえず、冗談だよ、と伝え謝るのはやめてもらった。
「どうか受けては頂けませんか?」
「う~ん……」
そして改めて頼まれた。考えどころではあるけど。
「俺だけの判断だけじゃな。その領主の屋敷がある丘まではどれぐらいの距離があるんだい?」
「はい、明日の朝にでも馬車を走らせれば夕方にはつくと思います」
夕方か……。
「正直、俺の雇用主のこともあるし、後は仲間のこともある。快諾とはいかないな」
「お仲間というと、マイラさんというお名前の剣士の方ですか?」
「――知ってたのか」
「はい、村長から話は一通り聞いていたので。ですが、それであればもしかしたら助けになれるかもしれません」
うん?
「もしかして、何か知っているのか?」
「そこまで詳しいわけではありませんが、他の村でも似たような症状になってしまった方はおりました。どうやら個人差はあるようなのですが、過去に何かトラウマのような物を抱えている方ほど、長引く傾向にあるようで、場合によっては命にかかわることもあるようです」
本当かよ……。
そうなるとやはりおちおちとはしていられないな。これでマイラに何かあったら流石に後悔してもしきれない。
「それで、助けになるというのは?」
「はい、その症状に効く薬がありまして。他の村でもそれで助けることが出来ました。ただ、持ち合わせがその時になくなってしまい、新しい分は旦那様のお屋敷に――」
なんてこった。つまりマイラを助けるには結局その子爵の屋敷に行く必要があり、その為にはアルベルトの願いを聞いてナイトメアを倒さないといけないって事だ。
……何か上手く誘導されているみたいで釈然としないんだが――
「そ、そんな顔しないで下さい。私も別に狙ってやっているわけではありません。これに関しては本当に偶然なのです。それに薬は勿論ですが、当然それとは別に報酬も用意させていただきますので」
改めてお願いしたいと、そういう事か。この執事の言うことを一から十まで信じて良いとは言えないが、かといってマイラについてこれといった情報もないのも確かだ。
「……判った。とりあえず雇い主のパーパさんに確認は取ってくる。それで許可が出たなら、朝には立とう」
「あ、ありがとうございます!」
何度もお礼を言ってくるアルベルトを残し、俺は宿に戻る。
そしてパーパに確認を取るが、
「そういう事であれば勿論宜しいです。それに領主様が大変であれば無下にも出来ませんしね」
と、わりとあっさり納得してくれた。
相手が領主という事もあって、パーパも同行すべきか気にしていたが、マイラの件もある。ナイトメアを相手するなら俺だけのほうがいい。
だからネメアとシェリナにも引き続き待機してもらい、明朝、アルベルトの乗ってきたという馬車に同道させて貰うこととした。
「本当に助かります。ほとほと困り果てていたもので」
「まぁ、成り行き上な。それにしても変わった馬車だな。黒塗りで、窓も殆ど無い」
「え、えぇ。眩しいので苦手なもので――」
眩しいのが苦手ね……確かにアルベルトが乗ってきたという馬車は明り取りの窓もかなり小さく、中はかなり薄暗い。
それに変わってるといえば、引いている馬も黒く、御者に関しては黒ずくめ。フードですっぽり覆っているから顔も見えないほどだった。
本当、外から見たら怪しいとしか言えないような様相だと思う。
それに、本当は別に俺まで馬車に乗って付き合う必要なかったけどな。
まぁかといって本気で移動するわけにもいかないから仕方ないんだけど。
とにかく、俺は馬車に揺られ――そして予定通り夕刻、空が茜色に染まり始めた頃、俺達は目的の麓の森へ辿り着いた。
「いかがですか?」
馬車から降りるなり、アルベルトが問いかけてくる。対象は勿論目の前に広がる濃霧だ。
「あぁ、ダークミストで間違いないだろうが、確かにかなり広範囲に広がってるようだな」
ほぼ森全体を真っ黒い霧がすっぽりと覆っている。
これだけ広いとナイトメアを見つけるのも一苦労だな。
「入るとして馬車はどうする?」
「置いていきます。御者もついてますから、このままでも大丈夫ですので」
置いていくね――色々と気になる点が多すぎる相手だけど、とりあえず、そういうことなら無口な御者に任せてふたりで森に入る。
「一つ聞きたいんだが、あんたは戦えるのかい? 剣は腰にあるようだけど」
アルベルトの腰には一本、レイピアタイプと思われる剣が携えられていた。ただ、霧の中の魔物と戦うには色んな意味で心細い気もする。
「一応護身術程度は、ただ、そこまで長けているわけではありません」
「そうか、それじゃあ、俺が前を歩く。あんたは無茶しないで逸れない程度に付いてきてくれ」
そう注意を呼びかけ、俺が先頭で探索が始まった――




